第13話

☆☆☆


もっと、ちゃんと謝らないと。



そう考えた梓は休憩時間に入るとすぐにひとりで教室を出た。



女子トイレに入ってみたけれど、今回は数人の生徒がたむろしておちゃべりをしているところだった。



仕方なく、簡単に手だけ洗ってトイレを出た。



「なんだ、トイレじゃないのか?」



厚彦にそう聞かれても梓は返事をしないまま……いや、人がいるから返事ができないまま歩いた。



そしてようやくひと気のない場所までやってきた。



そこは屋上へ続く階段の手前だった。



普段屋上へ出ることはできないから、生徒の姿はない。



「あのさ厚彦」



謝ろうと思って口を開いた時だった。



厚彦が屋上へ続く階段を唖然とした表情で見つめていることに気がついた。



「どうかしたの?」



首をかしげて会談へ視線を向ける。



誰かいるのかと思ったが、誰もいない。



屋上に出られる灰色のドアがあるだけだ。



「ねぇ、どうしたの?」



梓が聞くと、厚彦が慌てた様子で「屋上に向かって!」と、言い始めた。



「え?」



「早く!」



せかされて梓は階段を上がる。



といっても、屋上へ出られるドアは鍵が閉まっているため、出ることはできない。



「鍵がかかってるから無理だよ」



梓がそう言うと厚彦は返事もしないまま灰色のドアをすり抜けて屋上へと出ていた。



(すり抜けられるんだ!)



目の前の光景に驚く梓。



でも考えてみれば当然だ。



厚彦は一定距離を離れたら、気がついたら梓のそばまで戻ってきている。



間に扉や影があったって、関係ないのだ。



「やばい、グラウンドへ行こう!」



しばらく屋上にいた厚彦が青い顔で戻ってきて梓へそう言った。



「やばいってなにが? 一体どうしたっていうの?」



「屋上に女子生徒がいる。飛び降りそうだ!」



え……?


☆☆☆


厚彦に言われるがまま、梓はグラウンドへ出た。



そこから校舎を見上げると、屋上のフェンスが見える。



でも、そこには誰の姿もない。



「誰もいないじゃん」



太陽の光がまぶしくて目を細める。



しかし、やはり誰もいない。



「あそこにいるだろ! 見えないのか?」



厚彦は必死に指をさす。



その指をたどって確認してみても、やはり梓には何も見えなかった。



まさか、また冗談を言っているんだろうか?



(あたしがさっき言いすぎたから、仕返ししてるとか?)



そう考えた梓はムッと頬をふくらませて厚彦を見た。



「あのね。あたしちゃんと謝るつもりだったよ? さっきは言いすぎたし、それで謝るために移動したのに、どうしてこんな嘘をつくの?」



腰に手を当てて説教を始める梓だが、厚彦は梓の声が聞こえていないようだ。



ジッと屋上を見上げていた厚彦が「あっ!!」と大きな声を上げる。



そして、視線が上から下へと移動したのだ。



それはまるで、屋上からなにかが落下しているのを見ているような動き。



梓は厚彦の視線を追いかけるけれど、やはり何も見えない。



けれど、厚彦の顔色がさっきよりもさらに青くなっている。



「ねぇちょっと、どうしたの?」



さすがに心配になってきた。



「今……落ちてきた」



「え?」



「女子生徒だよ。グシュッて、頭が潰れたんだ!」



「や、やめてよそういうこと言うの!」



「どうして見えないんだよ。俺のことは見えるのに」



厚彦の言葉に梓はハッとした。



厚彦には他の幽霊が見えているのだ。



でも、自分には厚彦の姿しか見えない……。



なぜかわからないけれど、そういうことなんだろう。



「本当に、女子生徒がいるの?」



「あぁ。今落ちてきたのにまた屋上に立ってる。ずっとここに留まってるみたいだ」



「そんな……」



学校は色々と怪談話が尽きない場所だけれど、まさか自分が通っている学校にそんな霊がいるなんて思ってもいなかった。



見えないけれどブルリと身震いをする。



「厚彦は自分が幽霊だから見えるようになったんだね?」



梓の質問に厚彦は曖昧に頷く。



「たぶんそうなんだと思う。でも、学校へ来るまでの道のりではなにも見えなかったから、見える幽霊と見えない幽霊がいるのかも」



そう言われれば、厚彦が幽霊が見えると言い出したのは今回が初めてだ。



自分の葬儀にも出たし、町中をうろついたりしていたのに。



「それって、厚彦にとって関係が深い場所だから見えてるってことなのかな?」

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