第2話

挨拶されたから挨拶し返したものの、この状況はどう考えてもおかしい。



どうして厚彦がここに?



お風呂に入る時に戸じまりはしっかり確認したはずだし。



まさか、どこかカギが開いていたとか?



だとしても、勝手に家に上がりこんでベッドの下に隠れるとか、ありえないでしょ!



そんなことをグルグルと考えていると、厚彦が申し訳なさそうな表情のまま「ごめん。まさか俺の姿が見えるとは思わなかったんだ」と言った。



「見える……?」



厚彦の言葉の意味が理解できなくて梓は首をかしげる。



とにかく、今の状況はまずい。



両親が旅行に行っている間に男を連れ込んだと思われてしまう。



「と、とにかく、外へ出てくれない?」



梓がそう言った時、厚彦はどこか悲しげな表情で左右に首を振った。



「悪いけど、それはできないんだ」



「え?」



「俺、もう死んだみたいなんだ」



厚彦の言葉に梓はキョトンとして目を見開いた。



この人は一体なにを言ってるんだろう?



厚彦は間違いなく今目の前にいるし、さっき梓の口をふさいだから手でなにかに触れることもできる。



梓の知っている幽霊とは程遠い存在だった。



「あのね、こんな夜に人の部屋に忍び込んで、笑えない冗談を言うのはやめてくれる?」



梓は盛大な溜息とともに言った。



しかし、厚彦は頭をかいて「困ったなぁ」と呟いている。



「とにかく、早く部屋から出て行ってよ」



強行突破しようと、梓が厚彦の手を取る。



その瞬間……スカッ!



厚彦の手を握り締めようとしたのに、それはどこにも触れることなく空を切った。



(え……?)



梓は目をパチクリさせて自分の手と厚彦の手を見比べる。



別に、変わった様子はない。



もう一度チャレンジと、また厚彦の手を握ろうとする。



しかし、それはやはりすり抜けてしまって掴むことができないのだ。



「ごめん。俺が何かに触れることはできても、相手が俺に触れることはできないみたいだ」



厚彦は今の出来事を冷静に分析している。



「は? 嘘でしょこれ、なんの冗談?」



梓は少しムキになって厚彦に触れようとする。



だけど全然ダメだ。



少しも触れることができない。



最後には厚彦の体を抱きしめようとしたけれど、それもすり抜けてしまった。



「そういうこと、生前にやってほしかったなぁ」



厚彦は心底悔しそうにつぶやく。



「なにバカなこと言ってるの!? どんなマジックを使ってるの? あ、わかった! 最新技術のVRかなんかでしょ! 手代くんの体はどこか別の場所にあって、それが投影されてるんだ!」



梓はそう言うとベッドの下を探し始めた。



最新技術の機械が隠されていると思っているのだ。



「う~ん、それっぽいものはないなぁ。でも、最近の技術はすごいから、簡単にみつけることはできないのかも」



ブツブツと呟きながらベッドの下から出てくる。



せっかく洗った髪の毛に少しホコリがついている。



厚彦は何気なくそのホコリをつまんでとった。



「とにかくさ、ここにいられるとあたし寝れないから、外へ出てくれる?」



「そうしたいところなんだけどねぇ」



厚彦はなにか言いたそうにして頭をかいた。



「出口はあっち!」



梓はドアを開いて厚彦を誘導する。



厚彦は仕方なくドアの外へと出た。



「で、玄関はこっちね」



階段を下りてすぐの玄関まで行くと、鍵はちゃんとかけられていた。



「じゃ、お見送りはここまでだから」



梓に誘導されるがままに外へ出る厚彦。



玄関に鍵をかけると、やっと胸をなでおろした。



(なにがなんだかわからないけど、とにかくこれで眠れそう)



ふあ~と、大きくあくびをして自室へと向かう。



そしてドアを開けた瞬間……目の前に困り顔の厚彦が立っていた。



「キャア!?」



「ご、ごめん。驚かせるつもりはなかったんだけど」



厚彦は慌てて頭を下げる。



梓は驚きのあまりその場に尻もちをついてしまった。



「さ、さっき玄関から出たでしょ!」



「そうだけど、戻ってきちゃうみたいだね?」



厚彦は小首をかしげて言う。

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