第4話「回想:相沢健二&相沢健一」
「――なぁ、構わねぇよな刑事さん」
人を小馬鹿にしたような声がやけに響くのは、ここが建て壊しを待っている廃墟だからなのか……。
人に使われなくなって何年も経っているだろうこの場所で、俺を呼び出した男はあるものを俺に向ける。
真っ暗な廃墟にはやけに眩しいそれは、スマホ画面だ。
男のどや顔が、やたら俺の神経を逆撫でする。
男が向けているスマホの画面の中には、俺と……そして、少女……芽依が隣あって笑っている姿が……。
普段は写真なんて撮らない俺だったが、ついこの間、芽衣がせがみしぶしぶ撮った、この世に残るたった一つの彼女との思い出。そこに映る芽衣の、もう見ることの出来ないあどけない笑顔をまざまざと見せつけられて、悲しみで胸が張り裂けそうだった。
あの写真は、この男に鉄槌を下すために俺がわざと送り付けた物だ。
この男なら、必ず俺にコンタクトを取ってくると思っていたが、こんなに上手くいくとは……。
彼女、芽依の義父――相沢健二とは以前相沢組の関係者が起こしたと思われる事件を調べる時にちらと顔を合わせた程度の相手だった。その時の男がまさか、俺の人生にこんな形で関わってくるなんて神様という奴が本当にいるのなら声を大にして罵ってやりたいくらいだ。
あの日、芽衣が命を絶った日、俺は知った、
芽衣がこの義父を名乗る男にどれほどの凌辱と絶望を与えら、恐怖で支配されていたのかを。
そして、俺は思い知った。
芽衣のそれを消し去ることの出来なかった自分の無力さを。
「天下の警察官さまがよぉ、こんなことしてたなんて世間にバレるわけにはいかねぇよな? 俺だってビックリしてるんだぜ、まさかあいつの持ち物からこんなのが出てくるなんて思っても見なかったんだからよぉ。
でもあんなのでも下の世話以外に役に立つことがあるんだな。
兄貴には破門されちまったけど、こうして俺が生き残れる手段をのこしてくれたんだから、家族ってのは助け合いとはよくいったもんだぜぇ~ぎゃはははは!」
目の前の男の口から漏れる、彼女を汚す文言。
それによって思い出す――俺がここに来るまでに抱えていた感情の存在を。この腹の底から沸き上がるこの感情のことなど知る由もなく、この男は得意満面といった様子で続ける。
「だからよぉ、俺があんたに要求するのはそんなに難しいことじゃあねぇ。
まずは金だ、ひとまず二百万用意しろ。
それにお前んとこにあるよな? 他のところから押収したヤクがよぉ。それを俺に持ってこい。後は、そうだ、警察の取り締まりの情報も随時俺に報告しろ。
それだけありゃ、兄貴も俺の破門も取り消せる、面目が立つだろうよぉ。
おっと、そんな睨むなよぉ~あんたが悪いんだぜ、この世の中人のもんに手ぇ出しておいてそれでお咎めなしとはいかねぇんだ。恨むなら未成年に手を出した自分を恨むんだな、それともお前を誘ったあいつを恨むか?
まぁ、別にどっちでもいいけどな、ぎゃははははは!」
相沢の下卑た笑い声が、まるでうねりを上げているかの様に俺の脳ミソをかき混ぜる。
どこまでも自分勝手なことばかり口走っている相沢の言葉に、考えるのも馬鹿みたいに思える。
自分の仕打ちによってなくなった命に対し、何故そうも下卑た笑い声をあげられるんだ。誰のせいで芽依が死んだと思ってるんだ! 芽衣の死の原因となったにも関わらず、こいつはそれを利用しようとしやがる。
こんな男のために、芽衣が死んだ……。
こんなグズ野郎のために……ッ!!!
何故、何故芽衣が……飛び降りなくちゃならなかったんだ―――ッ!!!
俺の中で、何かがキレる。
「黙れ……」
――ザシュッ……!
「はははは……ああ?」
相沢の笑い声が途切れる。
そしてその視線は、違和感を感じた場所へと向かう。
血に塗れた首元には、一本のナイフが突き刺さっている。
「え……? おい、じ、冗談だろ? な、なんで……?」
「いい加減その臭い口を閉じたらどうだ?」
当たり前だ、俺はお前の言うことを聞くためにここに来たわけじゃない。
芽衣に凌辱と絶望を与えたお前に、芽衣を死なせたお前に、同じものを与えてやるために、俺はここに来たんだ……!!
