第2話「犯人は」

「ちッ、今日も成果なしか……」と俺キンキンに冷えたジョッキグラスを煽る。すでに三杯目だ。

「ちょっとペース早くないですか?」と九条も俺に続く。

「飲まないとやってられないだろ」


タン!っと乱暴にジョッキをテーブルに叩きつける。


「中々、足取りを見つける事ができませんね。すみませーん、生二つ追加で!」


 捜査を終えた俺と九条は、行きつけの居酒屋に来ていた。

   

 九条が派遣されてからひと月が過ぎた。

 今日も俺達は、事件現場付近に出向き聞き込みをしたのだが、進展は全くない。

 

 事件発生から既に四ヶ月が過ぎた。

幸い五人目の被害者は出ていないが、正直、捜査についてはもう限界を感じていた。


「それにしても、いいんですか? 先輩」


 ここ最近、川村さんから先輩と俺に対する呼称を変えた九条が、俺にネギ間串を傾ける。


「行儀が悪いぞ」

「えへへへ、すみません」

「それで?」

「いえ、奥様の四十九日も終わってないのに……」

「あいつはクリスチャンなんだ。四十九日とか関係ないよ。それに、犯人を一日でも早く捕まえてやるのが、アイツにとって一番の供養だと思っている」

「そう、ですね。すみません、なんか」

「気にしなくていい」

 

 若干気まずそうな雰囲気になりかけるのだが、タイミング良くお代わりしたビールが俺達の目の前に置かれる。


「ほら、飲むぞ」

「はいッ!」



「せんぱ~い、せんぱいの奥様ってどういうひとらったんでしゅかぁ?」


 いつもなら一軒目で解散するのだが、珍しく九条が「もう一軒行きましょう!」と誘ってきたので、俺達はバーに来ていた。当の本人は呂律が回らない程に酔っぱらっているが。

 俺は酒にめっぽう強い方で中々酔わないのだが、こんな九条を見たからか今日は少しおしゃべりになっていた。

 

「そうだな、俺とアイツ、愛衣めいとはおふくろに勧められて、見合いで出会ったんだ。結婚する気は別になかったんだが、こんな職業だ。家に誰かいてくれたら、と常に思っていたから丁度いいかなと思ったんだ。ほら、掃除とか洗濯とかな」


 ウィスキーの水割りをちびちび飲んでいる九条はうんうんと頷く。

 

「愛衣は、そんな俺に尽くしてくれていたのだが……俺は愛衣の事を家政婦程度にしか見ていなかった。それに加えて子宝にも恵まれなかった。夫婦仲が冷めきるのにそんなに時間は必要としなかったんだ」


 俺が、もっと愛衣を愛してあげていたらこんな事態にはならなかっただろう……。


「そうなんでしゅね~。それで、女子高生に手を出したんですか~」

「――ッ!?」


 心臓を握られたかの様に、脈が速くなっているのは決して酔いが回っているせいではない。


「お、お前、一体何を……」

「あっれ~せんぱ~い凄いかおしてましゅよ~」

「な、何を知っている……?」

「にゃにを~って………………」


 ゴン!!


 張りつめた緊張の中、九条はテーブルに額を叩きつけそのまま眠ってしまった。


「こいつ……」


 それにしても、まさか、彼女の事が露見するなんて……。

 こいつ、どこまで知ってやがる……。

 俺は、九条の後頭部を眺める。


「はぁ~仕方がないな……」


 俺は、会計を済ませて九条を支えながら店を出る。

しばらく歩くと、「あ、れ? せん、ぱい……?」と、九条が気づく。


「よッ、起きたか? ほら、一人で立てるか?」

「は、はい……気持ち悪いですけど……」

「ったく、飲み過ぎなんだよ」

「へへへ、すみません。それにしても……なんで、この場所に来てるんですか?」

「この場所?」

「ここ……第一被害者相沢健二の殺害現場ですよね……?」

「……あぁ」

「まさか、こんな時間に捜査なんてするわけじゃ……せ、せんぱ、い? な、何でそんなものを……?」

「お前が、お前が悪いんだぜ……?」

 そう、全て九条こいつが悪い。

 幸い九条はフラフラな状態だ。これなら、


「な、何がですか……? ちょ、ちょっと、先輩、や、やめて……きゃあああああああああああ!!」



 ――九条正美視点

 

