第12話

「い、いえ。なんでもありません」



慌てて背筋を伸ばす。



そして厚彦を睨みつけた。



厚彦はそんなこと気にするそぶりも見せず、クラスの男子の膝に乗っかって遊んだりしている。



(もう、勘弁してよ!)



心の中で罵り、梓は懸命に教科書を読むフリをしたのだった。


☆☆☆


とにかく厚彦は生前となにも変わらない。



教室内でおちゃらけているところなんて、そのままだ。



ただ友人たちと会話ができない分静かなだけ。



「梓、今日もなんか変だよ?」



休憩時間になって玲子にそう言われ、梓はギクリとした。



「へ、変ってなにが?」



素知らぬ顔をしてみても、声は裏返ってしまった。



「授業中に急に笑い出したでしょ? なにかあったの?」



「そ、そんなことしてないよ」



梓は顔の前で手を振って否定する。



それでも玲子は怪訝そうな顔を梓に向けたままだ。



一番の親友をごまかすことは簡単なことじゃない。



だけど、真実を玲子に話して信じてくれるとは思えなかった。



余計な心配をかけてしまうのがオチだろう。



だから黙っているしかないのだ。



「本当に?」



「本当に本当だって。あたし、ちょっとトイレ」



親友に嘘をついているという罪悪感から、梓は一人で席を立ち、トイレへと向かった。



幸い、女子トイレには誰の姿もなかった。



梓は鏡の前に立ってふぅーと大きく息を吐きだした。



「面白かったろ?」



その声に振り向くと、厚彦がニヤニヤとした笑みを浮かべていた。



その笑みにムッとして睨み返す。



「変なことばかりするのはやめてよ! おかげで玲子に怪しまれたでしょ!」



言いながら梓は鏡に厚彦の姿が写っていないことに気がついた。



(幽霊って、本当に鏡に写らないんだ)



そんなどうでもいいようなことで関心してしまう。



「だって暇なんだもん」



「そっちは暇でもあたしは暇じゃないの! 授業はちゃんと受けなきゃいけないの! あたしには試験だってあるんだから!」



思わず声が大きくなった。



そしてハッと息を飲む。



『あたしには試験だってある』



それは厚彦にはもうないという意味になってしまうのだ。



(しまった……)



梓の背中に汗が流れて行った。



自分には未来があるが、厚彦にはもうない。



遠まわしにだけれど、そんな罵声を浴びせてしまったのだ。



さすがに今のは言いすぎた。



「ごめん、つい……」



梓がうつむき加減に言うと厚彦はいつもの調子で「別にいいよ」と、答えたのだった。


☆☆☆


別にいいよ。



と言われたものの、次の時間からは厚彦はやけに静かだった。



梓の隣で静かに授業を聞いている。



さっきまでもふざけた態度は嘘のように大人しい。



やっぱりさっきの言葉を気にしているんだろうか……。



結局梓は厚彦のことが気になって、国語の授業も身に入らなかったのだった。

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