Ⅲ.雪丸 ③
「やあ、諸君。無事着いたようだね。」
我らが社長は今日も元気に威張っているな。ファミリーレストランでの昼食を無事に終えて、フォーラムの会場までの移動時間を挟んだ午後一時ちょっと過ぎ。足を組んで堂々と長椅子に腰掛けている香月社長の呼びかけに、俺たち四人はそれぞれの返事を返していた。隣にはスカートスーツ姿の風見さんも座っているし、エントランスロビーで俺たちを待っていてくれたらしい。
「おはようございます、社長、風見さん。」
「おはようございます!」
「どうも、おはようございます。」
「おはようございます、香月さん、風見さん。」
俺、朝希さん、小夜さん、夏目さんの順での『四連おはようございます』を受けて、風見さんが応答しながら立ち上がる。そこそこ広めのロビー内には、他の人の姿もちらほらと見えているな。フォーラムの参加者なのか、それともこの施設の平時の利用者なのかは不明だが、まあまあ賑わっているようだ。
「おはようございます、皆さん。もう会場には入れますよ。二階の多目的ホールです。」
「飲み物の持ち込みは可だそうだから、そこの自販機で買おうじゃないか。来たまえ、諸君。社長たる私が奢ってあげよう。」
えっへんと言い放って自動販売機の方へと歩いていく香月社長の背を追いつつ、周囲を見回してポリポリと首筋を掻く。前に社長が同じ表現を使っていたけど、確かに何となく『説明会』の雰囲気があるな。就職活動をしていた頃を思い出してそわそわしてくるぞ。
ライフストリーム・ジャパンディヴィジョンフォーラム。その会場となった六本木のこの施設は、どうやら映像系の専門学校がメインで入っている複合ビルらしい。北アメリカの企業が経営元の専門学校のようなので、そういった関係でキネマリード社が会場として選んだのだろう。キネマリードは傘下にアニメーションスタジオを持っていたはずだから、その辺の繋がりがあるのかな?
ただまあ、別に場所に困ってここにしたわけではないはずだ。通り沿いのスペースには有名チェーンのカフェが入っていたし、このロビーも中々豪華で近代的な造りなので、大企業キネマリードの面目は保てるレベルの会場だと言えるだろう。……こういう施設で勉強できるのは楽しそうだな。学費も相応に高そうだが。
生徒らしき真っ赤な髪の若い男性がエレベーターを待っているのを横目にしつつ、クリエイティブな分野の人たちはやっぱり個性的だなと唸っている俺に、歩み寄ってきた風見さんが声をかけてきた。ちなみに他の四人は自動販売機の前でわいわい相談中だ。数種類の自販機が並んでいて選択肢が豊富なので、何を買うかで盛り上がっているらしい。
「駒場さんは芸能系の短大卒なんですよね? こんな感じの学校だったんですか?」
「いえいえ、俺の母校はもっと学校らしい地味な短大でした。場所も郊外の方でしたし、一般的な学部もありましたから。……なのでまあ、こういう専門色が強い学校には少し憧れます。」
「先進的ですよね。良くも悪くも縛りが緩そうですし、近代的な美大ってイメージです。」
「あー、良い表現ですね。的確な気がします。」
そもそも『勉強』の質が違うんだろうな。音大とか、美大をデジタルにしたような学校だ。道筋や目指す方向が多様だから、学校の在り方そのものにも柔軟さが出てくるのかもしれない。自動販売機しかり、教育しかり、選択肢が豊かになるのは良いことだと思うぞ。
風見さんの表現に感心しながら思案していると、こちらを振り向いた香月社長が話しかけてくる。
「駒場君と風見君はお茶でいいかい?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます。」
「ご馳走になります、香月さん。」
香月社長に二人でお礼を言いつつお茶を受け取って、そのまま全員で階段を使って二階に上がると……ふむ、こっちにも小さなロビーがあるな。そしてフォーラムの舞台となる多目的ホールの入り口では、キネマリード社の人間らしきスーツ姿の二人の女性が何かを配っているようだ。来場者向けの資料だろうか?
