第17話

☆☆☆


「キャアアア!!」



悲鳴と同時に上半身を起こした。



全身に汗がにじみ、鼓動が速い。



見た夢のせいでしばらく気が動転していた梓だけれど、気がつけばそこは保健室だった。



「あ……」



(そうだった。あたし、体育の時間に倒れたんだった)



思い出してホッと息を吐き出す。



それにしてもヒドイ夢を見た。



死んだ厚彦が自分の部屋に出てくる夢なんて……。



そう思った瞬間「大丈夫か?」と、逆さまに浮かんだ厚彦が梓の顔を覗き込んできた。



再び悲鳴を上げそうになった梓の口を咄嗟にふさぐ厚彦。



その手は信じられないほど冷たい。



「び、ビックリさせないでよ!」



ようやく手を離してもらえた梓はさっそく文句を口にした。



あの夢を見た後で逆さまになった厚彦を見て、悲鳴をあげないわけがない。



「もしかして、あたしが寝てる間ずっとそこにいたの?」



「当たり前だろ? 遠くには行けないんだから」



「そうだけど……」



気絶同然の寝顔を見られていたのかと思うと、気分はあまり良くない。



厚彦のことだから、マジマジと梓の顔をながめていそうだし。



「寝てる間にもずっと話しかけてた」



「まさか、カナさんのこと?」



聞くと、厚彦は頷く。



梓は大きくため息を吐きだした。



悪夢の元凶はやはり厚彦だったようだ。



「そこまで頼まれても、あたしには何もできないってば」



「だから俺がいるんだろ? 俺はカナさんのことが見えるし、会話もできる。それを梓に伝えるからさぁ!」



「そんなこと言われたって……」



確かに、厚彦の言うことを実行すれば、カナさんの無念を晴らす手伝いができるかもしれない。



けれど梓としては、これ以上幽霊に関わり合いたくないのだ。



幽霊は厚彦ひとりで十分だ。



「そんなにダメって言うなら、これから先もずっと囁き続けるぞ?」



厚彦の言葉に梓はギョッとして目を見開いた。



「冗談でしょう?」



「本気だ。授業中も、寝てる間もず~っとだ!」



そう言う厚彦はどこか楽しげな表情をしている。



梓の反応を見て楽しんでいるに違いない。



「そ、そんなことしたらただじゃおかないから!」



梓も負け時と言い返す。



しかし、厚彦には自分から触れることもできない状態なのだ。



ただじゃおかないと言っても、梓に仕返しをすることは難しい。



それを理解しているようで、厚彦はニヤニヤ顔を崩さなかった。



「あっそ。じゃあわかった。俺はこれからずっと梓に囁き続けるよ。カナさんと助けてほしいって」



その言葉に梓はグッと喉に言葉を詰まらせてしまった。



言い返したいが、それだけはやめてほしい。



今日みたいに倒れてばかりいたらシャレにならない。



「……わかった。手伝うよ」



梓は観念して、そう言ったのだった。


☆☆☆


放課後になるのを待ち、梓と厚彦の2人はグラウンドに来ていた。



サッカー部や陸上部などがひしめき合って練習している間を縫い、カナさんが落下してくる地点へと移動する。



「まずはどうするつもり?」



梓はマスクを付けた状態で厚彦に質問した。



さすがに、独り言を聞かれたくはない。



「幸い、カナさんは自分の名前を自分から名乗ることができた。本人からいろいろ聞きだしてみよう」



厚彦の言葉に梓は頷く。



それなら話は早そうだ。



なにより、梓は少しでも早くここから立ち去りたかった。



周囲の人間からは、梓がひとりでボーっとグラウンドに突っ立っているようにしか見えないのだ。



それこそ変な人だと思われてしまうし、部活の邪魔になるのが一番嫌だった。



「来た!」



厚彦が呟く。



梓はグラウンドを見つめるが、やはりなにも見えなかった。



(まさか、全部厚彦の嘘ってことはないよね?)



そんな不安な気持ちになる中、厚彦はなにもないグラウンドへ向けて話しかけ始めた。



カナさんとの会話が成立しているようで時折「なるほど」と頷いている。



「なにかわかったの?」



5分後、厚彦の視線がまた屋上へ戻ったのを確認して梓は聞いた。



「カナさんの生年月日を聞いた」



「それで?」



「50年前の生徒だってことがわかった」



厚彦は真剣そのものの表情で答えたのだった。

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