はばたいたのは
@hyperbrainproject
第1話「新たな相棒」
○○県警 捜査第一課はいつになく静寂に包まれていた。
だからなのか、俺の苛立ちがヤケに強調される。
「くそッ、くそッ」
俺は悪態をつけながら、ファイリングされている捜査資料を乱暴に捲る。
何度この「○○市連続殺人事件」のファイル見返しただろうか……第一の事件からはや三ヶ月、資料の厚さは倍にも膨れ上がっている。
三日前までの被害者総数は三人。
死因は、被害者全員等しく、首の頸動脈に損傷を負った事による出血多量死。令和最悪の連続殺人事件としてワイドショーを騒がしている。
そして、三日前。俺の後輩であり、相棒である進藤優一が殺害された。
これで、被害者四人。だが、そんな事は今更どうでもいい。いや、冷静になれ俺……良いわけがない。
人が四人も死んでいるんだぞ?
刑事から被害者が出た事で
チリチリと火花を散らせ、ジワジワと導火線は短くなっている。
「進藤……俺が、絶対お前とアイツの仇をとってやるからな」
俺の呟きに誰一人として反応を見せない。仲間が殉職した事に対する悲しさ、やるせなさと誰よりも進藤を可愛がっていた俺に気を遣ってくれているのだろう。
ありがたい。おかげで俺は捜査に集中できる。
ガチャッ――
そんな静寂の中だ、ドア一つ開く音がやけに響き渡る――が、ドアの方へと視線を向ける者は一人もいない。
「はぁ~お前ら……」
野太いその声の主は、月輪熊のようないかつい身体に髭もじゃの顔。
室内の重い空気にドアノブを手にしたまま捜査第一課長である高木康人は、室内には入らず立ち止まり溜息を漏らすしかなかった。
「いつまでやってるつもりだッ!」
俺以下室内にいる同僚達は、課の長である高木さんの叱咤に若干の反応を見せるが、それでも何かが変わる訳ではない。
むしろ、もっと雰囲気は悪化したというか……。
「勘弁してください、高木さん」
「川村……」
そう、俺の名前は川村、川村
「あいつがッ、進藤が殺されてまだ二日しか経ってないんすよ? どうやって立ち直れって言うんすかッ!?」
「だからと言って、俺らが消沈していてもしょうがないだろッ! 俺らがすべき事は、進藤の仇をうつべく、一日も早くホシを挙げる事だろうがッ! 落ち込んでる暇はねぇんだよッ! お前らが落ち込んでる間にあのクソ野郎はもっと人を殺すぞ? それでいいのか!? 俺が間違ってるか!? どうなんだ、えぇッ!?」
クソ、正論すぎて逆に苛立つが……。
「間違ってないっす、高木さんの言う通りです」
俺の言葉に高木さんは表情を和らげる。
「俺だって、進藤の事は……悔しいんだ」
「はい……分かってます」
別に事前に合わせた訳ではないが、二人して自然と生前、進藤が使っていたデスクに目が向き、黙祷を捧げるかの様に口を噤む。
そんな俺と高木さんにつられて課の全員の視線も進藤の机に向く。
「川村、必ず犯人を捕まえるぞ」
「勿論です……絶対この手でッ!」
高木さんは、俺の返事にうむと頷き、自分が入って来たドアに向かって「おい、入って来い!」と声を張り上げると、一拍置いてドアに人影が現れる。
ダークグレーのスカートスタイルのスーツを着こなした女が立っていた。
ふんわりとした、栗毛色のミディアムレイヤーボブとやや丸みを帯びた輪郭、クリっとしたやや垂れ目がちな大きな瞳に少し上向き加減の尖った鼻。その下に位置する、薄紅色の唇は両口角が吊り上げっている可愛らしい少女の様なあどけなさを持った女だ。
「失礼いたします!」と課内に響き渡る様な大きな声を発し、女は、力強い足取りで俺と高木課長の前に立ち止まり姿勢を正す。
「本日付で警視庁捜査第一課よりこちらで取り扱っています、連続殺人事件の捜査協力にきました、九条正美です。階級は警部補です。よろしくお願いいたします!」
「警視庁? 捜査協力? 高木さん、どういうことですかッ!?」
「刑事から被害者が出たんだ、上層部も本腰ってわけだ」
「ふざけないで下さいッ! これは俺達のヤマなんすよ!? なんで、キャリアの連中なんかにッ!」
「川村ッ、口を慎めッ!」
「でもッ! 痛ッ!」
高木さんは、俺の両肩を掴み目線を合わせる。
馬鹿力が……思いっきり握りやがって。
「川村、俺達は組織の一員だ。お前一人で刑事やってる訳じゃない。それに、次の標的はお前かも知れない。俺の言いたい事、分かるよな? 」
「……はい」
「よし! 九条君、待たせて悪かったね」
「いえ、問題ありません」
「こいつは、川村正義。君と同じ警部補だ。そして、このヤマの担当でもある」
「川村警部補、よろしくお願いいたします!」
ちッ、キラキラした目で見やがって。
「俺を呼ぶ時は、別に階級をつけて呼ぶ必要はねぇ」
「分かりました、川村さん。私の事は九条とでも正美とでも好きに呼んで下さい!」
「キャリアだか何だか知らないけど、足引っ張るんじゃねーぞ?」
「はいッ!」
「ちッ、嫌味も通じねぇのか……内容のすり合わせをする。ついてこい」
「分かりました! では、課長。失礼いたします!」
「おう、仲良くな!」
課長に温かく見送られた俺達は、会議室へと向かった。
◆
俺達は、会議室のテーブルを挟んで真向かいに座っている。
会議室のホワイトボードには、今回の連続殺人事件の捜査情報でギッシリになっていた。早くこのホワイトボードが真っ白に戻る日が来るといいんだが、と切実に思う。
「それで? どこまで分かっている」
「川村さんが出した捜査資料、報告書などは全て目を通しています」
「そうか、じゃあ、一から説明してみろ」
「はい、まず、第一の被害者は相沢健二。四十三歳。指定暴力団相沢組の元構成員で、組織の資金を横領した事で破門。殺害当初は無職。今から約三ヶ月前、街外れの廃工場にて死体で発見。死因は、頸部を刃物で斬られた事による出血多量。
第二の被害者は、相沢健一。四十五歳。指定暴力団相沢組組長で、第一の被害者である相沢健二の実兄。第一の事件から一ヶ月後に、相沢健二宅にて死体で発見。死因は、弟である第一の被害者相沢健二と同じく頸部を刃物で斬られた事による出血多量……この時、死体のポケットに、事件を担当している川村さんへ犯人から【川村正義ヲ捜査カラ外セ】
という声明文があった……あの……」
「あぁ……俺の事はいい。続けろ」
「……はい」
九条は少し言いづらそうに続ける。
「第三の被害者は……川村
「もういい。ちゃんと勉強してきた様だな」
「はい……その……この度は……」
「そんな事いちいち気にするな。俺達にはそんな暇も余裕もない」
と言った後、俺は、ふぅと深い溜息を吐き、一拍置いて再び口を開く。
「正直手掛かりなんてものは何にもないのが現状だ。だからと言って何もしないで指を咥えていてもこのヤマが解決するわけでもない」
俺は一度言葉を切り、立ち上がる。
「聞き込みにいくぞ」
「はいッ!」
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