「私と風見君は企業席に行くが、君は三人に付いていてあげてくれたまえ。」
「了解しました。」
香月社長と会話をしながら入り口に近付くと、女性の一人が俺にクリアファイルを差し出してきた。白い半透明の、ライフストリームのロゴが入ったクリアファイルをだ。
「こちら、フォーラムの資料になります。クリアファイルはそのままお持ち帰りください。」
「ありがとうございます。」
ぬう、安いクリアファイルではないな。こういった頒布用のクリアファイルにも細かいグレードが存在することを、俺は芸能事務所での経験でよく知っているのだ。硬いし厚めの物なので、間違いなく高いやつだぞ。それにロゴの下に『ライフストリーム・ジャパンディヴィジョンフォーラム』と英語で入っているから、余っても似たような他のイベントに使い回せないし、俺の予想よりキネマリード社は気合を入れてきたらしい。
あるいは、大企業が故の余裕なのかもしれないな。単純にこの程度の出費は取るに足りないということか。クリアファイル一枚から深読みしていると……おー、会場も結構豪華だぞ。薄暗い中に大量の椅子が並んでいる、多目的ホールの光景が目に入ってくる。パッと見た限りだと四分の三ほどの席が既に埋まっているようだ。香月社長はこの前『満員にはならない』と言っていたけど、これはそうなってしまうんじゃないだろうか?
「わぁ。……ここに居る人たち、全員がライフストリーマーなんですか?」
「さすがに全員ではないでしょうが、一定数は参加していると思いますよ。」
現段階の一般参加者の数は二百五十人弱ってところかな? ライフストリームを補助的な要素として利用しているブロガーや、興味はあっても投稿していないという人も沢山参加しているのだろう。会場を見渡して驚いている様子の朝希さんに返答していると、夏目さんが大きく目を開きながらポツリと呟く。彼女にとっても予想外だったらしい。
「……思ってたより多いですね。びっくりしました。」
「嬉しいびっくりですか?」
「はい、嬉しいです。もちろん頭では理解してたつもりですし、今日来られた人はごく一部なんでしょうけど……ライフストリームに期待してる人、いっぱい居るんですね。こうして直に見るとちょっと安心します。私たちだけじゃないんだなって。」
コミュニティを築いて交流し合っているライフストリーマーも居るようだが、夏目さんは未成年だし性格的にも人見知りだということで、これまで『リアルの交流』は一切してこなかったらしい。だから『同志たち』の存在を直接確認できて嬉しいのだろう。本当にこの子はライフストリームが好きなんだな。
夏目さんの表情を見て微笑んでいる俺に、香月社長が招待企業スペースらしき前方のテーブルに目をやりつつ呼びかけてきた。その近くにはプレス席もあるな。そういった席も七割近くが埋まっているようだ。
「では、駒場君。三人を頼むよ。休憩時間があるようだし、その時に一度合流しよう。」
「分かりました。……行きましょうか、皆さん。四人で並べる席を探しましょう。」
「あそこの端っこ、空いてますよ。」
香月社長たちと分かれた後、小夜さんが発見した後方の席に朝希さん、小夜さん、俺、夏目さんの順番で腰を下ろす。企業やプレスには長テーブルが用意されてあるが、一般参加者は椅子に付属している小さなテーブルしか使えないようだ。……まあ、あるだけマシだぞ。こういうイベントだと簡素なパイプ椅子やスタッキングチェアのケースが殆どだし、『一般席』としてはそれなりに豪勢な部類だろう。
講演会や説明会の開始前特有の騒めきを耳にしつつ、壇上の大きなスクリーンにライフストリームのロゴが映っているのを眺めていると、左側に座っている朝希さんと小夜さんの会話が聞こえてくる。
「小夜ち、これ学校で使えるね。クリアファイル。」
「こういうのは綺麗に取っておくものよ。記念になるでしょ。……それより、中身をちゃんと確認しておきなさい。」
「はーい。」
