Ⅱ.モノクロシスターズ ⑤
「あっ、あれ! 小夜ち、見て見て。あのソファ、さくどんの……さくどんさんの動画に出てたソファだよ! 自作パソコンのやつ!」
車内での論争の果てに『財布権』が朝希さんに委譲された少し後、俺とモノクロシスターズの二人はホワイトノーツの事務所に到着していた。風見さんは外出中かな? 香月社長だけがデスクで作業をしているようだ。
「分かったから落ち着きなさいよ。うろちょろしないの。」
ドアを抜けた途端に応接用ソファへと駆け寄ろうとした朝希さんと、彼女の首根っこを掴む形で制御している小夜さん。対照的な反応をしている二人に対して、香月社長がモニターから視線を外して挨拶を投げる。
「おっと、来たね。二人ともようこそホワイトノーツへ。中々良い事務所だろう?」
「お疲れ様です、香月さん!」
「お邪魔します、香月社長。……何か、物がデスク周りに集中してますね。」
まあ、そういう感想になるだろうな。小夜さんの尤もな評価を耳にしつつ、自分のデスクにブリーフケースを置いて説明を送った。現在の事務所は広い部屋の半分ほどに家具や物が集中しており、もう半分はがらんとしている状態なのだ。
「置く物が無いんです。香月社長が借りるオフィスの大きさを見誤ったんですよ。」
「私は将来を見据えて余裕を持たせたまでだよ。社員が増えていけばそっちのスペースも使うようになるさ。……それより、さっき風見君が一度戻ってきて冷蔵庫にケーキを入れていたぞ。」
「なら、出しましょうか。……風見さんは営業に行っているんですか?」
「ん、引き続き飛び込み営業をやってくれているよ。我が後輩ながら恐ろしいメンタルの強さだね。」
確かに風見さんは『メンタル強者』と言えそうだな。先日三人で夏目さんと豊田さんをプレゼンするための資料を作ったのだが、彼女はそれを片手に飛び込み営業をしまくっているらしい。当初は香月社長の知り合いをスタート地点にして、徐々に営業先を広げていく予定だったものの……風見さんの『そんなの迂遠すぎますから、飛び込み営業でいきましょう』の一声で方針を転換したのだ。
夏目さんや豊田さんに合いそうな企業を見つけ出して、そこを訪問してプレゼンするという古き良き営業方法を実践しているようなのだが……アポイントメント有りでも緊張する俺には出来ないやり方だな。同僚としては頼もしい限りだぞ。
営業職のことを改めて尊敬しつつ、給湯室の冷蔵庫からケーキを出して小皿に載せる。このケーキもモノクロシスターズの二人が来ると知っていたから、営業のついでに買ってきてくれたわけか。まだ不慣れな営業を社用車無しでやりつつ、こういう気遣いもこなすとは……ぬう、風見さんは本当に『掘り出し物』だったな。
俺も頑張らなければと気合を入れながら、冷たい緑茶をコップに注いでケーキと共に応接スペースまで運んでいくと、ソファに並んで座っている朝希さんと小夜さんが声をかけてきた。
「ありがとうございます! 駒場さん。」
「ありがとうございます、いただきます。」
「駒場君、こっちにも余ったケーキとお茶をくれ。お腹が空いてきたよ。」
「……まあ、いいですけどね。社長は何をしているんですか?」
社長命令に従って再び給湯室に戻った俺に、事務所スペースから香月社長が応じてくる。
「毎度お馴染みの英語字幕の作成だよ。もはや社長なのか翻訳家なのかが分からなくなってきたね。今はロータリーチャンネルの冷凍食品動画の字幕を作り終えて、さくどんチャンネルのボルシチ動画に取り掛かろうとしているところだ。」
「頑張ってください、社長。無いよりあった方がいいことだけは間違いないんですから。」
「頑張るさ。たとえ百人中九十九人がオフにする字幕だとしても、君が言う通り無いよりはある方が良い。それだけが私の心の支えだよ。」
「英語のコメントの数を見る限り、百人中九十九人ってことはないと思いますけどね。結構な割合が利用しているはずですよ。」
うーむ、疲れてきているらしいな。香月社長にしては珍しく、やけに悲観的な発言じゃないか。……実際に利用している割合がどうであれ、英語字幕に意味があること自体は夏目さんが証明済みだ。翻訳専門の人間を雇う余裕なんてうちには無いわけだし、このまま踏ん張ってもらいたいぞ。
励ましながらショートケーキと緑茶を社長のデスクに置いたところで、その香月社長がソファでフォークを動かしている朝希さんに問いを飛ばす。唐突な問いをだ。
「ありがとう、駒場君。しかし……朝希君、随分とスカートが短いね。大丈夫なのかい? それ。」
「大丈夫です、下にこういうのを穿いてますから。これを穿くようにって校則で決まってるんです。」
