第9話

☆☆☆


「自分の葬式を見るなんて、不思議な気分だな」



厚彦の葬儀の日はよく晴れていた。



冬服姿の学生たちが参列した会場には、沢山の人が集まってきている。



親戚やクラスメートだけじゃなく、小学校や中学校時代の友人も来ているようだ。



梓は厚彦の言葉に返事をせずに列に並ぶ。



前方には厚彦のご両親の姿が見えて、ズキリと胸が痛んだ。



厚彦の両親に会うのは初めてのことだったけれど、2人とも自分も親よりも随分老けて見えた。



あるいは、厚彦の死が2人を一気に老けさせてしまったのかもしれない。



「B組のマミちゃんもあまりよくないんだよね」



そんな会話が聞こえてきて振り向くと、女子生徒2人がコソコソとささやき合っている。



隣りのクラスのマミちゃんは体が弱く、ほとんど学校へ来ていないことを梓も知っていた。



でも、あまりよくないという話は初耳だった。



厚彦の両親の前まで来たとき、梓はチラリと隣に立つ厚彦へ視線を向けた。



厚彦は無表情で2人を見つめていて、何を考えているのかわからなかった。



お辞儀とお焼香を済ませて列から離れようとした時、厚彦が木魚を叩くお坊さんの隣に立つのが見えた。



あんなところで一体なにをしてるんだろう?



厚彦の様子をぼんやりと眺めていると、突然お坊さんの頭をポクポクと手のひらでたたき始めた。



それは木魚に合わせたリズムで厚彦はノリノリだ。



その様子に思わず噴き出してしまいそうになり、慌てて両手で口を押さえた。



こんな場所で笑うなんて不謹慎すぎる。



だけど死んだ本人はケロッとしているし、お坊さんの頭を叩きながらこちらへ向けてピースサインをしている。



(勘弁してよ!)



梓は必死に笑いをこらえて、厚彦をお坊さんから引き離すためにその場を移動したのだった。


☆☆☆


幽霊ってみんなこんなに能天気なんだろうか?



厚彦は本当に死んだらしい。



だけど生前と同じように悪ふざけをしているし、なんらかの未練を残しているようにも見えない。



学校まで戻ってきた梓はひと気のない廊下まで移動して厚彦を睨みつけた。



「ちょっと、どういうつもり!?」



「どういうって?」



厚彦はキョトンとしている。



梓が怒っている理由が本当に理解できていないみたいだ。



その態度に呆れてため息を吐き出す梓。



「お葬式の時にあんなことしないでよ!」



梓がそう言うと、ようやく怒っている理由を理解したようだ。



厚彦はケラケラと声を上げて笑った。



「あれ、ウケたろ!?」



「ウケた……けど、そうじゃなくて!」



危うく梓は葬儀中に爆笑してしまうところだったのだ。



厚彦にはしっかりと反省してもらわないと困る。



「厚彦の姿はあたしにしか見えてないんだよ? それなのにあんなことして!」



「あ~、そう言えばそうだったな。あの坊さんですら俺のこと見えてなかったもんなぁ」



木魚と一緒に頭をポクポク叩かれていたのに気がつかなかったくらいだ。



あのお坊さんには霊感がなかったのだろう。



「だから、あたしがひとりでしゃべってたり、あたしがひとりで笑ったりしてたら、変な人になっちゃうの!」



「それもそうだなぁ。でも、会話できないと俺孤独だしなぁ」



厚彦は両手を頭の後ろで組んで言う。



そう言われればそうかもしれない。



今のところ厚彦の姿が見えるのは梓だけなのだ。



その梓と会話ができないとなれば、辛いかもしれない。



「とにかく、学校内で会話するのは無理だからね」



(それに、葬儀が終われば厚彦もいなくなるんだろうし)



そう思った瞬間チクリと、胸に痛みが走って梓は目を見開いた。



(今の痛みはなに?)



まさか、厚彦の別れが辛いとか?




自分でそう考えておいて、ブンブンと強く左右に首を振ってその考えをかき消した。



(そんなことありえない! ただせさえ迷惑してるんだから!)



梓は自分に言い聞かせて、2年A組へと戻ったのだった。

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