おっと、そうだな。資料をチェックしておかなければ。俺もクリアファイルからホッチキスで綴じられた薄めの冊子を抜いて、ざっと目を通してみれば……最初にキネマリード社の『グローバルマネージャー兼ライフストリーム・コンテンツプロデューサー』という凄そうな役職の人がプレゼンを行い、その後スペシャルゲストの講演と質疑応答があって、小休憩を挟んでから日本のライフストリーマーたちのパネルディスカッションが続くようだ。そして最後にもう一度キネマリード社の人間が締めの話をするらしい。
ちなみに記載されてある大まかな経歴によると、最初にプレゼンをする凄い役職の人……ジルベルト・パーカー・ジュニア氏は、キネマリード社に買収される以前からライフストリームに関わっていた人なんだとか。買収先の大企業で重職に就いているわけだ。大出世だな。俺も見習いたいぞ。
資料を捲りつつ羨んでいる俺に、右隣の夏目さんが小声で問いかけてきた。
「駒場さん、『スペシャルゲスト』って誰なんでしょう?」
「名前は載っていないようですね。企業向けの招待メールにも書いてありませんでしたし、そこまで勿体付けるとなればかなり有名なライフストリーマーなんじゃないでしょうか?」
サプライズ的な思惑があるんだろうか? イベントの売りとも言えるスペシャルゲストを、徹底的に隠すというのは豪気な選択だな。ハードルを上げ過ぎじゃないかと心配している俺へと、夏目さんは素直に楽しみにしている面持ちで応じてくる。
「やっぱりライフストリーマーではあるんですよね? 誰なのか楽しみです。」
「イベントの性質からしてそれ以外の選択肢は無いと思いますし、数百万人規模のチャンネルを持っている人の話を聞けるかもしれませんよ。」
「貴重な機会ってことになりそうですね。……きちんと聞いて、盗める部分は盗もうと思います。」
やる気に満ち満ちている夏目さんが首肯したところで、壇上の向かって左端に立ったアジア系のスーツ姿の男性が、手に持ったマイクのチェックをし始めた。会場に質問を投げかけるという形でだ。流暢な日本語だし、あの人はキネマリード日本支社の人なのかな? あるいは外部の司会を雇ったのかもしれないが。
「あー、あー。……来場の皆さん、ライフストリーム・ジャパンディヴィジョンフォーラムへようこそ。開演までまだ少し時間がありますが、司会の私からちょっとしたアンケートをさせてください。この中で『ライフストリームに動画を投稿したことがある』という方はどれくらいいらっしゃいますか?」
失礼ではない程度のやや砕けた明るい口調……つまり『盛り上げる時の口調』で尋ねてきた司会の男性に従って、一般席の半分弱の人間がおずおずと挙手する。それを目にして大きく頷いた司会は、続けて問いを場に放った。
「ありがとうございます。では、ライフストリーム・パートナープログラムへの登録……俗に言う『チャンネルの収益化』をしている方はどうでしょう?」
すると……うーん、少ないな。夏目さんやモノクロシスターズの二人を含め、簡単に数えられる程度の手が挙がっているだけだ。会場のそんな様子を確認して、司会の男性は苦笑いで再びお礼を口にする。
「どうもありがとうございます。残念ながら、あまり広まっていないようですね。今この場で初めてプログラムの存在を知ったという方も沢山いらっしゃることでしょう。……ですが、ご安心ください! あそこでスライドの準備をしているキネマリード本社の『偉い人』が、これから詳しい説明を行う予定です。退屈な話にならないように努力してくれるはずですので、あとほんの少しの間だけそのままお待ちください。」
司会の男性が示す先に居る三十代後半ほどの西洋系の男性は、隣の通訳らしき女性から何かを囁かれた後……笑顔で手を振って洒落っ気たっぷりにお辞儀をした。さすがはエンターテインメントに強い企業だけあって、形式張った進め方にするつもりはないらしい。この調子なら楽しんで聞けそうだな。
───
そして十分ほどが経過した後、司会の紹介を受けて登壇した『キネマリード本社の偉い人』ことジルベルト・パーカー・ジュニア氏が、通訳経由で集まった参加者たちへのプレゼンテーションを開始した。またしても質問という形でだ。向こうの人はそういうスタイルが好きなんだろうか?
