『青色』

鉛風船

第1話 『青色』

 今日は水曜日。大事な面接の日だ。私はぴっちりとした紺色のスーツを着込み、面接室で石のようになっていた。些細な物音が聞こえる度に怖気づき、なんのこれしきと眉間にしわを寄せてみてもその威勢は次の物音に掻き消される。


 面接官が入室した。


「それでは面接を始めさせていただきます。左の方から自己紹介をどうぞ」


 面接官は私たちを値踏みするでもなく、かといって緊張を解そうとするでもなく、淡々とした口調でそう告げた。私は三つ並んだ椅子の一番右の席に座っていたので最後の自己紹介となった。左に座っている青年がはきはきとした声で自己紹介を始める。


「はい。私は『青色』と申します」


「……『青色』さんですか。それはどんな色ですか?」


「青空の青です」


「いまいち釈然としませんね。青空の青とはどのような色のことを言うのですか?」


 青色さんは一瞬だけ言葉を詰まらせた。しかし、唾を飲み込みしっかりと面接官の目を見つめる。当人でもないのに私も思わず唾を飲み、膝に置いた握り拳を握り込んだ。一呼吸置いた青色さんは今度は清々しい声で、


「陽気に沸かされ、止め処なくなく溢れる喜びをどうしようも出来ず、仕方がないので両手を広げてその胸いっぱいに空を吸い込みたくなる色です」


 とにこやかに言い切った。それと同時にそれまで無機質だった面接室に青空の清々しさが広がったような気がした。面接官が大きく息を吸う。


「成る程わかりました。青空の『青色』さん、ありがとうございます。では、次の方お願いします」


「はい。私も『青色』と申します」


 次の女性は落ち着いた声音だった。どうしてそんなにも受け答えができるのか、私は不思議で仕方がない。現に私は誰かに心臓を掴まれているかのような胸苦しさを覚え、こうして姿勢良く座っていることすら難しいのだ。


「今日は『青色』さんが多いですね。あなたはどのような色なのですか?」


「私は、初夏の淡風に木々の葉の擦れる音が聞こえ、木漏れ日の下で背伸びをしながらついほころんでしまうような色です」


 涼しげに言ってのけた彼女は、とてものびのびとした表情をしていた。すると初夏特有の青草と土が混ざった匂いがしたような気がした。面接官もすんすんと鼻を動かす。


「成る程そうですか。青葉の『青色』さんありがとうございます。では、最後の方お願いします」


 遂に私の順番が回ってきた。浅くなる息遣いをどうにか鎮め、緊張で白くなるほど握り込んでいた拳を緩める。もし、誰か鏡を持っているのなら私に貸して欲しい。きっと今の私の顔はとんでもない顔色になっているはずだ。


「どうしましたか?」


 相変わらず面接官は淡々とした声音である。無機質、無個性というような言葉ぴったり当てはまるような声音だ。


「いえ、大丈夫です。何でもありません」


「……とてもそうは見えませんが」


「本当に大丈夫です。私は元々こういう顔色でもあるのです」


 面接官は私の言っていることが分からなかったのか、怪訝そうな顔をする。しかし、すぐに理解したらしく二度ほど小さく頷く。


「ああ、あなたも『青色』さんですね?」

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『青色』 鉛風船 @namari_kazakhne

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