第二話 深大寺のお店巡り

 長い行列を成した絢爛豪華な、きつねの嫁入りが参道を行き過ぎた。

 天気雨は止んでいて、騒がしい蝉しぐれが戻って来た。

 空が青く澄んでる。


 白昼夢を見ていたのだろうか?


 あっ。

 どうやら夢ではなさそうだ。

 周りの店から、きつねの観光客が出て来る、出て来る。


 ことん。目の前に、運ばれてきた蕎麦。

 ニコリと微笑む店主は、紛れもなくきつね。

 見渡せば、人間は僕一人。

 ちょっぴり不安に思ったが、僕は頭を振ってそれを追い払う。


 打ちたて茹でたてのお蕎麦は清流の水で締められて、なんとも言えないコシが存在した。

 良質なそば粉と美味い水とで、腕の確かな職人が作ったお蕎麦は格別に美味い。

 口には風味が広がる。

 鰹や昆布で取られた出汁は、雑味のないしっかりとした味わい。

 お蕎麦をすすると、喉越しが心地良かった。

 しし唐野菜や海老の天ぷらがこれまた美味くて、揚げたてがサクサクとたまらない。


「うーん。美味い」

「美味しいですよね、ここのお蕎麦」


 話しかけられてふと横を見ると、娘さんが一人座っていた。

 つばの大きな帽子を被り、清楚な雰囲気だった。

 きつねの耳は帽子で隠れているようで、ふわっとしたスカートで尻尾も見えない。


「えぇ、とても。初めて来たのですが、また食べたくなる味ですね」

「私はよく来るんですよ。良かったらその辺りのお店を一緒に巡りませんか? ご案内しますよ」

「えっ、良いんですか?」

「ええ。私、今日は一人で参りましたから」

「では、お願いいたします」


 娘さんはわらび餅を頼んで、僕も追加でわらび餅を頼んだ。

 ぷるぷるつややかなわらび餅は、横にきな粉と黒蜜が添えてあった。

 冷たく上品な甘さは夏にぴったりな気がした。


 娘さんのご厚意で、きつねの世界の深大寺を案内してもらうことになった。

 僕がさっき歩いた深大寺の参道に、似ているようでも違う。

 きつねが闊歩し、お揚げで出来たお飾りが店の軒先を飾ってる。

 どこの店主も店員も観光客もきつね、きつねである。

 僕だけが人間なのに、誰も気に留めない。


 土産物屋をのぞいたり、深大寺の境内を歩く。

 娘さんとお揃いできつねの根づけストラップを買ったりした。

 参道にずらっと並んだ露店が急に現れ、お囃子が流れた。

 露店の店主もきつね。

 きつね型のヨーヨーすくいに射的にきつねのお面売り、……焼きそばならぬ焼き稲荷寿司? 出世小判つかみ? 変身葉っぱ店?

 おかしなお店もたくさん並ぶ。


「面白いお店がありますね」

「面白いでしょう? 何度来ても楽しいんです。ずいぶん歩きましたね。『しっぽソフト』でも食べてひと息つきましょうか?」


 娘さんと食べる二食の尻尾みたいなソフトクリームは、珈琲味とバニラ味。

 暑さは和らぎほっとする。

 

 視線を感じ顔を上げたら、娘さんが微笑んだ。


「ご一緒出来て楽しかったです」

「僕もです。帰りたくないなぁ」


 初めは帰れるかと不安だった。

 今は帰れなくても良いなと思ってる。


「だめですよ。ここは人ならざるモノの世界ですから。またご縁があれば来られます」

「そうですね。もう戻らなくてはならないんですね、僕は。そうか。縁があればか……。いやはやしかし、どうやって帰れば良いんです?」


 娘さんに手を握られ引かれて歩き、先刻目にしたのと同じカエルの石の置物に触れた。


 途端に眩い光りに包まれ、目が開けてられなかった。

 意識が遠のいた。


 気がついて目を開けた。しばらくは真っ白だった視界に景色が映る。


 きつねたちはもう居なかった。

 娘さんも居なかった。


 人々が行き交う深大寺。

 僕のいた場所だ。もと居た場所だった。

 お蕎麦屋さんの縁側席に座ってる。


 僕は一抹の淋しさを味わっていた。

 もの悲しさはいつか埋まるだろうか。

 あのきつねだらけの世界に遊びにまた行けるだろうか。


「あの娘さんにまた会えるかな。しまった。名前を聞き忘れた」


 僕の前にまたコトンとお蕎麦が置かれた。


 あの娘さん、きつねの耳も尻尾もあったかな?

 僕みたいに迷い込んだ人間だったら良いな。


 夢か幻か、人かきつねか。

 化かされたのかな。


 携帯電話を出すと、きつねの根づけストラップが揺れた。


「これは……。やっぱり夢じゃなかった。本当だったんだ」


 それから。

 僕はくすくすと笑いだしたくなった。

 楽しかったな。とても。


 爽やかな風吹く深大寺。

 また来よう。また一人で。




       了




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雨宿りの武蔵野深大寺 桃もちみいか(天音葵葉) @MOMOMOCHIHARE

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