『こんにちは、親愛なる日本のパートナーの皆さん。私はキネマリード社でライフストリームのコンテンツマネジメントと、パートナー・プログラムのグローバライズを担当しているジルベルト・パーカーです。今日こうして皆さんの前で話せることをとても光栄に思っています。……突然ですが、本題に入る前に一つ質問をさせてください。皆さんはラジオスターを殺した犯人を知っていますか?』
何だか知らないが、いきなり物騒な発言が飛び出してきたな。『殺した』って言わなかったか? そんなパーカー氏の英語での呼びかけを、隣に立っている通訳の女性が日本語で言い直す間も無く、企業席の方に座っている誰かが……うわぁ、香月社長だ。うちの社長どのがびしりと手を挙げる。何をやっているんだ、あの人は。目立っているぞ。
それを見たパーカー氏が苦笑する中、一歩遅れて英語が得意ではない俺たちにも質問の内容が伝わってくるが……『ラジオスターを殺した犯人』? 日本語になっても意味がよく分からないな。どういう意図の問いなんだ?
俺と夏目さんが困惑しているのを他所に、朝希さんがハッとした表情で手を挙げようとしたのを、小夜さんが小声で注意しながら妨害した。ちなみに現時点で手を挙げている人間は会場内に二人だけだ。ずっと『私を指名しろ』という圧力をパーカー氏にかけ続けている香月社長と、最前列右端の一般参加席に居るテンガロンハットを被った誰かだけ。……こういう場面で挙手できる香月社長も豪胆だが、あの特徴的な帽子の誰かも相当だな。腕を天高くビシッと伸ばしているぞ。
「朝希、やめなさい。悪目立ちするでしょうが。」
「でも、分かるもん。答えさせてよ。絶対合ってるから──」
『では、真っ先に手を挙げてくれたそちらの黒髪の女性に答えていただきましょう。』
「あーほら、香月さんに取られちゃったじゃん。私、分かってたのに。ビデオだよ。」
ビデオ? 不満げな面持ちの朝希さんが小夜さんに文句を言ったところで、指名された香月社長が流暢な英語で回答する。後ろからだから見えないけど、どんな顔をしているのかは大体分かるぞ。間違いなく『ドヤ顔』で答えているはずだ。
『ビデオですよ、ミスター・パーカー。ラジオスターを殺したのはビデオです。』
『ええ、正解です。嘗てスポットライトを一身に浴びていたラジオスターたちは、ビデオに……つまり、テレビスターたちにその座を奪われました。』
「ね? ね? 合ってたでしょ? 何で止めたのさ。小夜ちの所為だよ。」
「大人しく聞いてればいいでしょうが。恥ずかしいから目立たないでよ。あんたがそうやって目立つと、同じ顔の私まで巻き添えを食らうんだから。」
朝希さんと小夜さんが囁き声で言い争っているのを尻目に、パーカー氏は通訳越しに俺たちへの話を続けてくるが……正解を聞いてもピンと来ないな。夏目さんもきょとんとしているし、こっそり朝希さんに尋ねてみるか。
『新聞からラジオへ、ラジオからテレビへ。時代や技術に沿う形で、我々の身近なメディアはどんどん進化してきました。より速く、より公正に、より分かり易く、より華やかに。メディアの急激な進歩と多様化こそが、近代の歩みの速さを表していると言えるでしょう。』
「朝希さん、さっきの質問はどういう意味だったんですか?」
「洋楽です。私のスマホに入ってるので、後で駒場さんにも聞かせてあげます。」
洋楽? 洋楽の歌詞かタイトルを『元ネタ』にした質問だったということか? 更に分からなくなってしまったが……まあ、後で教えてくれるなら今はいいか。とりあえずパーカー氏の話に集中しよう。