「ま、まって、ぎゅひゅゆるし、ぎゃひゅ」
「死ね…………」
それから暫くは、記憶がない。
ただ正気に戻ったときには、床にズタズタになった相沢がいた。
相沢の変わり果てた姿に、溜飲が下がったというよりは、虚しさで胸に穴が空いたような感覚に陥った。
それから俺は証拠が残らないように、現場から自分の痕跡と愛依のスマホを回収して立ち去った。
◇
因果は巡る――ということだろう。
芽衣との関係を利用しようとした相沢健二を殺した俺が次に会ったのは奴の肉親である相沢組組長、相沢健一だった。
どうやらあの野郎は俺と会うことを事前に兄であるこの男に話していたらしい。そのせいでこんなにも簡単に俺があいつを殺したことがバレてしまった、そしてあろうことかこいつはそれを脅迫材料にたった一人で俺を呼び出しやがったのだ。
「――あいつはな、俺にとっちゃこの世で一番可愛い存在だったんだよ」
銃を向け、涙を流しながらそんなことをいう相沢健一。
肉親の情というやつだろうか、まるで自分のことのように弟の死を悲しんでいる。
悪人ではあるが、そういう感情はあるらしい。
まあそれも、比べてしまえば砂粒程度の違いだ、社会のゴミであることは変わりない
ああそうだ、こいつも同じだ。
人の命の重さを考えもしない、あの屑と同じ……。
「馬鹿でどうしようもない奴だったが、それでも俺の弟だ。
そんなあいつが死んだってことが、とてつもなく、悲しい……!
だがそれ以上に頭にキテるっ……!
例え破門してようがあいつは俺の組の人間だったんだ、そいつを殺すってこたぁ……つまり俺を、俺の組を舐めてるってことだ!!!」
ふざけんじゃねぇ――!!
そう檄を飛ばす相沢健一の顔は真っ赤に染まり、血走った目に浮かぶ激しい怒りの感情は視線の先にいる俺を焼き付くさんばかりといったところか。
でもな、そんなものを向けたところで、俺の何を変えられるというんだ?
「お前を今ここで殺すのはわけねぇことだ。
実際俺はお前を殺してしまいてぇ……!!
だがお前には利用価値がある、ここで殺っちまえばそれで得られる利益もなくなる。それを考えればこの腹の底の怒りぐらい飲み込んでやらぁ。
さあ、俺に従え」
凄んでみせる相沢健一。
賢い選択だと――お前はそう思っているのだろう。
だがな、結局お前がやっていることは馬鹿な弟と同じ、目先の利益に目が眩んで本当に見なければならないものを見逃している。
「組のトップのあんたが、何故一人で俺に会いに来たんだ? 部下達を連れてきて脅した方が効果的だと思うんだが」
「馬鹿言え、これは俺の個人的な問題だぜ? こんな事で組は動かさなねぇし、事が事だ、知ってるモンは最小限の方がいいだろうよ」
しかし本当に幸いだった、こいつが一人で来てくれて。
「なぁ、一ついいか?」
「あ、何だ? この期に及んで――」
――そうでなければ、こうも簡単に事に及べなかっただろう。
相沢健一は俺の問いかけに何かを言い返そうとして、しかしその後に続く言葉を言うことは出来なかった。
そんなことをする前に、俺がナイフを突き刺したからだ。
場所は弟と同じ喉……。
俺が一気に距離を詰めた事で、相沢兄は銃口が定まらず引き金を引く事すらままなかった。
よっぽど訓練された人間でないと、咄嗟の事に対処する事は極めて困難だという事だ。
「カフッ……! か、ハウ……!」
驚愕を言葉にしたくとも、もうその口から言葉を発することはできない。出来るのは流れ出る血の暖かさと、その逆の体を襲う冷たさを感じることだけ。
そうしてやがて死ぬだろう相手へと向け、俺は言う。
「俺が言いたかったことはな――」
ひたすらに愚かな男だった。
そこだけは弟と丸っきり同じだ、流石は兄弟だと言ってもいい。
だからきっと会えるだろう。
「――地獄で弟に聞いてくれよ」
もはや物言わぬ骸と化したものに対して、俺はそれだけを告げて。
前回と同じように証拠となりそうなものを回収した俺は最後に懐からあるものを取り出して遺体のそばに置いてからこの場を去った。
それは一枚の紙。
二人を殺した俺に捜査の手が届かないようにするための小細工。
【川村正義ヲ捜査カラ外セ】
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