第69話
厚彦はペットボトルを元に戻し、今度はレントに近づいた。
少し寒気を感じるのかレントは身震いをする。
そして厚彦が腕をつかんだ。
「うわぁ!!」
瞬間、レントが飛びあがる。
「どうしたの!?」
「今、誰かに掴まれた!」
「嘘でしょう!?」
2人はもはや半狂乱状態だ。
少しかわいそうだけど、信じてもらうためには仕方のないことだった。
「厚彦はまだいい方だよ。悪霊化してないからね」
梓は更に追い打ちをかける。
「あ、悪霊……?」
厚彦に腕を掴まれたレントは真っ青になっている。
「そうだよ。B組には悪霊になりそうな霊魂がある。誰の霊だかわかるよね?」
梓はジッと2人を見つめて行った。
ユウコが咄嗟に視線を逸らせる。
「でも今ならまだ止めることができる。魂を浄化してあげられる。そのためには2人の力が必要なの」
「マミちゃんの魂か」
レントが青ざめたまま呟く。
「だから、放課後B組に残ってて」
梓はそう言い残すと、その場を後にしたのだった。
☆☆☆
2人が素直に教室に残ってくれているかどうか正直不安だった。
あんな怖い経験をしたから、もう関わり合いたくないと思って逃げてしまう可能性もあった。
でも、2人はちゃんとB組に残ってくれていた。
それを確認して梓と玲子はひとまず安堵した。
B組の教室に入ると同時に淀んだ空気が2人の体を包み込む。
まるで鉛を飲まされたように体が重たくなる。
そんなに猶予がないことを知らされているようだった。
「厚彦、マミちゃんはいる?」
梓の問いかけに「いるぞ」と、厚彦は頷いた。
この3人の前ではもう厚彦の存在を隠す必要はなかった。
4人が教室の中央へと近づいて行った時、不意に電気が消えた。
あの時と同じように、太陽の光まで遮断される。
「なんだよこれ!」
「どうなってるの!?」
レントとユウコの焦り声を聞きながら、梓は冷静に懐中電灯の明かりを付けた。
今日は以前以上のことが起こってもおかしくないと思い、用意してきたのだ。
念のために玲子と2人でスマホの電波を確認し、ドアや窓が開かないことも確認した。
あの時と同じ状況だ。
梓はマミちゃんの机をジッと見つめた。
ぎゃあぎゃあ騒いでいたレントとユウコの2人も、教室内のただならぬ雰囲気に黙り込んだ。
その時だった。
真っ暗な空間にうすぼんやりと輝く存在が姿を現した。
口から血を滴らせ、長い髪の隙間から恨みのこもった目をこちらへ向ける。
足は床から数センチ浮いていて、その姿は誰がどう見ても人ならざるものだった。
「マ、マミ……!」
喉にひっついたような声でユウコが言う。
「嘘だろ、まじかよ」
レントは必死でドアを開けようと試みている。
「2人とも、マミちゃんの顔をよく見て!」
玲子が苦しげな声で叫んだ。
「この中で一番苦しんでるのはマミちゃんなんだよ! このままほっといていいの?」
玲子の言葉にユウコがハッと目を大きく見開くのがわかった。
「マミ……本当にあんたなの?」
ユウコが聞くが、マミちゃんは返事をしない。
すでに人の言葉が通じなくなっているのではないかと、梓は一抹の不安を抱いた。
もし会話が出ない状態なら、自分たちにできることは限られてしまう。
焦る気持ちが湧いてきたとき、近くの椅子がフワリと浮きあがった。
それは戸口に立っているレントめがけて吹き飛んだ。
ガツンッ!!
ドアにぶつかった椅子は大きな音を上げて落下した。
「やめてマミちゃん!」
玲子が悲痛な声を上げる。
「この2人に聞きたい事や言いたいことがあるんだよね? だから連れてきたんだよ!」
「そうだよマミちゃん。もう誰もマミちゃんのことを傷つけない。だから、お願い、話しを聞いて!」
玲子に続いて梓も叫ぶ。
それでも、次の椅子がふわりと宙に浮かんだ。
(ダメだ。対話ができない……!)
椅子が飛んでくると思い、梓がキツク目を閉じた瞬間だった。
「もう一度殴られたいか?」
厚彦のそんな声がして、椅子がその場に力なく落下していた。
その音を聞いた梓が目を開ける。
マミちゃんの前に厚彦が立ち、その姿にマミちゃんが怯えているのだ。
あの時のことを覚えているんだ!
「話くらい聞いてやれ」
厚彦がそう言うと、マミちゃんの体からフッと力が抜けて行くのがわかった。
今までの息苦しさが軽減される。
マミちゃんがジッとレントとユウコに視線を向けた。
「ほら、2人とも!」
梓はすぐに2人の背中を押した。
2人とも逃げ腰だけれど、この教室からは出られないとわかっている。
ビクビクしながらもマミちゃんの前に立った。
「ご、ごめんマミ。あたしがみんなをけしかけた」
ユウコがうつむいて言った。
それはイジメのことだった。
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