「高木課長、今から動きます……」

『あぁ……できれば、推測の域であってほしいのだが……』

「はい、私もそう願っています。今、彼を犯人に結びつける証拠はあの少女の存在のみ。彼が犯人である証拠にどれくらい作用するか分かりませんが、可能性が1%でもあるのであれば、疑うのが私達の仕事です」

『……そうだな。くれぐれも気をつけてくれよ』

「はい、では後ほど」


 居酒屋のトイレの中で、高木課長に作戦決行の連絡をいれた。

 

 私が、警視庁から派遣された理由は、この連続殺人事件の調査協力ではなく、

 川村正義警部補を見極める為である。


 この一連の殺人事件は、不可解な点がいくつかある。


 被害者が相沢兄弟で収まるのなら、仏さんには申し訳ないが彼らの職業上、彼らが被害に遭う事はそんなに珍しい事ではない。

 だが、三人目の被害者が調査を担当する川村の妻であり、その次の被害者が川村直属の部下である進藤太郎だった。

 相沢兄弟とこの二人の接点はないに等しい。

 ただ、あるとすれば、川村が事件を担当していたというだけ。

 それが唯一この四人を結び付ける糸である。


 もう一つ、不可解な点は、

 相沢健一の殺人現場に置いてあった、犯人の物と思わしき犯行声明である。

【川村正義ヲ捜査カラ外セ】

 

 これに関しては、何度も川村本人は知らぬ存ぜぬの一点張りで何の手掛かりにもならなかった。

 何故川村を捜査から外せといったのだろう……。


 そんな自問自答を繰り返していたある時、私は見つけてしまった。


 第一の被害者である相沢健二には血の繋がらない娘がいた。

 名は芽衣。17歳。


 彼女は、奇しくも相沢健二が殺される数ヶ月前に亡くなっていた。飛び降り自殺だった。

 私は、相沢健二の手がかりを探すため、彼女の自殺現場の防犯カメラを確認したところ、映っていたのだ……。


 フードをかぶった、川村正義が。

 偶然なのか?

 いや、そんなはずはない。

 何故なら――。

 川村は、ポロポロと涙を流しながら、死に体となっている少女の方を見つめていたからだ。


 私は、そこら中の防犯カメラを穴があくまで見返した。

 そして、見つけたのだ。


 川村と相沢芽衣が恋人の様に手を繋ぎ、ホテルに入っていく所を――。

 あの川村の涙がなければ、ただの見逃していたかもしれない。


 私は相沢芽衣の事を徹底的に調査し、色々と知る事ができた。


 相沢芽衣は、義父である相沢健二に性的虐待を受けている可能性が高い事。そして、相沢健二によって売春をやらされていた事。

 

 もし、川村と相沢芽衣が只ならぬ関係であって、

 彼女の自殺の原因が相沢健二にあったのなら?


 十分な殺人動機になるのではないのか?


 可能性が1%でもあるのであれば、疑うべきだ。それが私の仕事だから。


 そして、私は上司に進言し、川村正義を見極めるために〇〇県警に調査協力という形で潜り込んだ。

 この事を知っているのは、〇〇県警所長と高木課長だけだ。

 まだ、川村が犯人である可能性があるというだけなので、大っぴらにはできないからだ。


 川村に付いて捜査をする事ひと月。

 何一つ疑わしい所を見つける事はできなかった。

 