言いながら立ち上がってぺろりと制服のスカートを捲った朝希さんは、自分が穿いている黒いショートパンツ……じゃなくて、オーバーパンツ? 正式名称は知らないが、所謂『見せパン』を示して解説を続けた。
「うちの学校、スカートの長さについてはあんまり厳しくないんですけど……これを穿いてないとすっごい怒られるんです。変な人に下着を見られちゃうぞって。だからうちの生徒はほぼ確実にこういうのを穿いてます。」
うーん、奇妙な話だな。じゃあもうスラックスにすればいいのに。朝希さんのオーバーパンツを見ながら首を傾げていると、俺の視線に気付いた彼女が……一瞬固まって少し顔を赤くしたかと思えば、バッとスカートを下ろして文句を寄越してくる。半眼でだ。
「……駒場さん、えっちです。ジッと見てました。」
「……しかし、見られても大丈夫なやつなんですよね?」
「だとしても、まじまじと見られたら恥ずかしいです。」
「それは……はい、すみませんでした。気を付けるようにします。」
他にも反論は思い付くが、これは完全なる負け戦だ。『女子中学生の下半身を見ていた』という点を持ち出されると勝ち目は皆無のはず。そんなわけで素直に降参した俺へと、香月社長が呆れた表情で突っ込んできた。……話のテーマになっていたんだから見ちゃうじゃないか。疾しい気持ちは微塵もなかったぞ。
「もっとデリカシーを磨きたまえ、駒場君。『見られても大丈夫』と『見ていい』には天と地ほどの差があるんだよ。……しかしまあ、面白い学校だね。女子校らしい校則じゃないか。そうまでしてスカートに拘るというのは奇妙な話だが。」
「スラックスもありますけど、全然可愛くないから誰も穿いてません。」
「ああ、なるほどね。単純に人気が無いだけか。何となく分かるよ。」
まあ……うん、俺もちょっと分かるぞ。どちらが可愛いかと聞かれれば、スカートの方を選んでしまいそうだ。こういうのは刷り込まれた感性なのかもしれないな。とはいえきちんと選択肢を提示しているのは良い事だと感心していると、座り直した朝希さんがショートケーキを食べつつ話を続けてくる。
「でもでも、小夜ちはゴワゴワするから嫌だって穿いてないんです。それでスカートを長めにして──」
「朝希? あんた、そこまで言う必要あった? 何を口走ってるのよ。」
「……言っちゃダメだった? ごめん、小夜ち。」
しゅんとしながら謝った朝希さんに、今度は小夜さんが顔を赤くして応答した。確かに小夜さんのスカートは長いな。ファッションの都合だと思っていたが、そういう理由もあったのか。
「ダメってことはないけど、別に言う意味もないでしょって話よ。……駒場さん、何で見てるんですか? えっちですよ。」
「あー……はい、すみません。」
不利を悟ってまたしても即座に謝罪した俺へと、小夜さんは咳払いをしてから話題を切り替えてくる。女子中学生と成人男性の社会的な地位の差を思い知るな。見るだけでアウトか。恐ろしい話じゃないか。ディストピアの到来だ。
「それでその、電話で教えてくれた『撮影に使える部屋』っていうのはここのことなんですか?」
「いえ、向こうの部屋です。さっき朝希さんが言っていた、さくどんチャンネルの自作パソコン動画を撮影した小部屋ですね。そこは一応クリエイターが自由に使えるスペースになっていますから、お二人が使用することも可能ですよ。」
「こっちですか? ……おー、何にもないですね。」
「朝希、行儀が悪いわよ。……本当に何もないわね。」
フォークを口に咥えたままで見に行った朝希さんに続いて、小夜さんも思わずといった感じに呟きを漏らしているが……正しい感想だと思うぞ。夏目さんが使用する時はその都度ソファとテーブルを運び込んでいるので、基本的には何も置かれていない部屋なのだ。
ちなみに先日夏目さんが『百円ショップの材料で巨大てるてる坊主作り!』という季節感を意識した動画の撮影に使ったから、あの部屋は通算二回使用されていることになる。てるてる坊主動画は今日アップロードする予定なので、後で初動の伸びと視聴者の反応をチェックしておかなければ。
脳内で予定を整理していると、ケーキを食べ終えたらしい香月社長が二人に質問を放った。
「ゲームの実況をその部屋で撮るということかい? 使うのは一向に構わないが、機材をいちいち持ち込むのは手間だと思うよ?」
「機材のことは考えます。……私たちはアパートに住んでいるので、大きな声で実況できないんです。手作りの防音室の中で撮ってるんですけど、色々と問題があって。」
「『手作りの防音室』?」
小夜さんの話を受けて首を捻りながら聞き返した香月社長に、ソファに戻ってきた朝希さんが返答する。