『では皆さん、スポットライトの下に立ったテレビスターを殺すのは誰だと思いますか? ……我々はライフストリームこそがその役割を担う存在だと信じ、そうなれるように努力を重ねています。無論、新聞もラジオも未だ生きてはいるでしょう。日本においてもノスタルジーの中だけの存在にはならず、しっかりと主要な情報媒体の一つとして社会に根付いているはずです。私はそんな新聞やラジオを尊敬していますよ。今私たちが居るこの自由で民主的な世界は、彼らの力によって作られてきたんですから。』
そこで一度区切ったパーカー氏は、通訳が訳し終えるのを待ってから続きを語り出した。通訳の女性も滑らかに話しているし、どうやら事前に話す内容をざっくりと打ち合わせ済みらしい。自社通訳なんだろうか? キネマリード社の底の深さを思い知るぞ。
『しかし、もはや彼らはスポットライトを浴びていません。生き残ったにせよ、今の世におけるメディアの主役とまでは言えないでしょう。では現代の主役とは? ……そう、テレビですよ。新聞からラジオが簒奪した主役の座を、半世紀前にテレビが奪い取ったわけですね。古いものが追いやられるのは物悲しい話ですが、それこそが人類の進歩の秘訣です。嘗ての人々が新聞を読んで遠い地の出来事に想いを馳せていたように、ラジオの前で野球選手の活躍に釘付けになっていたように、現代を生きる人間たちはテレビを通して世界のことを知っています。』
そこまで言い切ってから再び通訳が追いつくのを待つと、パーカー氏はパッと切り替わったスクリーンを……膨大な量のサムネイルが映し出されているスクリーンを手で示して、強気に笑いながら『演説』を継続する。
『ですが、いつまでもそのままでは退屈でしょう? 人間はもっと先に進まなければなりません。……故に我々はライフストリームを創り出しました。ラジオスターを討ち果たした、現代の怪物たるテレビスターを弑せる新たな主役を。ラジオが新聞に倣い、テレビがラジオに倣ったように、我々はテレビに倣ってライフストリームという存在を創り上げたんです。』
うーん、なるほど。つまりパーカー氏は、メディアの移り変わりのことを話しているわけか。新聞からラジオへ、ラジオからテレビへと受け継がれてきた『メディアの主役』の座を、彼らキネマリードの人間たちはライフストリームに受け継がせようとしていると。予想以上に壮大なプレゼンをしてきたな。
これは大言壮語なのか、はたまた未来予知なのか。あまりにも挑戦的な主張に怯んでいると、パーカー氏が両手を広げながら口を開く。……一つだけ確実なのは、彼が『本気で』仕事をしているということだな。そこだけはひしひしと伝わってくるぞ。
『今のライフストリームはまだ弱々しい赤子ですが、何れテレビと真正面から戦える巨人に成長してくれるはずです。テレビの次に主役になるのはインターネット・ストリーミングであり、ライフストリームはその先頭に立てるポテンシャルを秘めています。……だから、私は今日日本の皆さんにお願いをしに来ました。どうか我々の愛するライフストリームを育てるパートナーになってください。運営元だけでも、視聴者だけでもダメなんです。ライフストリームの骨子を形作っているのは、そこに動画を投稿している投稿者たちなんですから。……我々は日本というクリエイティブで先進的な国家を、非常に重要な市場として認識しています。何せ私はこの国のアニメーションを見て育ってきましたからね。創造性豊かな日本の皆さんと、動画共有サイトの相性の良さは重々承知しているつもりですよ。』
そう言って悪戯げに肩を竦めたパーカー氏は、再度切り替わったスライドを指して続けてきた。先程のは世界のサムネイルだったが、今映っているのは日本のライフストリーマーたちのサムネイル画像だ。無数のそれでドット絵のようにライフストリームのロゴを描いているな。
