第70話
「ドウシテ……」
マミちゃんが口からコポコポと血を吐きながら聞く。
「あ、あたしは……マミちゃんが逃げたんだと思った」
ユウコがギュッと拳を握り締めて言った。
「お互いにレントのことが好きなのに、戦わずに逃げたって……。それが悔しかった。どうして正々堂々と戦ってくれないのって思った」
ユウコは嘘はついていない。
追体験をしてきた梓にはそれが理解できた。
「たぶんマミは、自分が体が弱いことを気にしてたんだよね?」
その言葉に一瞬マミちゃんの目が見開かれた。
今まで恨みのこもった目で2人を睨みつけていたのに、それは驚愕へと変化する。
「体の弱い自分より、あたしとレントの方がお似合いだ。そう思ったんじゃないの? でもあたしはそんなの関係ないと思った。体の強さとか、周りからの人気じゃなくて、レントがどちらを選ぶかだけが問題だった」
ユウコは今まで言えなかった気持ちを節節と語る。
「正直、あたしはマミに劣等感があったんだよ。女の子らしくて可愛くて、勉強もできてさ。だからマミと同じ人を好きになったとき、ちゃんと対等に戦えるかどうかも不安だった。それなのに、マミは逃げた!」
「そんな……」
それはマミちゃんの声だった。
見ると、マミちゃんの顔は生前と同じものへ代わっていた。
きめ細やかな白い肌に、艶やかな髪。
そこには悪霊などという言葉は不似合いな美少女がいたのだ。
「あたしは、レントはユウコのことが好きなんだと思った」
マミちゃんの言葉に、今度はユウコが驚いてレントを見る。
レントは少したじろぎ、しかし観念したように話しだした。
「ごめん。俺、本当は決められなかったんだ」
レントの言葉にその場にいた全員が目を見開いていた。
「マミちゃんもユウコもそれぞれに魅力的だった。でも、それ以上にどちらかを好きにならなきゃいけないのかっていう疑問もあったんだ」
ぽつぽつと語るレント。
その声色には申し訳なさが混じっている。
「2人とも好きだけど、魅力的だと思うけど、そういう対象じゃなかったんだ」
「レント……」
ユウコの瞳が大きく揺れた。
レントがそんな風に感じていたなんて、考えてもいなかったのだろう。
「だけど気がつけば回りの友達が騒ぎだしてたんだ。どっちを選ぶんだって」
レントはC組だから、そのことにマミちゃんもユウコも気がつかなかったのだろう。
「2人とも人気があったから、どちからを選ばなきゃいけない空気だった。両方とも断るなんてできなかった」
「それで、あたしを選んだの!?」
ユウコが悲鳴に近い声を上げる。
レントは深く頭を下げた。
「ごめん! 正直、最初はそうだったんだ。マミちゃんが入院して、それならユウコと付き合うんだろうって言われて、どうしようもなくて……」
レントとしても、両方を振ることで村八分にされるのは嫌だったのだろう。
男同士の中でもいがみあいや、イジメは存在している。
ともすれば、女子よりも陰湿で強烈なものだ。
それから逃れるため、レントはユウコを選んだのだ。
「だけど今はちゃんと好きになった。ユウコと一緒にいたら楽しいし、これからも一緒にいたいと思ってる」
それは都合のいい言葉だった。
でも、この場にいる全員がレント1人を攻めることはできなかった。
ユウコはマミちゃんがイジメられるように誘導し、その後エスカレートしても助けることができなかった。
マミちゃんは自分がイジメられているということを自ら隠し、誰にも伝えなかった。
それはレントが持っている弱さとよく似ていた。
気がつけば、マミちゃんの目からボロボロと涙がこぼれ出していた。
みんなが少しずつ勇気を持っていれば。
みんなが少しずつ素直になっていれば。
そうすればこんな未来はこなかったかもしれないのに。
「マミ……!」
ユウコがマミちゃんに手を伸ばす。
マミちゃんはその手を受け入れて、黙って抱きしめられていた。
「ごめん、本当にごめんね!」
「どうしてマミちゃんに彼氏を取られたなんて、嘘をついたの?」
聞いたのは玲子だった。
梓はマミちゃんの家から出てきたとき、3人で会話していたのを思い出した。
その時確かにユウコはマミちゃんに彼氏を取られたと言っていた。
ユウコがビクリと体を震わせる。
「それは……最初についた嘘だったの」
震えた声だった。
「レントを取られないようにするために、最初にみんなについた嘘だったの!」
ユウコがそう言い泣き崩れた。
「ユウコ!」
慌ててレントが駆け寄った。
しかし、ユウコは立ち上がることができない。
「このままじゃレントと付き合えないと思った。だから……!」
だから、付き合ってもいない頃、友人たちに嘘を吹き込んだのだ。
そうして回りを自分の味方にしておいて、マミちゃんと対峙した……。
「マミもこのくらいのことしてると思った! ライバルを蹴落とすためだもん!」
「やり方を間違えたよね」
玲子が冷たい声でユウコを攻める。
そんな玲子の頬にも涙が流れていた。
「正々堂々とか言いながら、自分が一番ひきょう者じゃん!」
玲子の罵倒にユウコはただただ涙を流す。
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