第9話 勇者と魔王と笑顔
そして、翌日。
「……よし! もう大丈夫だ!」
魔王は俺の前に立って、自分の頬をパシパシと叩いていた。
その目はどう見ても目の周りは赤く泣き腫らしており……おそらく、俺が寝た後もずっと泣いていたのであろう。
「……で、決まりましたか? これからどうするか?」
「あぁ。決まったぞ」
「そうですか。じゃあ、さっそく、王国に――」
「儂を殺せ」
俺が最後まで言い終わらないうちに、魔王はそう言った。
聞き間違いだと思った。俺は思わず魔王の事を見てしまう。
その魔族特有の紅い宝石のような瞳は、泣き腫らしていたが、真剣のようだった。
「……今なんて言いました?」
「殺せと言ったのだ。聞こえなかったか?」
「それが……アナタの選択なんですか? 昨日、かなり悩んでいましたよね?」
「あぁ。悩んだ。悩みに悩んで出した結論だ」
魔王はそう言って笑う。
……なんなんだ。ふざけるな。俺はコイツのこんな反応を期待していたんじゃない。
昨日はあんなにヘタレていたのに……なんで急に覚悟が完了しているっていうんだ。
俺は流石に動揺してしまったが……魔王に動揺していることを悟られるのはもっと癪だった。
「わかりました。いいでしょう」
俺はそう言って剣を抜く。そして、その剣先を魔王の首元に向ける。
魔王はまっすぐに笑顔を俺に向けたままで動かない……いや、動いてはいた。
よく見ると……小刻みに震えている。怖いのだ。
やはりコイツは覚悟が完了してなどいない。しかし……それでも俺に殺されることを選択したのだ。
……いや、俺には関係ない。ここで魔王を殺せば、俺の役目が終る。後は王国に戻って悠々自適に暮せばいいのだ。
だから、ちょっと剣に力を込めれば……と、思ったが、できなかった。
「……ど、どうした? 早くしてほしいのじゃが……」
魔王にそう言われて……俺はそれ以上先に行くのが無理だということを悟った。即座に剣を収める。
「え……な、なぜ、殺さぬのじゃ?」
「……アナタをここで殺すより……王国に連れていって、王の目の前で殺したほうが、魔王を倒した確実な証拠になります。いずれにせよ、アナタには王国まで来てもらいます」
俺がそう言っても魔王はポカンとしていた。俺は俺で……なぜ魔王を殺せなかったのか……酷く悩んでいた。
「……そ、そうか。では……儂はお主についていくことにしよう」
とにかく、この魔王を王国まで連れて行く……後のことは王国の人間に任せればいい。
「お、おい!」
と、俺がそのまま外に出ようと歩き出した時、魔王が俺を呼び止めた。
「……なんですか?」
「あ……その……お主、案外悪い人間じゃないんじゃな」
笑顔でそう云う魔王。
何をもってそう言っているのかわからなかったが……俺にはその朗らかな笑顔がなぜか、酷く苛立たしく思えたのだった。
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