第61話
☆☆☆
マミちゃんはイジメが原因で悪霊になってしまったんだろうか。
あの恐ろしい形相を思い出すと、梓はまた寒気を感じた。
「ごめんね、泊らせてもらっちゃって」
梓の部屋で玲子が言った。
「ううん。あたしも、マミちゃんをあのままほっとくなんてできないよ」
梓と玲子はテーブルをはさんで向かい合って座っていた。
テーブルの上にはさっきコンビニで買ってきたジュースとお菓子がある。
どうにか教室から脱出した後、どうしてマミちゃんがあんなことになってしまったのか相談するために、今日は梓の家に泊まることになったのだ。
それに、玲子の顔は青ざめている。
学校にいたときよりもマシにはなっているけれど、こんな状態の玲子をひとりで帰すわけにはいかなかった。
「やっぱり、イジメが原因なのかな」
梓はショコレートをひとかけら口に放って言う。
「そうだと思う」
玲子は黒く塗られたノートや教科書を思い出し、キュッと唇を引き結んだ。
もしも玲子があんなことをされていたとしたら?
そう考えると、梓もやるせない気分になった。
自分がもっと早くに気がついてあげることができていればと、後悔するかもしれない。
梓は玲子の手を握り締めた。
「マミちゃんはあまり学校へ来ていなかったんだから、気がつかなくても仕方ないよ」
なんの慰めにもならないかもしれないが、玲子は無言で頷いた。
「それにしても、あれはひどい状態だったな。死んで間もないのに友達の判別もつかないなんてなぁ」
さっきから机の周辺をふよふよと飛んでいた厚彦が呟いた。
「そうだよね。あのままあそこにいたら、マミちゃんはどうなるの?」
「たぶん、悪霊ってヤツになるんじゃないかな」
厚彦は難しい顔をしている。
実際に悪霊を見たことはないし、厚彦もほとんど新米幽霊なのでちゃんとしたことはわからないみたいだ。
「厚彦くんはなんて言ってるの?」
「このままほっとくと、マミちゃんは悪霊になるかもしれないって」
「悪霊……」
呟き、玲子はうつむいた。
「どうにかできないのかな。いつも通りマミちゃんを成仏させてあげたい」
玲子の言葉に梓も頷いた。
それは梓も同じ気持ちだった。
ただ、今日の出来事を考えると、いつものように簡単ではないことは明白だった。
マミちゃんに接触するにはかなりの勇気が必要だ。
また今日と同じことになる可能性だって十分にある。
「どうすればいいんだろう」
考え込んでいると、不意に厚彦が「そうだ」と声を出した。
「何かいい案があるの?」
「明日、マミちゃんの家に行ってみるのはどうだ? 本人から話が聞けないから、その周辺から聞くしかないだろ」
確かに、そのとおりだ。
厚彦の提案を玲子へ話す。
「それなら、あたしが場所を知ってるよ」
玲子はそう言い、頷いたのだった。
☆☆☆
翌日も学校だったが、梓と玲子、それに厚彦の3人は制服を着てそのままバスに揺られていた。
学校とは反対方向だから、チラチラと他の乗客からの視線を感じる。
「家に忘れ物するなんてついてないなぁ」
玲子が梓に向けて苦笑いを浮かべる。
「ほんとだよぉ。早くしないと授業始まっちゃうし」
梓はやけに大きな声で返事をする。
そうすると乗客たちは状況を理解して、2人から視線を離す。
下手をすれば学校に連絡が言ってしまうため、梓と玲子はこのやりとりを何度も繰り返していた。
そしてたどり着いたマミちゃんの家。
それはバスで20分ほどの場所にある一軒家だった。
道路に面して小さな庭があり、奇麗に手入れされていて、喪服姿の大人たちの姿があった。
家の前まで来て玲子は一旦立ち止まった。
自分の気持ちを落ち着かせるように何度か深呼吸をしている。
マミちゃんの葬儀は確か今日の午後からだ。
もしかしたら、ここにはマミちゃんの両親はいないかもしれない。
そうすると、今度は斎場へ向かうことになるのだが……。
考えている間に同じ制服姿の女子生徒3人が家から出てきて、梓たちは咄嗟に電信柱に身を隠していた。
3人は白いハンカチで目元をぬぐいながら、玄関へ向けて頭を下げている。
(昨日の放課後教室にいた子たちだ)
梓の記憶はすぐに呼び起こされた。
彼女たちの明るい声を思い出すと、今の泣き顔が一致しなかった。
3人はマミちゃんの家を出ると、そのまま学校の方向へと歩きだした。
「あの子たちも、あたしたちと同じ目的なのかな?」
通り過ぎて行ったのを見送り、玲子が呟く。
「そうなのかも」
葬儀に出られないとかの理由があって、先に挨拶をすることは珍しくない。
しかし……。
距離が離れたところで3人の笑い声が聞こえてきて梓は動きを止めた。
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