第3話
まるで他人事のような厚彦の言葉に梓は苛立ちを覚えた。
勢いよく立ちあがると厚彦を睨みあげる。
「ねぇもういい加減にしてくれない? 明日も学校なんだから寝なきゃいけないの」
「そうだよなぁ……。俺もどうにかしたいんだけど」
厚彦は左右に首を振ってみせる。
自分じゃどうにもできないと言いたそうだ。
「手代くんが部屋を出て行ってくれなきゃ、さすがに眠れないんだけど?」
「うん。本当にごめん。でも、それができないみたいなんだ」
厚彦の言葉に梓は眉間にシワを寄せた。
自分でここへ来たくせに、出て行くことはできないとは一体どういうことだろう?
厚彦はまだ冗談を繰り返しているだけなのか、それとも本気で言っているのかわからなかった。
「できないってどういうこと?」
梓はさっきまでの威勢を崩さずに問う。
「広中さん、どこかへ移動してみてくれる?」
「どこかってどこ?」
「どこでもいいよ。でも外は暗いからやめた方がいいかな。家の中なら、どこでも」
そう言われて梓は首をかしげた。
正直、部屋に厚彦1人残していくのはいい気がしない。
でも従わなければ厚彦が言っていることの意味が理解できない気がした。
「わかった」
梓はしぶしぶ頷いて、自分の部屋を出たのだった。
そのまま階段を下りて最奥の部屋へ向かう。
そこは4畳の和室になっていて、小さな神棚が飾られている。
この部屋を選んだのは単純に自分の部屋から一番遠い場所だったから。
それに、なにか危険なことが起こるとご先祖さまが助けてくれるのではないかと、淡い期待を抱いたからだった。
「さて、どうする気なのかな?」
そう呟いた時だった。
今まで自分以外誰もいなかった和室に、不意に厚彦が姿を現したのだ。
「キャア!」
本日何度目かの悲鳴を上げて、尻もちをつく。
「な、なんでここにいるの!?」
「俺にもよくわからないんだけど、どうやら手代さんから離れることができないみたいなんだ」
厚彦が困り顔で言う。
「そんな……」
もし厚彦が本当のことを言っているのだとすれば、梓は今日の夜ずっと一緒にいなければならなくなる。
(今まで彼氏だってできたことないのに、そんなの無理!)
心の中でブンブンと左右に首を振る。
「ダメだよ。両親がいない間に男を連れ込んだなんてことになると、近所の人たちの噂になっちゃうんだから!」
「それはきっと大丈夫だよ」
「何言ってるの。手代くんだって田舎の噂が広まる速さを知ってるでしょう?」
必死で説明しても、厚彦は大丈夫だと繰り返すばかりだ。
それに家から出て行ってくれる気配もない。
時間はどんどん過ぎていって、あっという間に12時を過ぎてしまっていた。
「本当に、出て行く気はないんだね?」
梓の言葉に厚彦は「出ていきたいのはやまやまだよ? でも無理なんだって」と、説明を繰り返す。
「どうして無理なの?」
「俺、もう死んでるんだ。実態がないから触れることはできない。だけどなぜか広中さんに惹かれちゃったみたいで、離れることができなくなったんだ」
これも、何度か聞いた説明だった。
厚彦は今幽霊で、だから触れることができなくて、なぜだか梓にくっついてしまったようで、離れない。
だけど厚彦は幽霊だから近所の人に見られる心配はない。
そういうことらしい。
梓は腕組みをして難しい表情になった。
「でも、ひとつわからないことがあるの」
厚彦の言っていることが真実だとしても、納得できないことがあった。
「なに?」
何度も説明したためか、疲れた顔をした厚彦が聞く。
幽霊でも疲れるんだろうかと、どうでもいいような疑問が浮かんできた。
「あたしには霊感なんてないよ?」
それは決定的な言葉だった。
梓に霊感はない。
今まで幽霊が見えたことなんて1度もない。
つまり、厚彦が死人だとしたら、見えるわけがないのだ。
「そんなことを言われてもなぁ……」
厚彦が困ったように頭をかく。
「俺は確かに死んだんだ。交通事故で。たぶん、明日の朝には連絡が来ると思う」
「それ、本気で言ってるの?」
呆れ顔の梓に厚彦は真剣な表情で頷く。
冗談を言っているようには見えなくても、普段の厚彦がお調子者なので信用できない。
といっても、何度外へ放り出してみても気がつけば梓の近くに戻ってきているのだから、どうしようもなかった。
「……仕方ない。どうせ映像かなにかなんだよね?」
ふぅとため息を吐き出して梓は立ち上がる。
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