第29話 勇者と魔王と諦め

 俺から開放された老人は、申し訳無さそうにその場に座り込んだ。


「で……なぜこのようなことを?」


「……こうでもしないと、生きていけないからです」


 ……その一言で全てが理解できた。老人はこの宿屋を利用する客を狙って襲い、金品を盗んでいたのだろう。


「でも……非効率じゃないですか? この誰もいない村の小さな宿屋に泊まる人なんて、僅かでは?」


「……ワシはここから……動けないからです」


「それは……もしかして、誰かを待っているからですか?」


 俺がそう言うと老人は小さくため息をつく。


「……えぇ。息子です。妻は……随分前にこの世から旅立ちましたので」


 なるほど。やはり、今日無人の家で見たのは老人の家族の絵だったようだ。


 そして、中央に描かれていた小さな子供は老人の息子というわけか。


「息子さんは、どこへ?」


「……王都に行ったきりです。兵士として徴兵されて……便りも来ないので生きているのか死んでいるのかもわかりません」


 この世界の王国は徴兵制だったのか。確かに王様に会った時、たくさんの兵士がいたが……で、その中にこの老人の息子もいたのだろうか?


「この村の大半の者がそうでした……徴兵という名目で多くの若い者達が王都に取られ……老人だけが残った。そして、若い者は誰も村には帰ってきませんでした。結果として老人達も……最後に、ワシだけが残ったのです」


 ……なんだか、酷い話である。俺が会った王様はそんな感じには見えなかったが……意外とあの王様にも裏があるのかもしれない。


「息子さんに会いたいですか?」


「……いえ。もう諦めました。息子はどこかで生きている……そう自分に言い聞かせています」


 そう言うと老人は悲しそうにゆっくりと立ち上がり、懐から金貨を俺に差し出す。


「……大変失礼しました。お代は結構です。むしろ、見逃していただいただけでもありがたいですから」


 老人はそう言って部屋から出ていった。


「う~ん……もう食べられないぞぉ……」


 老人が去った部屋には、何も知らない呑気なマオの寝言だけが響いたのであった。

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