第20話

娘が死んでもずっとここに住み続け、制服が変わったことも知っている。



ということは、娘のことを今でもずっと思い続けているということなんだろう。



そう思うと、胸がズキンッと痛んだ。



この人からカナさんのことを聞き出すなんて到底無理だと思えた。



自分にはそんな度胸はない。



人の心をえぐってしまうかもしれないんだから……。



「よかったら、今の北中高校がどうなったのか、ゆっくり聞かせてくれない?」



不意に女性からそう提案されて、梓は言葉に詰まった。



「ぜひ、お願いします!」



厚彦が隣で言うが、もちろん女性に声は届かない。



代わりに厚彦が梓の背中を叩いた。



その衝撃でハッと我にかえる。



「わ、わかりました。よろしくお願いします」



梓はそう言い、女性に促されてアパートの部屋へと足を踏み入れたのだった。


☆☆☆


そこは2LDKの奇麗な部屋だった。



カナさんのお母さんは梓にお茶を用意してくれた。



ダイニングの椅子に座り「いただきます」と、ひと口飲む。



やわらかなお茶の味に梓の緊張も少しだけほぐれた。



「学校は楽しい?」



向かい側に座った女性が、茶菓子を差し出しながら尋ねる。



「はい、とっても」



厚彦との奇妙な関係を除けば、すべて順調だと言えた。



「そう。制服も、昔に比べると随分可愛くなったわよねぇ」



女性は梓の着ているセーラー服を見てしみじみと言う。



アルバムで見たカナさんの制服はたしか紺色のブレザーだった。



梓が今着ているのは緑のチェック柄のスカートだ。



この辺の高校じゃ一番可愛いと言われている。



「そうですね。あの……昔の制服はどうだったんですか?」



話しをつなぐため、梓はそう聞いた。



「昔は紺色のブレザーで、地味なものだったのよ」



「そうなんですね」



「それでもカナにはよく似合っていたのよ」



「カナ……?」



梓はゴクリと唾を飲み込んで聞く。



「そう。私の娘よ」



「カナさんは……今は……?」



質問しながら心臓がドクドクと音をたてはじめる。



手の平に汗が滲み、踏み込んではならないところまで踏み込んでしまったのだと自覚した。



「あなた、新聞部よね? カナのことが聞きたくて来たんじゃないの?」



女性の口調は今までとなにも変わらなかった。



梓は女性の顔を直視することができず、うつむく。



「いいのよ。もう50年も前のことだから、なんでも話すわよ?」



聞きたいことは沢山あった。



なぜカナさんは自殺したのか。



カナさんの心残りはなんなのか。



でも、どういう風に質問すればいいかわからなかった。



「ここへ来たということは、ある程度カナのことを調べたのよね?」



助け船を出してくれたのはまたも女性の方だった。



「はい。カナさんはその……50年前に……」



「そう。あの学校で自殺したの」



『自殺』という言葉が胸にズシンッとのしかかってくる。



まるで鉛を飲み込んでしまったかのような感覚だ。



「その原因を探っているの?」



聞かれて、梓は曖昧に頷いた。



正直、カナさんの無念がなんなのかまだわかっていない。



だから、ハッキリとした返事もできなかった。



「私も、原因はまだわからないのよ」



「そうなんですか?」



梓の質問に女性は頷く。



そのとき初めて、疲れたような表情を一瞬だけ見せた。



長い間、カナさんの死について考え続けてきたことがうかがわせた。



「最初はね、学校でイジメがあったんじゃないかって、疑われていたのよ」



(イジメ……)



よくあることだ。



大なり小なり、きっと誰もが経験していること。



けれどイジメは時に行きすぎて、相手の命を奪ってしまうこともある。



カナさんの場合もそうなんだろうか?



「だけど、証拠はなにもなかった。カナは遺書も残していなかったし、どうして自殺したのかわからないままなのよ」



「そうだったんですね……」



カナさんがなにかメッセージを残していれば、自殺した原因がわかっていたかもしれない。



でも……と、梓は考える。



(カナさんは今でも成仏できていない。ってことは、本当にイジメがあった可能性が高い)



イジメによって自殺したものの、相手への憎悪が強すぎてこの世にとどまっているのかもしれない。



あるいは、相手がなんの罰もいないことが心残りなのかも。

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