⑨終わりが別れとは限らない、やっぱり冒険も秘宝も諦めきれません

その後。

彼女たちは、わちゃわちゃ絡みながら、受付嬢に討伐報告をしに行った。

ついでに、ラルドのことも報告。今後、ギルド内での彼の地位が大きく下がるだろう。

「…わぁ、ほんとにワイバーンだ…。それにしてもすごく大きいですねぇ、こんなサイズのワイバーン、見たことがないですよ」

討伐の証明のため、リリウムのバッグから出てきたワイバーンの鉤爪を眺めながら、あの妖艶な受付嬢が言った。

カウンターにおけるサイズでもなかったので、受付嬢自らがカウンターから出てくるという異常事態。好奇の視線が否応なしに突き刺さる。

一通り調べ終わると、彼女はギルドのマジックバッグへそれを回収した。

「はい。報告、承りました! 調査に加えて討伐も、ということだったので、報酬を上乗せしておきます。お疲れさまでし」

「よっしゃああ! 討伐終わったぜ!」

受付嬢の言葉を待たずして、エウレアが叫ぶ。

「はぁ、追加報酬だって! やったわ!」

杖を握りしめてリリウムも言う。

「その追加報酬をもらわなくてどうするのよ、リリウム」

呆れ声で、麻袋をつかんで耳の横で振るフラミー。

「それからお前ら、物凄く目立ってるからとりあえず外に出るぞ」

少し視線を揺らしながら、焦りを浮かべた表情のレオニスが、リリウムの背を軽く押す。

「それもそうね、じゃあ出ましょう」

心なしか頬を赤らめたリリウムがそれに従う。

それを見たフラミーが、エウレアの襟首を引っ掴んでついて行った。

その背中を眺めながら、受付嬢はふふっと笑った。

最初の不自然さはどこへやら、彼女たちの間には何かが生まれている。

「やっぱり受付嬢っていいわね、こういうのがみられるんだもの」

そっと呟かれたその声は、柔らかく浮き上がり、ギルド内に広がった。


「さて、出てきたところで、だ。まずはこの報酬の山分けをしなければだな。私は勝手に混ざっただけだからいいとして、お前ら3人で分けておけ」

腕組みをしたレオニスが、フラミーが持っている麻袋を指さして言った。

それを聞いたリリウムが、大慌てで声を上げた。

「ちょ、ちょっと待って。ワイバーン倒したのって、実質的にレオニスだよ? なのに配分0はおかしいわ!」

フラミーもうなずく。

「ほとんどレオニスの手柄よ。なんで配分0になるのかわからない」

2人からじっとりと睨みつけられ、レオニスは降参と言わんばかりの様子で両手を上げた。

「わかったわかった。そこまで言ってもらえるのなら、私としても貰わない理由がない。

ただ、もう察していると思うが、私はレーデンベルグのドラゴンだ。あまり金を貰っても、保管する場所も、使う場所もない。理解してくれたか?」

その言葉に、リリウムとフラミーは顔を見合わせる。

「…まあ、そういうことならしょうがないけど、ひと冬しのげるくらいの金は貰っていきなさいよ?」

苦いものを飲んだような顔で、リリウムは彼を見た。

「…わかった、ありがとう」

少し視線をずらし、レオニスが礼を言う。

そして、どこからか4つの麻袋を取り出してちゃっかり山分けしたエウレアから、一袋分受け取った。

残りの2人も、エウレアから麻袋を受け取る。重さはすべて、ほとんど同じように配分されていた。


「で、2つ目な。レオニス。お前、このパーティーから抜けるだろ?」

全員に麻袋を渡し終えたエウレアが、無造作に手を叩きながら言う。

思ってもいなかったようで、フラミーとリリウムの動きが止まる。

「…そうなの?」

恐る恐る、といった様子で、リリウムが彼を振り返った。

唇を噛みながら、レオニスは浅く頷いた。

「ああ。私がこの姿なのは冬だけだ。春になったらレーデンベルグに戻り、護らなければならない。見ろ、鱗があちらこちらに現れている」

そう言って彼の指が差し示した首筋には、確かに純白の鱗がうっすらと生えていた。

「そっか、ドラゴンに戻ったらパーティー入れないよね」

ぽつりと、フラミーが呟く。その鮮やかなオレンジ色の尾が、力なく垂れ下がった。

リリウムは、杖にすがってうつむいた。

エウレアでさえ、わずかに視線をレオニスからずらした。

場を支配した、湿っぽい空気。

その中で、レオニスは、そっと掌を広げた。


柔らかく美しい、白い光が、掌から溢れ出す。

やがてそれは、結晶を形作り始めた。

光を包みこむように、結晶が外側から組みあがっていく。

そして出来上がったその3つの結晶は、驚くほど透明だった。

まるで、純白の雪が解けて流れ出した水のような、純粋な透明さ。

