第75話

☆☆☆


ハッと息をのんで梓は現実に戻ってきた。



見ると自分の手はまだしっかりと厚彦に握りしめられている。



「自分の記憶を見られるって、なんかちょっと恥ずかしいな」



ドアの向こう側で厚彦の照れ笑いの声が聞こえてくる。



梓はそっとドアを開けた。



「厚彦の好きな人って……」



「見た通りだろ」



厚彦の頬は赤く染まっている。



梓はその顔を直視することができなかった。



「俺が告白して、それを受け入れてくれたら全部終わるから」



全部終わる……。



梓はその言葉を胸の中で繰り返した。



厚彦はいなくなるということだ。



せっかく両想いになったのに、その気持ちが通じ合った瞬間消えるのだ。



そう考えると止まっていた涙がまた溢れだしてきた。



厚彦が梓の体を引き寄せて抱きしめた。



「トイレとか、色気ねぇなぁ」



抱きしめながらも厚彦は冗談っぽく言う。



でも、場所なんて関係なかった。



今がその時なのだ。



1年生の頃からくすぶっていた思いが、厚彦の喉元までせり上がってきているのだから。



「梓」



厚彦は一旦体を離し、真っすぐに梓を見つめた。



梓の目は涙のせいで赤く充血している。



それさえ、可愛いと感じている自分はきっと末期だ。



梓のことが好きで好きでたまらない。



できればこれから先もずっと一緒にいたい。



梓の人生を自分に欲しいと感じる。



でもそれはできない。



しちゃいけないことだった。



「梓、ずっとお前のことが好きだった……」

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