第37話
お下げ髪を2つにまとめて、スカートはひざ下。
短くて白いソックスに、白いスニーカーをはいている。
「ユキオくん!」
彼女は梓の前で立ち止まり、リンゴのように赤いほっぺを上気させた。
「ミヨちゃん。お見送りはいいって言ったのに」
自分の口から低い男性の声が漏れた。
これがユキオさんの声か……。
「でも、合宿中は会えないし」
ミヨちゃんと呼ばれた少女は照れ臭そうに言い、スカートのポケットから何かを取り出した。
「これ、昨日作ったの。怪我しないように、お守り!」
ミヨちゃんは両手で大切そうにお守りを持ち、ユキオさんへと差出した。
「わざわざ作ってくれたんだ? ありがとう」
ユキオさんが照れているのが、頬の熱を感じてわかった。
2人は両想いなのだ。
「じゃあ、行ってくる」
「うん。行ってらっしゃい!」
ミヨちゃんに手を振り、グラウンドの外に待機しているバスへ向かう。
(ダメ、そのバスに乗らないで!)
思わず声をかけるが、梓の声は過去のユキオさんには届かない。
バスにはすでに生徒たちと小池先生が乗り込んでいた。
「ミヨちゃんとチューでもしてきたのかよ!」
「そんなんじゃねぇよ」
数人の生徒にちゃかされてユキオさんは顔をしかめる。
そして、バスの前方に座った。
「全員そろったなぁ? よし、じゃあ出発だ!」
梓たちが会ったよりもずっとずっと若い小池先生が出発の合図を出す。
外を見ると、空はどんよりと暗くなってきたところだった。
☆☆☆
バスの中では歌を歌ったり、持ってきたお菓子を交換したりと、楽しい時間が過ぎて行く。
ユキオさんはミヨちゃんから貰ったお守りを大切に胸ポケットにしまっていた。
しかし、そんな時間はあっという間に過ぎてしまう。
山道へさしかかったとき、雨が降り始めたのだ。
「せっかくの合宿なのに雨かよぉ」
誰かが残念そうにつぶやく。
「本当はグラウンドを使って体を動かしたかったけど、まぁ体育館があるから大丈夫だろう」
小池先生が合宿所のことを説明する。
最初はしとしとと降っていた雨はすぐに本降りになっていた。
雨の音がうるさくて、会話するのもやっとの状態だ。
窓に打ちつける雨粒のせいで、外の景色はほとんど見えない。
バスは慎重に走り続けた。
事故を起こさないよう、スピードはゆっくりだ。
ふと梓は事故のニュースを思い出していた。
運転手に過失があったというような記載はなかったはずだ。
ではこの事故はどうやって起きたんだろう?
そう思った瞬間、バリバリバリ!! 大きな雷鳴が聞こえてきてバスの中に悲鳴が上がった。
「今のは落ちたぞ!」
誰かが叫ぶ。
それも、ずいぶん近くに落雷した気配だ。
窓に顔を近づけ、目を細めて外を確認すると、山の中からケムリが上がっているのがわかった。
「まずいな……」
運転手の呟きが聞こえてくる。
それでも、こんな場所でバスを停車させるわけにはいかない。
万が一他の車が来ないとも限らないし、生徒たちに山道を歩かせる方が危険だ。
「合宿所まで、あとどれくらいですか?」
小池先生が運転手に聞いている。
「通常なら10分以内に到着します。でも、これじゃあ――」
運転手がすべてを言い終える前に二度めの落雷が起こった。
ドォン!!
それはバスに直接手りゅう弾を投げつけられたような衝撃だった。
バス内の明かりが一瞬にして消えて、体に強い衝撃が走る。
バスは横転し、体がおもちゃのようにあちこちに投げ出された。
聞こえてくるのは木々がへし折れる音と、沢山の悲鳴。
ユキオさんは咄嗟に胸ポケットに手を入れて、お守りを握り締めていた。
『これ、昨日作ったの。怪我しないように、お守り!』
ミヨちゃんの照れ笑いを思い出す。
大丈夫だよミヨちゃん。
俺、無事に帰るから。
ユキオさんの思いがダイレクトに入ってくる。
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