内側から、自ら光っているかのように明るく照らされている。

「…何、これ? すごく綺麗ね」

そっと視線を上げ、リリウムが吐息交じりに呟いた。

対照的に、それを見たエウレアは、目を見開いた。

「レオニス、これ、竜水晶だろ? そんなものをなんで…」

「ああ。エウレア、お前が知っているとは意外だったな。これがあれば、お前たちは私といつでも意思疎通ができる。

私の助けが必要になったことがあれば、いつでもいい。この水晶に向かって私の名を言え」

うっすらと笑みを浮かべ、レオニスが言う。そして、掌を軽く振る。その動きに伴うように、3つの水晶が浮かび上がり、彼女たちに向かった。

一つはリリウムの胸元に、一つはフラミーの腕に、一つはエウレアの髪に。紐でつながれたその水晶が、輝いた。


「さて、3つ目だ。お前たち、これからどこかに行く予定はあるのか?」

その様子をほほえまし気にみていたレオニスが、口元に微笑を浮かべたまま優しく聞いた。

三人は再び顔を見合わせ、小首をかしげた。

「言われてみりゃあ、なんも決めてねえや。なんかある?」

「だね。私は無いかな」

エウレアとフラミーが軽く言う。

その様子を見て、リリウムが軽く肩を竦めた。

「パーティー組んだんだし、行きたい場所くらい調べておきなさいよ…」

「いやいつ調べる時間あったんだよ教えてくれ」

凄まじい勢いでエウレアが反撃する。リリウムはそれを、苦笑いと共に受け流した。

「そうだなあ…別に行きたいわけじゃないけど、確か東の方の大陸でなんか強い魔物が出たっていうのは聞いた事あるよ」

フラミーが言う。それを聞き、リリウムも軽く手を叩いた。

「ああ、それなら私も聞いた事あるわ。確か、巨大ワームだったかし」

「何だと!? おっしゃ、行くぜ!!」

いつかどこかで聞いた事があるようなテンポで、エウレアが叫ぶ。

鉈に手をかけ、今にも飛び出しそうな彼女の襟首をレオニスがわっしと掴んだ。

「おい、勝手に飛び出すなと何度も言われているだろう。いい加減学べ」

呆れ声でエウレアを一瞥するレオニス。その様子に、フラミーはため息を一つつき、リリウムは柔らかい笑みを浮かべた。

「まあでも、私たちの強化にもなるしいいんじゃない? そういう依頼ないか見てこよ」

フラミーが、ため息とともにさらっと吐きだす。襟首をつかまれてじたばたしていたエウレアの目が、ぱあっと輝く。

「ほんとかフラミー! じゃあ今すぐ受けに行く…」

「だから唐突に飛び出すなって」

再びエウレアの襟首をつかみなおすレオニス。ぐえっという嫌な声と共に、エウレアのじっとりとした視線がレオニスを襲った。

それをさらりと受け流すと、エウレアをフラミーに向かって突きだした。

フラミーがエウレアを確保したのを確認すると、レオニスは3人をまっすぐ見据えた。


「私はもうそろそろお暇させてもらおう。お前たちのと討伐、危険だったがすごく楽しかった。また来年、機会があれば呼んでくれ」

体の奥に深く染み入るような、重く、しかし優しい声。

リリウムの目に、揺らめく光が浮かぶ。フラミーの視線が少し左にずらされた。

若干湿っぽくなった空気の中で、エウレアは無垢に笑った。

「ってことは、来年また一緒に討伐行けるんだよな? おっしゃ、来年までにお前より強くなっといてやるから覚悟しとけよ!」

レオニスの目が大きく開かれ、そして細くなった。

「ああ、楽しみにしているぞ。まあ、来年になってもお前が私に勝てるかどうかは怪しいがな」

「はぁ? ふざけんな絶対今度は勝つからな!」

息まいて噛みつくエウレア。

それを薄く笑って受け流すレオニス。さらにエウレアの怒りがヒートアップする。凄まじい勢いで言葉の弾丸をレオニスに浴びせる。

それを見て、リリウムが噴き出した。

目には涙のあとが残っているが、その顔は確かに、朗らかに笑っていた。

隣で、フラミーが肩をゆすり、そして笑いだした。

ぽかんとした顔で2人を見ていたエウレアも、つられて笑い出した。

青空の下、3人の朗笑が響き渡った。

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モンスター○ンターみたいな世界で雪山遭難しちゃったんですが、隠形ドラゴンと女衆のハチャメチャ他種族ぽんこつパーティーは、やっぱり冒険も秘宝も諦めきれません!(仮) @hyperbrainproject

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