第三話 怪力乱神、十戒を語る
「
夕食時。血と牛ひき肉のハンバーグをつついていると、ふいに母親が問うた。おそらく彼のことを快く思っていないのだろう、迷惑そうな声音だ。
父は仕事でまだ帰らない。真言はなんとも居心地が悪くなった。
「そうだけど。何?」
「あの子はやめときなさい。素行が悪くて引っ越してきた、不良なんだから」
高校に入ってから田字草との付き合いを知った母は、たびたび息子の交遊関係に口を出すようになってきた。ぱち、と箸を置いて真言は顔を上げる。
「母さんは、先輩が何をして引っ越したか知ってるの?」
「それは……みんな言うことがバラバラで。はっきりとは知らないけれど、でもつぐみとして、本当に良くないことだったそうよ」
――そんないい加減な話で、息子に注意なんかするなよ。
真言は怒りにまかせて食卓を立つと、自分の食事を盆に乗せて部屋に運んだ。食べ物を無駄にするのは良くないが、母とは食べたくない。
がつがつと自室で口にかっこむ夕食は味気なかった。
田字草と一緒に飲んだ、あのカラスの血が真言はむしょうに恋しい。
◆
「ひとまず最初の案がまとまった。第一回ミーティングは当面の計画と方針だ」
数日後の昼休み、田字草と真言は再び同じ空き教室にやってきた。雑談しつつ昼食を終えると、田字草がノートを開く。
そこにはのびのびした字で、いくつかの草案が書かれていた。
【新興宗教
●宗教を作る上で、これはやっては「ならぬ」の十戒
一、奇跡とか超能力はやらない。地震や災害の予知もNG。
二、教祖=神はマズい。
三、歴史偉人の生まれ変わりとかも禁止。
四、脅して怪しい高額商品を買わせない。
五、教団が大きくなっても選挙には出ない。
六、献金にせよ喜捨にせよ取り過ぎない(年収の10~20%内ぐらい?)
七、他宗教をけなしすぎるな。ガチで怒られたら死ぬ。
八、アカスナ勧誘は絶対に禁止。
九、未定
十、未定
●ご利益はあくまで「心の平穏」
信者が「この宗教を信じてハッピー」と感じることが大切。実際に病気が治るとか言わない、病は気から。なので信者の気分を良くしてやることに専念。
→第一教義:信者は自らを「鬼」とし、それに誇りを持つ。
ようはゼロをプラスではなく、マイナスをゼロにしてやればそれで良い。
●神は教祖とは別にちゃんと置く
教祖はあくまで「神の代理人です」という体裁を取る。そうすれば、失敗をしても言い逃れが可能。問題が起きたら「神の声が聞こえなくなりました」などと言って代理人を交替し、教団は継続させる。とにかく不都合な所は神にぶん投げろ。
●大学に入ってサークルを作ろう
社会を知らない若者(それはオレたち自身もそうだが)は絶好のカモ。宗教は伏せて、ふわっとしたセミナーを開き、迷えるつぐみを取りこむ。
また人口比からも、つぐみが最も集まる東京の大学に進学するのが望ましい。
そこまで読んで、ちょっと待てよと真言は口を開く。
「え? 僕も東京の大学に行くんですか?」
「就職でもいいけどな。嫌か?」
「まあ、それは別に。大学、たぶん行かせてもらえますし」
学力的にも財力的にも、二人には特に不安はなかった。のんきなものである。
「とりあえず、だ。オレたちが今やるのは、伝統宗教から新興宗教まで、現在ある宗教もろもろの研究。大学ももちろん、それ関係の学部がいい」
社会人になくて学生にある圧倒的な財産は、なんといっても時間である。バイトやレポート、サークル活動に追われる大学生活はまだ少し先の話だ。
「そこからオレたちつぐみがキュンと来るような神さまと教義を作って、最初の信者を集める。十人ぐらい忠誠心がしっかりしたメンバーを欲しいな。幹部候補として育てて、そいつらが熱心に布教したり教団を運営したりするんだ」
田字草の話にワクワクしながらも、真言は不安要素を挙げる。
「でも大学で勧誘って言っても、社会を知らない若者の僕たちだけでセミナーはキツくないですか? まず年長者の信者がいりますよね」
