第50話 アルトバルト家の苦悩

 ギルドの奥の部屋は、私も滅多に来ることはない。


 部屋の中には応接用の立派なテーブルと椅子が置いてあった。


 向かい合って座る、受付お姉さんとリンを横目に、私は近くの棚に飾ってあった小さな彫刻を手に持つ。


 そして、彼女たちの目の前でそれを振ってみるが、反応はなかった。


 どうやら、私が身につけた赤フードや、手に持ったものなどは一緒に透明化するようだ。


 赤フードに関しては町を歩いていても、誰も反応していなかったので、そうだとは思っていたが、手に持ったものも消えてしまうとは……。


 透明化した私からは、全てが普通に見えているため、何が透明化していて、何が透明化していないのかわからない。


 その検証を進める意味でも、他の人がたくさんいる城下町に戻ってきた甲斐はあった。


「それで、今回のご相談は例の件……ですね」


 受付のお姉さんが珍しく神妙な顔つきで言った。


「はい。アルトバルト家は民衆たちの商取引の公正化をはかるため、常に一般市民たちとのコミュニケーション、市場のチェックを欠かしません」


 リンも真剣な表情だった。


 普段はお互いの家のことなど話さないが、リンは一番、働き者だと思う。


 私やアルメダ、エルスなどと比べると、貴族としての階級が一段階下がるということは、以前のお茶会でもアルメダが口にしようとした。


 階級が一つ下がると具体的に何が変わるのか、という話だが、直接的に自らが仕事に出る機会が多くなる、というのが大きな特徴だ。


 エルスはほとんど趣味でスキル研究所にいるし、アルメダがランガ参道に来たのは大きな事件だったため。


 私も何だかんだと家の仕事はそこそこに、冒険者家業に没頭している。


 だが、リンはその間も仕事をしていた。


 なぜそんなことになるかというと、元々は小さかった家が大きな力をつけ、王国から特例として新興貴族として認められた……という経緯で、リンのアルトバルト家は貴族になったからだった。


 そんな事情のため、古くから存在する貴族家はリンの家を相手にしないことも多い。


 世界は変化する。個人的には、新しいものを受け入れられず、家名だけを大切にするような貴族たちは、そのうち没落していくだけだと思っているのだが、彼らの態度が改まる気配はない。




「ーーそして、私たちが仕事上で懇意にしていた冒険者さんたちが急にいなくなってしまったんです」


 リンは悲しそうな声でそう言った。


 急にいなくなる。


 ……急に消えた。


 なんだか話の雲行きが怪しい。

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