『私は金よりも夢を取る男ですが、しかし同時に夢を叶えるためには金が必要なことを知っている大人でもあります。動画制作においてもそれは同じでしょう。今ここに映っている日本の投稿者たちの大半は、何ら利益を受け取ることなく人々に自らの創造性を提供してくれているんです。キネマリード社の支援を受ける前、夢だけを見つめてサンドイッチを分け合っていた頃の私たちのように。……我々はそんな状況を看過するつもりはありません。だって、努力には然るべき対価が支払われるべきでしょう? そうでなければ悲しすぎますよ。その程度の基本的なことさえ出来ないプラットフォームが、強大なテレビを打ち倒すなど夢のまた夢でしょうね。』
すると三度切り替わったスライドが、今度は『右肩上がり』のお手本のようなグラフを映し出す。これがホワイトノーツの業績だったら、俺はこの場で全裸になって踊り出してもいいくらいの伸びっぷりだ。『グングン』という表現がぴったりの上がり方だな。
『これは日本のパートナーの皆さんの収益の変化を表したグラフです。この半年を見るだけで、三百パーセント以上の伸びを示しています。……もはや我々からすれば、利用者数四位の日本は潜在的な市場ではありません。集中して力を注ぎ込むに値する、世界でも代表的な市場の一つだと言えるでしょう。ライフストリームへの動画投稿によって生計を立てるというのは、日本の皆さんにとってそう遠い話ではないんです。』
香月社長は俺と出会った頃、『動画投稿が職業の一つになる』と語っていたっけ。それと全く同じ内容を、キネマリード社の人間が沢山の人の前で話しているぞ。そして今の俺もまた、そうなることを確信できている。
社長の『予言』が的中しそうなことに何だかちょっぴり感動していると、パーカー氏が新たなスライドを指し示して声を放ってきた。現段階のライフストリームの利用数を説明するためのスライドらしい。
『現在のライフストリームでは毎分四十五時間分の動画が投稿されており、一日の視聴回数は三十億回を超えています。我々の予測が正しいのであれば、来年には四十億回を優に突破していることでしょう。一見すると途方もない数字ですが、成長途上の時点でそれだけのアクセスを確保できているんです。……我々は進化を止めませんし、得た利益を必死に抱え込みもしません。ライフストリームが成長すればするほど、パートナーたちに多くの利益を分配できるシステムにしていこうと考えています。醜い肥大ではなく、公正な拡大。私たちはそれを真摯に掲げていくつもりです。』
会場を見渡しながら力強い笑みで宣言したパーカー氏は、切り替わったスライドの前で『掴みの話』を締める。中央にあるライフストリームのロゴを、有名企業のロゴや世界中の投稿者たちのサムネイル、そして視聴者を表現しているのであろうイラストが囲んだスライドの前でだ。
『広告を出してくれる企業、動画を投稿してくれる投稿者、利用してくれる視聴者。それらを繋げ、富ませ、何より楽しませることがライフストリームの役割であると私は認識しています。そのために新たな広告システムの確立や、投稿者にダイレクトな利益を齎す制度の構築、より視聴し易いページデザインの開発などを順次行っていく予定です。なので皆さん、今後のライフストリームの進化をどうぞ楽しみに待っていてください。我々はビジネスマンとしても、エンターテイナーとしても皆さんの期待に応えてみせますから。……それでは、次に具体的なパートナーたちへの支援方法についてを説明していきましょう。』
うーむ、濃いな。初っ端から非常に濃い話だったぞ。……ただ、最初に理念を聞けたのは良かったかもしれない。多少のリップサービスは当然含まれているはずだが、それを抜きにしても素晴らしい理念に思えるし、壮大な『野望』が入っていたのも好印象だ。
キネマリード社は随分と魅力的な話をする人物を派遣してきたなと感心しつつ、資料を捲って次なる説明に集中するのだった。
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