第14話
学校は学生にとって生活の大半を過ごす場所だ。
念が強く残っていると言ってもいい。
「そうかもしれない。あ、また……」
厚彦の視線が上から下へと移動する。
見えている女性が落下する寸前で、厚彦は視線をそらせた。
「ひどく苦しんでる」
「そうなんだ……」
残念だけど、梓にはその姿は見えない。
屋上へ上がることもできないから、花をそえてあげることだってできない。
グラウンドに花を置いていたら邪魔になってしまうし、どうしてあげることもできないのだ。
「苦しい、助けてって言ってる」
「でも、どうしようもないよ」
梓だって、ずっと学校にとどまっているのはかわいそうだと思っている。
だけど、幽霊が見える幽霊と、厚彦の姿しか見えない梓では、助けてあげることはできない。
せいぜい、先生に相談するくらいだ。
それも、信用してもらえるとは思えないけれど。
「名前は?」
諦めて教室へ戻ろうとしたところ、厚彦がグラウンドに膝をつき、誰もいない地面へ向けて話かけていた。
「ちょっと!?」
慌てて止めようとする梓。
「そっか、カナって言うんだな。その制服、古いけどこの学校の制服だね」
幽霊と会話をしている厚彦に梓の血の気が引いて行く。
こういうことってしていいんだっけ?
見える相手だってバレたら、ついて来られるんじゃなかったっけ?
実際、梓は厚彦につかれている状態だ。
ひとりでハラハラしていると、不意に厚彦が立ちあがった。
「大丈夫、ちゃんと成仏できるようにするから!」
(え……?)
「な、梓?」
厚彦が満面の笑みをこちらへ向ける。
梓は今にも気絶してしまいそうだったのだった。
☆☆☆
見えない幽霊を成仏させるなんて絶対に無理!
だってあたしには霊感なんてない。
厚彦の姿はどうしてだか見えるけれど、ただそれだけ。
「なぁ、イエスかノーの返事くらいしてくれよぉ」
授業中だと言うのに、厚彦は梓に話しかけていた。
梓の机の前に逆さまになってふよふよ浮いているのもだから、集中できるわけもない。
でも、梓は厚彦の言葉を無視し続けていた。
厚彦が邪魔で黒板は半分以上隠れているけれど、堅命にノートに書き写している。
「カナちゃんがかわいそうだと思わないのかよ? 見たところ、ずいぶん昔の制服だったんだぜ? そんなに昔からとどまってるなんて、かわいそうだろぉ?」
確かにかわいそうだと思っている。
だけど、自分にできることなんてなにもない。
だって、梓には霊感なんてないんだから。
「頼むよ梓。俺がカナちゃんから何が心残りなのか聞き出すから。それを解消してやってくれよ!」
休憩時間。
玲子と2人でおしゃべりをしていても、厚彦は話かけ続けた。
頭から落下していくカナのことを思い出すと、どうしてもほっておけないのだ。
カナは今でも何度も飛び下り自殺を繰り返しているはずだ。
その度に痛くて苦しい思いをしている。
しかし梓は無視を決め込んでいる。
学校が終わって帰っている間も、全く返事をしてくれない。
家に戻ってようやく普通に会話ができる状況になっても、「宿題があるから」と言って取り合ってくれなかった。
本当に嫌なんだろうな。
そんなことはわかっていた。
生きている梓が死んでいる人間に関わりたくないと思う気持ちも理解できる。
だけど梓はすでに自分と関わってしまっているのだ。
たとえ厚彦の姿しか見えなくても、すでに片足突っ込んでいるようなものだ。
「おーい頼むよ梓。手伝ってくれ。俺一人じゃ屋上までも行けないんだぞ」
厚彦はベッドに入った梓へ向けて話しかける。
幽霊だから眠る必要がないのだ。
これは厚彦の強みでもあり、朝までずっと呪文のようにささやき続けていたのだった。
☆☆☆
翌朝、梓はムッとした表情でベッドから起き上がった。
厚彦が耳元でずっと囁き続けていたため、一睡もできなかった。
「お、おはよう梓」
元気な声でそう言う厚彦を睨みつける。
梓の目の下にはクッキリとクマができていた。
梓は厚彦にあいさつもせず、着替えをするため部屋から追い出したのだった。
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