「段ボールを沢山重ねて小さな防音室を作ったんです。それで机と自分たちをすっぽり覆って、その上から更に掛け布団をかけて実況してます。」
「……それはまた、中々の撮影環境だね。動画を見ただけでは気付けなかったよ。」
「中に小さなライトを引き込んで、内側に白い紙を貼ってそれっぽくしました。撮った後の私たちの顔画面は縮小しちゃうから、実は雑でもあんまり目立たないんです。」
俺も電話で聞いた時はびっくりしたぞ。てっきり白い壁の前で普通に撮影しているのだと思っていたのに、実際は『段ボール防音室』の中だったらしい。大きな音を出せなくて苦労するミュージシャンみたいな逸話じゃないか。
夏目さんの場合は撮影スペースに関する悩みを抱えているわけだが、『音』については特に困っていなかった。夏目家は結構広い一軒家だし、家族にも動画のことを話しているからそれなりに声を張れるのだろう。そして名古屋の豊田さんの家は二階建ての借家なので、そちらも騒音のことは全く気にしていないはず。車の動画の撮影は実家の工場でやっているのだから尚更だ。
とはいえ、アパートだと気を使うのは当然だろうな。俺も今住んでいるアパートでは大声なんて出せないぞ。朝希さんが自作防音室の構造を説明したところで、悩ましそうな面持ちの小夜さんが話を引き継ぐ。
「小さな声でやろうともしたんですけど、明らかに変な喋り方になっちゃうんです。しかも編集の時に無理やり音量を上げると、息のノイズが多すぎて使い物になりませんでした。」
「それでそれで、防音室を作ってみることにしたんです。小夜ちがネットで調べて、素材を段ボールに決めて、二人で近くのスーパーに行って余った段ボール箱を貰ってきて……って感じで作りました。」
「安く済みましたし、音漏れ自体はかなり防げているので防音の面では成功なんですけど……とにかく不便なんですよね。」
「すっごく狭いし、トイレとかに行く時は毎回設置し直さないといけないんです。カッターでドアを付けようかとも思ったんですけど、完璧に塞がないと音漏れするって小夜ちが反対してきて。それでトイレを我慢してたら、小夜ちが一回膀胱炎に──」
そこでぺちんと頭を叩くことで朝希さんを制止した小夜さんは、真っ赤な顔で妹の……姉の? とにかく双子の片割れの胸ぐらを勢いよく掴んだかと思えば、それをぐわんぐわん揺らしながら怒り始めた。
「何で、あんたは、毎回毎回余計なことまで言っちゃうのよ!」
「そっちこそ何で恥ずかしがるの? お医者さん、言ってたよ? 恥ずかしがって病院に行かない方がダメだって──」
「あああ、黙りなさいってば! ……次に変なこと言ったらフォークで刺すからね。本気だから。」
「……私はただ、防音室の問題を伝えたかっただけだよ。そんなに怒ることないじゃん。」
フォークを片手にした小夜さんから身を離すと、朝希さんはショートケーキの最後の一口を食べながら防音室の話を締める。……まあうん、病気になるのは良くないことだ。改善すべき点だと言えるだろう。
「とにかく、今のままだと大変なんです。だからここで撮れると助かります。学校からもそんなに遠くないですし。」
「そうなると、事務所で撮影したデータを家で編集するのがベストでしょうか?」
無難な案を提示した俺に、香月社長が問題点を指摘してきた。
「それだと何をどうしたって新しいパソコンが一台必要になるぞ。朝希君と小夜君がそれぞれ一台ずつ使わないとゲーム実況にならない以上、撮影部屋に二台を置きっぱなしにすることになる。そして編集のためには家にも一台置かなければならないわけだろう? 事務所で撮って家で編集するというやり方だと、最低でも三台のパソコンがないと成立しないよ。重くて大きいパソコン本体を毎回持ってくるのは現実的じゃないしね。学校生活が間に挟まることを考えれば、ノートパソコンでも持ち歩くのは難しいはずだ。……あるいは、ここで編集までやってしまうとか?」
「時間的に厳しくありませんか? 学校が終わってから事務所に来て、撮影して編集までしていたら遅い時間になってしまいます。もちろん帰りは私が車で送れますが、帰宅が遅すぎるのは問題ですよ。」
「……何時ならセーフかな? ちなみに私は中学生の頃、二十二時までの塾に通っていたんだが。」
「私の常識で考えると、十九時が一つのラインだと思います。……二十二時までの塾というのは凄いですね。」
これ、俺の常識が間違っているんだろうか? そういえば法律上だと二十二時が区切りだったな。答えた後で一言付け足した俺へと、香月社長は忌々しそうに鼻を鳴らして応じてくる。
「それが嫌で嫌で堪らなかったから、家でも必死に勉強して良い成績を取った後、親に脅しをかけたんだ。『このまま塾に通わせるなら意図的に成績を落とすぞ』とね。」