 上司から設けられた期限はひと月。

 そろそろ、真偽を確かめないといけない。

 だから、私は二軒目に彼を誘った。

 そして、最大限酔ったふりをして、奥さんの事を聞き、そしてついに――


「そうなんでしゅね~。それで、女子高生に手を出したんですか~」


 核心をついた一言を川村に投げた。


 案の定、川村は驚いた顔をしていた。

 私は、気が気じゃない川村がどんな行動に出るか確認するため、寝たふりを実行する。

 テーブルにぶつけたおでこが痛いが……。


 川村は、私を支え店を出てしばらく歩いた。

 途中まで私が借りているウィークリーマンションの方面に向かっていたが、T字路を私のウィークリーマンションとは反対の方向へと進んでいき、辿り着いたのは、第一の被害者である相沢健二の殺害現場である廃墟だった。

 これで、川村が犯人である可能性が高くなった。

 残念という言葉が私の脳裏を過ぎていく。


 ――――そして、現在に至る。


「あ、れ? せん、ぱい……?」

「よッ、起きたか? ほら、一人で立てるか?」

「は、はい……気持ち悪いですけど……」


 本当は何ともない。


「ったく、飲み過ぎなんだよ」

「へへへ、すみません。それにしても……なんで、この場所に来てるんですか?」

「この場所?」

「ここ……第一被害者相沢健二の殺害現場ですよね……?」

「……あぁ、そうだ……」

「まさか、こんな時間に捜査なんてするわけじゃ……せ、せんぱ、い? な、何でそんなものを……?」


 いつの間にか革製の手袋をはめた川村の手には、鋭利な刃物が握られていた。


「お前が……お前が悪いんだぜ……?」


 そして、その顔は……殺人者の顔だった……。

 それでも、私は演技を忘れない。川村が油断する様にフラフラ状態を保つ。

 すると、川村は私の首元を目掛けてナイフを振り下ろす。

 

「な、何がですか……? ちょ、ちょっと、先輩、や、やめて……きゃあああああああああああ!! とでも言うと思いましたか?」

 

 私は、迫りくる川村をナイフを手で弾く。


「な、な、なッ!?」

「川村さん……実に残念です!」


 そして、そのまま無防備になっている川村の腕を引き寄せ、一本背負いで川村を地面に叩きつける。

川村から「ぐっぷぁ!」という苦しそうな声が漏れるが、構わずそのまま身体を抑え込む。


「犯人確保!!」


 私がそう叫ぶと、廃墟の入口に数名の人影が現れた。

「九条君、ご苦労だった。ケガはないか?」


野太いその声の主は、月輪熊のようないかつい身体に髭もじゃの顔の高木課長だ。


「はい。問題ありません」

「そうか……」


 そして、高木課長は私から更に視線を落とす。その表情は、酷く寂しそうな物だった。


「……嘘であって欲しかった、何でだ……川村」

「高木さ……ん、すみま、せん……」


 川村は高木課長と目を合わせようとせず、ただ謝罪を口にしていた。


「まぁいい……話はゆっくり聞いてやる。おい、連れていけ」


 そう言って、手錠を掛けられた川村は二人の刑事に両脇を抑えられその場を後にした。



 翌朝、川村の取り調べを一任された私は取調室に入った。


「おはようございます、川村さん」


 既に席に座っている川村向けて挨拶をする。


「あぁ、九条。数時間ぶりだな……」


 川村の表情は、何というか予想とは違って、何かスッキリしているというか、肩の荷が下りたというかそんな事を思わせるような表情だった。


「はい。それでは、早速ですが取調べを「俺がやった」」

「……認めるんですか?」

「あぁ、お前を殺そうとしたんだ、今更何を言っても仕方ないだろう? 相沢兄弟、愛依そして、進藤……みんな俺が殺した」

 進藤さんの名前が出た時、川村は一瞬だけ辛そうな表情を浮かべる。

 

「何故、貴方が犯行に及んだか、聞かせてもらってもいいですか?」

 川村は、私の言葉に頷き、ゆっくりと口を開いた。

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