かみ

 放課後の教室。

 夕方というには、まだ少し早い頃。人気のない懐かしさと寂しさの入り交じった、そこにひとつの人影。

 はためくカーテンにあわせて、長い髪がさらさら揺れる。


 彼女がじっと見上げているのは、教室の後ろの壁。そこには、子どもたちの作文が並んでいた。読書感想文だろうか。

 そのうちのひとつを彼女は身動みじろぎもせずに見つめる。


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「みみずのカーロ」を読んで  日暮 富喜生


 ぼくがこの本を読んだのは、たまたま家にあるのを見つけたからです。

 みみずの話の本は珍しいし、この前に授業で環境問題の話を聞いたので、面白そうだなと思って、読みました。

 この本で一番びっくりしたことは、紙は土になるということです。白くするための漂白剤が毒になることもあるけれど、木から作られているから、埋めると枯れ葉や枯れ枝と同じように土になるそうです。

 それから、切った枝をごみにせずに、苗木の根元に置いておく話も心に残りました。

 ぼくの家は飲食店なのですが、裏に小さな庭があって、そこにブドウとかリンゴとかの木があります。昔、おばあちゃんが木の手入れをしたときに、切った枝や葉を捨てずに根元に置いたり、コンポストで腐葉土にしたりしていたのを思い出しました。

 おばあちゃんはもう死んでしまって、今はお父さんが木の手入れはしています。コンポストには、料理で出た生ゴミとかも入れているそうです。うちのお店は意外と環境問題に配りょしていたのかなと思いました。

 この本が面白かったので、家の手伝いを頑張りたい気持ちにもなりました。とりあえず、出来ることから、始めようと思います。


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 人影はしばらくすると、小さくため息をついた。少し綻んだ顔はほんのり紅く染まっている。


 いつの間にやら、日は傾き、空は黄色へと変わる。何処か遠くで夕暮れを知らせるチャイムが響いた。

 ぶわっと冷たい風が教室に流れ込み、カーテンを大きくはためかせる。


 静まり返った教室には、誰もいない。優しい闇がじんわり近づく。


 …さて、もう今日はこれでおしまい。また明日。


 ※参考文献…今泉みね子 著,『みみずのカーロ:シェーファー先生の自然学校』,合同出版,1999

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枝は腐っちゃただの土か おくとりょう @n8osoeuta

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