「……本末転倒じゃないですか。」
「結局、一定の成績を維持することを条件にやめさせてもらったよ。やっている自分としても訳が分からなかったし、親も意味不明だっただろうね。中学生の頃の私は意地でも塾に通いたくなかったから、頑張って勉強をしていたわけさ。……結果だけ見れば、あの塾は私の成績を向上させたことになりそうかな。狭い『勉強スペース』に閉じ込められての個別指導は本当に苦痛だったよ。一概にそれが悪いとは言わないが、私には合っていなかったようだ。」
「まあその、香月社長らしい思い出話でした。『親に脅しをかけた』って部分が特に。……何にせよ、帰りが夜遅くになるのはダメですよ。お二人はどう思いますか?」
香月社長は中学生の頃から香月社長だったらしい。そのことを学びつつ、ソファの二人に呼びかけてみれば……朝希さんがきょとんとした顔で返事をしてきた。
「塾ですか? 私たちは通ってないです。」
「違うでしょ、朝希。撮影とか編集とか帰る時間の話よ。天然ボケはやめなさい。……ここにパソコンを持ち込んで、撮影と編集を両方やるのは可能だと思います。もし平日に毎日来ていいなら、二日に一本くらいのペースで作れるはずです。撮るのは二人一緒ですけど、編集は二本同時に出来ますから。タイムリミットが十九時でも問題ありません。」
あー、そうか。二人組だとそれぞれが同時に編集作業を行えるのか。それに夏目さんと違って、『ほぼ毎日投稿』というスタイルじゃないんだもんな。モノクロシスターズの二人であれば、そういうやり方を成立させることも不可能ではないわけだ。
『夏目さん基準』で考えてしまっていたなと反省している俺に、小夜さんが会話を続けてくる。非常に申し訳なさそうな表情でだ。
「でも……あの、毎日はさすがに迷惑ですよね?」
「大丈夫ですよ、今のところ撮影部屋を使うのはさくどんさんだけですから。そのさくどんさんも頻繁に使うわけではないので、基本的に空いているんです。」
「それもありますけど、そういうことじゃなくて……つまり、駒場さんに毎日送ってもらうのは幾ら何でも無理って意味です。地下鉄かバスで通うので、部屋だけ使わせてもらえないでしょうか? 他のライフストリーマーさんが使う時はもちろん空けますし、なるべく綺麗に使いますから。出来るわよね? 朝希。」
「うん、出来るよ。出来ます!」
小夜さんに応答してからこちらに言い直してきた朝希さんを目にしつつ、一瞬思考した後で口を開く。放課後にここに来る時はまだセーフな時刻だが、夜に中学生の女性二人を自分たちだけで帰すのはダメだろう。事務所としても、マネージャーとしても、個人としても余裕でアウトだ。トリプルプレーだぞ。
「……帰りは送らせてください。ここでクリエイター活動を行う場合、それが絶対条件になります。お二人からすれば窮屈に思えるかもしれませんが、事務所として『未成年を夜に家まで送らない』という選択肢は存在していないんです。」
「……でも、毎日だと駒場さんの負担になります。」
「平気ですよ、そのまま退社すればいいんですから。時間的にもちょうど良いですし、自分が帰宅するついでにお二人の家に寄るという感覚です。……それで問題ありませんよね? 香月社長。」
「君がいいなら構わないよ。退社時間は出社時間を動かすことで調節できるし、そもそも私は厳しくやっていくつもりがないからね。駒場君と風見君は放っておくと際限なく働くタイプだから、私が気にするのは超過の方だけさ。」
肩を竦めて香月社長が回答したところで、躊躇しているような顔付きの小夜さんが声を上げる。
「……迷惑じゃありませんか?」
「その程度なら全く気になりません。私はお二人のマネージャーですからね。帰宅時に家まで送るのは当然のことであって、やらない方がおかしいんです。一般の方であれば善意の範疇かもしれませんが、私の場合はむしろ仕事の一部ですから、送らせてもらえない方が困ってしまいます。」
苦笑しながら言ってやれば、小夜さんは眉根を寄せて暫く黙考した後……やがておずおずと話しかけてきた。
「……それなら、帰りだけお願いします。学校からは自分たちで来ますから。」
「分かりました、そうしましょう。……ちなみに、何が必要になりそうですか? 机と椅子は間違いなく要りますよね?」
「えっと……そうですね、とりあえず机だけあれば何とかなります。椅子もマイクもカメラもパソコンも持ってくればいいだけですから。机も分解して運べば必要ないかもしれません。」
それは、困らないのかな? よく考えたら部屋からパソコンが消えるのは致命的だと思うぞ。おまけに椅子だの机だのまで持ってきてしまったら、日常生活がままならなくなるんじゃないか?
