第22話

等間隔で廊下に置かれているゴミ箱をひとつひとつチェックしていく。



掃除がされた後なのか、どのゴミ箱も空だった。



そして、梓の体は3年C組で立ち止まった。



(あ……この教室……)



それはカナさんがいた教室で間違いなかった。



重たそうな木製の戸を開けると、ガラガラと想像以上に大きな音が鳴る。



教室内にいたのは3人の女子生徒たちだった。



みんな紺色のブレザーを着ている。



「あれぇ? カナ靴下じゃん。どうしたのぉ?」



1人の女子生徒がニヤついた笑みを浮かべて近づいてくる。



カナと呼ばれて、梓の体はビクリと震えた。



(まさかあたし、当時のカナさんになってる?)



理解するより先に、体に衝撃があった。



さっき近づいてきた女子生徒に肩を押されたのだ。



バランスを崩し、近くにあった机に手をつく。



「ちょっと、あたしの机に触らないでよ」



ショートカットの女子生徒がムッとした表情で怒鳴る。



「ご、ごめんなさい」



震えた声が出た。



これはカナさんの声だ。



「ほんと、トロイよねぇカナって」



女子生徒は3人でカナさんを取り囲む。



(あ、これ嫌な感じだ)



そう思っても、梓は体を動かすことができなかった。



まるで4Dの映画を見ているような感じだ。



ただ傍観しているしかない。



「そんなトロイカナのために、上靴探してきてあげたんだよぉ?」



最初に話しかけてきたポニーテールの生徒が鞄から上靴を取り出した。



ただし、それはボロボロに切り刻まれていて、もうはくことはできなくなっていた。



「なによその目は。もしかしてあたしたちがやったと思ってる? あたしたちはカナのために、探してきてあげたのに?」



ジリジリと近づいてくる3人に、体がどんどん硬直していくのがわかる。



恐怖と緊張で、カナさんはなにも言えないままだ。



「ヨシコ。それ返してあげなよ」



ショートカットの子に言われ、ポニーテールのヨシコと呼ばれた生徒は上履きをカナさんの体に投げつけた。



腹部に当たり、痛みが梓にも伝わってくる。



「ほら、お礼は?」



ショートカットの子がカナさんに促す。



それでもカナさんはなにも言わない。



この3人の仕業だとわかっているからだ。



「ケイコがそう言ってんだから、なにか言えよ!」



もう1人がしびれを切らしたようにカナさんの髪をつかんだ。



皮膚が引っ張られてビリビリと痛む。



カナさんはそのまま倒れ込み、引きずられる体制になった。



「あはは! パンツ丸見えなんだけど!」



ヨシコが声を上げて笑う。



その時、頬に暖かなものが伝っていくのを感じた。



涙だ……。



梓はそう理解した瞬間、怒りが湧いてきた。



3人でよってたかってカナさんを傷めつけ、笑っている。



カナさんが泣いているのを見てもやめようとしない。



3人の悪意がカナさんに降り注ぎ続ける。



「明日はその髪切ってやるから、楽しみにしてなよ」



3人はさんざんカナさんを傷めつけた後、笑いながら教室を出て行ったのだった。


☆☆☆


それからカナさんは切り刻まれた上着をゴミ箱に捨て、髪の毛を整えてから1人で帰路についた。



それはあのアパートだった。



玄関を開ける前に一旦立ち止まり、手鏡で自分の姿を確認している。



引きずりまわされた時、机にぶつかって頬にアザができていた。



カナさんは髪の毛を垂らしてそれを隠す。



そして1度、鏡に向かってニッコリとほほ笑んだ。



それからようやくドアを開ける。



「おかえりカナ」



カナさんを出迎えてくれたのは、あの女性だった。



まだ若く、栗色の髪の毛は艶々だ。



その顔には梓にも向けてくれた、優しさがあった。



「ただいま! お腹空いちゃった、今日のご飯はなに?」



カナさんは元気いっぱいの声で言い、キッチンへ向かう。



鍋の中にはシチューが入っていた。



「やった! 今日はシチューだ!」



「できあがるまでもう少し時間がかかるから、宿題してらっしゃい。その間にお父さんも帰ってくるから」



「はぁい」



カナさんはスキップしながらキッチン横のドアを開ける。



そこがカナさんの部屋らしい。



部屋に入ってドアを閉めた瞬間、カナさんの顔から笑顔が消えた。



電気もつけず、ぐったりと床に座り込む。



頬が痛むのか顔をしかめ、鞄をおろすと中の教科書などを取り出した。



しかし、どれもこれもマジックで真っ黒に塗りつぶされて勉強することができない。



ノートも同様だった。



(これも、あの3人にやられたんだ……)



それでもカナさんは家の中では気丈にふるまっていたのだ。



両親を心配させたくない一心で、ひとりで抱え込んでいたんだ。

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