「そこはまず身内を引きこむんだよ。親兄弟祖父母から、できればイトコ・ハトコまで。さらに大叔父大叔母、取り込める奴は全員味方につけてえな」
「えっ」
いきなり途方もない目標を突きつけられて、真言は
「だってお前、自分の親兄弟が『宗教作ります』って言ったら、止めるだろ」
「止めますね」
自分のことは棚に上げて、常識的に判断するとそうだ。
「じゃあそいつらは仲間にしておかないと、これからの活動で真っ先に邪魔してくる厄介な相手ってことだ。できるだけ早く攻略するぞ」
「ええ……できるかな」
田字草の理屈は至極もっともだった。それだけに、真言には立ちふさがる障害の大きさが生々しく感じられ、さっそく気が滅入ってしまう。
「かな、じゃなくてするんだよ。一緒に鬼になるんだろ、まずは身内も納得しちまうような、立派な神さまと教義作りだ。宗教の鬼になれ、真言!」
「ムチャクチャだあ……先輩は説得できる自信、あるんですか!?」
「だってオレ、勘当されてるもん」
ああ、そうか、と真言は気の抜けた声を出した。
事情は深く知らないが、中学の時転校してきた田字草は、その時点で両親から絶縁され、安アパートで一人暮らしをしていた。
生活費は一応仕送りされているのだが、これがけっこうな額なのである。田字草家は、長男にまだ情があるのではなかろうかというのが、真言の想像だ。
「……その。ご両親と復縁とか、そういう可能性って」
「ないな。ないね」
田字草はきっぱりと否定した。
「オレの宗教をきっとあいつらは受けつけない。なら、故郷も親もきっぱり捨てた方がせいせいする。お釈迦さまだってそうだったんだぜ?」
固い声音にはみじんも揺らぎというものがなく、田字草の否定をこれ以上なく裏付けるようだ。家の仕送りは、二十歳で打ち切られるらしい。
「真言、お前はそこまでしなくていいからな。ただ、親を味方にできなさそうだって見極めたら、オレたちの邪魔をしないようなんか手を打っておいてくれ」
「……わかりました」
「よっし、じゃあまず〝神〟を何にするかから考えるぞ。神の実在はともかく、信者のご利益になるような性格のやつを考えるんだ」
さっそく、真言は先日からの懸念を意見した。
「デンジ先輩、先輩はオレたちが宗教を隠れみのにしてるだけだって言ってましたけど、実はとっくにつぐみ用の宗教があったりするんじゃないですか?」
「そんなもんがありゃ好都合だ、パクろう」
「はい?」
真言は間の抜けた声を漏らした。神さまをパクるとは、この人は何を言っているんだろう。しかし田字草の弁舌にはよどみがない。
「世界三大宗教を言ってみろ、仏教・キリスト・イスラム! このうち二つは同じ神さまを信仰しているし、その同じ神さまでも無数のバリエーションに別れてんだよ。仏教だって浄土宗とか密教とかあるだろ」
「そ、そうですね」
「ちまたの新興宗教だって、だいたい仏教、キリスト教、神道のどれかの背景があるんだ。元からある神さまをもらってきて、自分用にセッティングするのは基本だぜ」
それは信心のない真言としても「バチ当たりでは」と思わなくもない。だが、あまたの新興宗教がだいたい既存の宗教を参考にしていることは確かだった。
「じゃあ、僕らの歴史で有名なつぐみの名前とか使って、神さまにしてみるのはどうですか? ナントカ明神とか言って」
三国時代の武将・関羽や、祟りをなした菅原道真など、人間が神として祭られた例は多い。つぐみの神を、高名なつぐみから作るのは理にかなっている。
「悪くないな。いないならいないで、そういう人物がいました、とでっち上げてもいいし、むしろ架空の人物の方が、その方の
「そんなどこにでも涌く信玄の隠し湯みたいな」
この人はどこまで先を見て計画しているのやら。呆れつつも、こういう話し合いが真言はただただ楽しい。けれど、それもいつかは終わり、家に帰る。
そこで待つ母親を、はたして説得できるのか。真言にはまったく自信がなかった。
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