小夜さんの思い切った決断に困惑していると、朝希さんがこくこく頷いて同意する。同意してしまうのか。
「運べるよ、机。机とか椅子が変わると慣れるまで大変だし、そっくりそのまま持ってきちゃおうよ。折角ダイヤ帯に戻れたんだから、落としたくないじゃん。」
「まあ、そうね。それが一番かも。椅子もバラせるはずだし、帰ったら調べてみましょうか。」
『ダイヤ帯』というのはゲームの話かな? まだ勉強中なのでいまいち分からないなと内心で首を傾げつつ、盛り上がっている二人に疑問を飛ばす。
「何もかもを持ってきてしまって大丈夫なんですか?」
「調べ物をしたい時はスマホがありますし、ゲームをこっちでやって家では勉強することにします。ゲームの練習時間が削られるのだけが不安ですけど……でも、私たちにとって今一番大切なのはライフストリームですから。段ボール防音室は色々と限界なので、撮影のためだと思えば我慢できますよ。」
「お姉ちゃんが頑張って入れてくれた学校だから、成績は絶対に落とせないんです。家で勉強に集中して、ここで撮影に集中すれば良いバランスになると思います。」
むう、それもそう……なのかな? 小夜さんに続いた朝希さんの発言を咀嚼していると、香月社長がパチンと手を叩いて会話に参加してきた。
「何か足りない物があったらプレゼントしてあげるよ。収益化の記念にね。」
「だけど私たち、まだ申請を通せていません。」
「あくまで『まだ』だろう? 小夜君。是が非でも通すのさ。収益化の達成は確定している予定なんだから、お祝いの品を先に贈っても問題ないよ。二人で考えておいてくれたまえ。……それじゃ、次はそのための話をしようじゃないか。北アメリカのキネマリード本社にも電話してみたんだが、そこのオペレーターが日本支社よりも具体的な情報を教えてくれたんだ。その辺も踏まえて話し合ってみよう。」
おおっと、さすがの行動力だな。痺れを切らして国際電話をかけたわけか。香月社長っぽい大胆な行動だぞ。……うーむ、英語が堪能だと選べる選択肢が増えるらしい。今更遅いのかもしれないが、俺も勉強し直してみるべきだろうか?
「……思い切ったことをやりましたね、社長。」
「本社ってことは、英語で問い合わせたんですか。」
「凄いです、香月さん!」
「そうだろう、そうだろう。私はまあまあ凄いのさ。大いに頼りたまえ。」
驚いている俺たちを見てご機嫌な顔になった香月社長は、えっへんと胸を張りながら己の成果を報告してくる。今回はまあ、威張っていいんじゃないかな。あの盛大な『ドヤ顔』に見合うくらいの重要な報告であって欲しいぞ。
「いいかい? ライフストリームの収益化には三段階の審査があるようなんだよ。各国の支社は本社でのやり方を基準にしていると言っていたから、恐らく日本支社もこの方法で審査を行って──」
さて、ここからは集中して聞くべきだな。兎にも角にも問題点の洗い出しが肝要なのだ。既に持っている知識と照らし合わせて思案してみよう。香月社長の話を耳にしつつ、手帳を開いてメモの準備をするのだった。
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