第76話

厚彦から告白を受けた梓だけれどその返事は保留にしていた。



両思いだとすでにバレているけれど、せめてもの抵抗だった。



厚彦の49日まであと数日あったから。



それまでの間、梓と厚彦のふたりは今までしてこなかったことをすることにした。



積極的に外に出て、学生っぽいデートをするのだ。



もちろん周りから見れば梓がひとりで遊んでいるようにしか見えない。



でも、それでもよかった。



写真にもビデオにも残せないけれど、自分の記憶からは消えない。



絶対に。



「ショッピングもしたし、映画も見たし、遊園地にも行ったし、本当にいろいろしたよね」



48日目の夜11時頃、梓と厚彦は梓の部屋にいた。



両親はすっかり寝静まり、時計の秒針が聞こえてくるくらいに静かな空間だった。



「本当だな。お化け屋敷でめっちゃビビってたよなぁ!」



厚彦は思い出し笑いをする。



「ちょっとやめてよ」



梓は苦笑いを浮かべて抗議する。



2人の手はしっかりと握りしめられていた。



誰も、この手が離れる時間が迫っていることなんて考えもしないだろう。



「それに、クレープも食べたよね」



「梓はイチゴで、俺はバナナだっけ」



「うん。美味しかったよねぇ」



ひとつひとつの思い出を噛みしめるように話す。



「それに、成仏も沢山した」



厚彦の言葉に梓は笑った。



「本当に大変だったよね」



特にマミちゃんのときは命の危険まであった。



「俺の我ままに突き合わせてごめんな」



不意に真剣な表情になって厚彦が言う。



その表情を見て不安を感じた梓は時計に視線を向けた。



色々な話をしている間に11時45分になっていた。



(あと15分……)



梓は思わずうつむいた。



厚彦の顔を直視できない。



もうすぐ終わる。



この楽しい時間が終わってしまう。



そう思うと、どうしようもなく苦しかった。



「梓、こっちを見て、笑って」



厚彦に言われ、梓はどうにか顔をあげた。



だけどその顔は苦痛にゆがんでいて、どうしても笑えない。



梓だってこんな顔で別れるのは嫌だった。



「俺は消える。その前に、返事を聞かせて」



そう言われて梓はハッと息を飲んだ。



そうだ、自分はまだ返事をしていない。



厚彦に返事をしなければ成仏しないのではないか?



そんな考えが浮かんできた。



「ダメだよ」



厚彦が梓の気持ちを呼んだように言った。



「でもっ……!」



「梓だって、今まで沢山の霊を見てきただろ? この世に残って幸せそうにしていた霊がいるか?」



その質問に梓はグッと返事に詰まった。



みんなそれぞれの理由でこの世にとどまっていた。



でもその誰1人として、笑っている霊はいなかったじゃないか。



この世に残ることで、厚彦もいずれどうなるかもしれない。



感情を無くしてしまったり、ずっと泣いたり怒ったりしているかもしれない。



好きな人をそんな風にはできなかった。



覚悟を決めて、厚彦を見つめる。



どうにかほほ笑むことができた。



「返事は?」



梓はコクンと頷いて大きく息を吸い込んだ。



11時55分。



「あたしは……厚彦のことが好き」



声が震えた。



こんなことを口にする日がくるなんて思っていなかった。



厚彦が嬉しそうに笑って梓の体を抱きしめた。



それは今までにないくらい、強い力だった。



まるで、もう二度と梓を離さないと言われている気がして、胸がときめいだ。



でも、それも束の間のことだった。



厚彦は梓から体を離すと立ち上がった。



その体はすでに光に包まれている。



梓は慌てて、追いかけるように立ち上がった。



「やっと気持ちが通じた」



「厚彦行かないで」



思わず言ってしまった。



今まで我慢していた言葉。



「大丈夫。梓ならきっとみんなとうまくやれるから」



厚彦はそっと梓の唇に自分の唇を寄せた。



その行動に一瞬驚いた梓だけれど、受け入れるように目を閉じる。



2人の唇が重なり合った。



(もっと早くに気持ちを知りたかった。もっと早くに、こうなりたかった)



梓の胸に後悔がどんどん溢れだす。



でも、厚彦が梓の頬に流れる涙をぬぐうと同時にその後悔もスッと軽くなった。



「さよなら、梓」



厚彦はそう言い残し、光となって消えて行ったのだった。

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