第21話

「ごめんなさいね。あまりお役に立てなくて」



話しを終えて、玄関までお見送りしてくれた女性が申し訳なさそうに言う。



「いえ、突然押し掛けてしまったすみませんでした」



梓は深く頭を下げる。



突然来て、昔の傷口をえぐるようなことをしてしまったのに、女性は終始優しかった。



きっとカナさんも優しい人だったのではないかと思わせてくれた。



「なにかわかったら、状況を聞かせてね? 私も、ずっと気になっていることだから」



「はい。必ず報告しにきます」



梓は女性と約束を交わして、アパートを後にしたのだった。


☆☆☆


それから梓と厚彦は学校へ戻ってきていた。



すぐに家に帰ってもよかったのだけれど、まだ日が高いし、他にやれることがないか探しに来たのだ。



「まだいるの?」



梓はまた大きなマスクをつけて、厚彦へそう聞いた。



厚彦は屋上へ視線を向けて頷いた。



「いる」



女性の顔を思い出すと、また胸が痛んだ。



カナさんはまだ苦しみ続けている。



そんなこと、女性には言えるわけがなかった。



「もう少し話が聞けないか、行ってみよう」



「そうだね」



グラウンドではまだ部活にいそしんでいる生徒たちが沢山いた。



そんな中、梓は立ち止まる。



「カナさん。あなたはイジメにあっていたんですか?」



なにもない場所へ向けて厚彦が聞く。



梓の耳には厚彦の声と、グランドを走る生徒たちの声しか聞こえてこない。



だけどここには確かにカナさんがいるのだ。



梓はそっと足を踏み出してみた。



少しでもカナさんの存在を感じ取ることができないか、近づいてみることにしたのだ。



なにもない空間へ手を伸ばす。



「梓?」



厚彦が不思議そうな顔をして声をかけてくる。



「なにか、あたしにも感じ取れないかと思って」



返事をしたその時だった。



スッと冷たい空気が延ばした手に絡みついてきた。



驚き、動きを止める。



これは厚彦が部屋にいたときに感じた寒気とよく似ている。



「今、そこにカナさんがいる」



厚彦が言う。



(あたし今、カナさんに触れてるのかな?)



そう思った瞬間だった。



梓の視界からグラウンドが消えていた。



代わりに現れたのは木造の校舎だ。



(ここ、写真でみたことがある……)



記憶に新しい、50年前のアルバムで見た景色がそこにあったのだ。



周囲を確認してみても厚彦の姿がない。



声を出して呼ぼうとしても、声がでなかった。



それだけじゃない。



手も足もまるで自分のものじゃないようにコントロールがきかないのだ。



梓はまっすぐ延びる廊下を歩いていた。



だけどなぜか靴下で、上履きをはいていない。

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