第36話

休日の部室へ向かうと鍵は開かれていた。



体育館の中からは生徒たちの声と足音が聞こえてくる。



「早く終わらせないと、みんな戻ってきちゃうよ」



梓は焦って言った。



厚彦は部室へ入っていてもバレないけれど、梓と玲子は違う。



女子2人が男子の部室に入り込んでいたとなると、妙な噂を立てられそうだ。



「梓、鍵開いてる!」



幸いにも部室の鍵は開いていた。



不用心だなぁと呆れながら中に身を滑り込ませた。



相変わらず汗の酸っぱい匂いがして、顔をしかめる。



この臭いにはなれることはなさそうだ。



「どう? ユキオさん、いる?」



梓は厚彦へ向けて聞いた。



厚彦は頷き、この前と同じ窓辺へと歩いて行った。



「ここで、体育座りをして泣いてる」



そう聞いた瞬間、スッと冷気が流れてきた気がして、梓は身震いをした。



「なにか質問してみてよ」



梓に言われて厚彦はユキオさんへ話しかけはじめる。



「ユキオさんはどうしてここにいるんですか? なにか、この世に未練があるんですか?」



どれも重要な質問だったが、ユキオさんは泣くばかりで答えてくれないみたいだ。



本人が何も答えてくれないのでは、ここでできることはないことになってしまう。



「事故のこととか、質問しても大丈夫なのかな?」



玲子が呟いた、その直後だった。



今までなにも聞こえていなかったのに、どこからともなくすすり泣きの声が聞こえてきたのだ。



梓はギョッとして周囲を見回す。



声は部室全体にこだましているように感じられる。



「な、なにこれ!」



「玲子にも聞こえるの?」



玲子は強く頷いた。



「事故のことを言ったかたからかな」



玲子が不安そうに梓の腕を掴んできた。



「梓、ちょっとこっちに」



不意に厚彦が逆側の腕を掴んで引っ張った。



「ちょっと、なに?」



梓はこけそうになりながら厚彦に近づいていく。



冷気が強くなり、吐き出す息が白くなった。



「ここに手を触れて」



厚彦が窓辺の下を指さしている。



一瞬で嫌な予感が浮かんできた。



「待って、ここってユキオさんがいるんじゃないの?」



梓にはどれだけ目を凝らしたって見えないけれど、ここにいるのは間違いない。



強い冷気を感じるし、なにより厚彦がいると言っているのだ。



「みんなが戻ってこないうちに、早く!」



せかされたって、幽霊に触れるなんて嫌だ。



咄嗟に逃げ出そうとしたが、厚彦が痛いくらいに腕を掴んでいるので逃げることもできない。



このままじゃ青あざができてしまいそうだ。



「わ、わかったから。ちょっと離してよ」



観念してそう言うと、ようやく力を緩めてくれた。



全く、ひと使いが荒いんだから。



内心ブツブツ文句を言いながら、手を伸ばした。



指先に冷気が触れる。



「もう少し下」



厚彦に言われるがまま、下に移動する。



(あ、触れた!)



直観的にそう感じた瞬間、梓はグラウンドに立っていた。



見なれたグラウンドのはずだけどなにかが違う。



例えば木の大きさ。



自分たちの身長よりはるかに高かったはずの木が、もっともっと小さくて、背延びをすればてっぺんに手が届きそうだ。



それにサッカーゴール。



赤錆びが目立ち始めていたはずなのに、ここにあるゴールは塗りたてのように白い。



なんと言っても、校舎全体が新しくて太陽に照らされてキラキラと輝いているように見える。



梓は自分の手足を確認してみた。



筋肉質で、ゴツゴツしてい体。



それは明らかに自分のものではなかった。



(あぁ、追体験が始まったんだ)



理解したとき、1人の女子生徒がこちらへ向けて走ってくるのが見えた。

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