実のない無花果の木に

黄かも死れない僕らの終わり

神無月。吊られた蛙はぶつぶつと

 無花果イチジクの木のすぐ側で。誰かがそっと呟きました。


******************************


 あたりを漂う苦い香りが堪らなくなって、目をギュっとつぶった。木の匂い、この木の匂いだ。

 真っ暗な闇の中でも、あのベタっとした白い樹液がすぐに思い浮かぶ匂い。触ればかぶれてしまいそうな白い汁。

 熟れた実はふわっと柔らかくて、あんなに甘くて美味しいのだけど。

 何となく、木の枝を見渡した。…もちろん、この木に実はついていない。


 天狗の団扇うちわみたいな、カエデみたいな割れた形の葉。その葉の隙間から、丸い月とともに輝く星がチラチラ見えた。

 …星は綺麗だとは思うけど、とうとう僕にはただの光の点にしか見えなかったな。名前も知らない星座の一部をぼんやり眺めて、ついついため息がこぼれ出た。


 神様なんているわけない。


 10月神無月だとか関係なくて。出雲の国にも神はいない。

 だって、いるなら…。いるなら、どうして僕ばかり…。

 思い浮かぶのは明るい世界。

 みんなはいつもニコニコ笑って、僕も負けじとへらへらわらう。

 『笑う門には福来ふくきたる』? 僕のトコにも福はる?

 僕もみんなにあわせてわらえば、毎日楽しく生きてける?


 ……あぁ。ねぇ、神様。

 もしいるのなら。もしいるのなら、少しだけ。少しだけでも僕にも運を。

 ウンチじゃなくて、運が欲しい。臭いベトベトは…。あぁ、もうたくさん。



『先はまだまだ長いから』

『世界は広いし、良い人もいる』

『越えられる壁しか神は与えない』



 ……うるさい!五月蝿うるさい!もううるさい!


 先が長いなら、嫌なこともたくさん。

 世界が広いなら、悪い人だってたくさん。

 …乗り越えなけりゃ、どうなるの?


 ねぇ、神様。

 もしも、もしもこの先があって。

 そこで僕は幸せですか?

 もしも、もしも良い人がいて。

 その人と僕、仲良しですか?

 もしも、もしも乗り越えたとして。

 僕も笑顔でいいですか?


 悪人ばかりが笑顔な世界、

 笑顔の僕は悪くない?

 自分勝手になってない?


 あぁ、もう誰か。

 今の僕は悪くない?

 嫌な気持ちは誰のせい?


 もしも、もしも悪が不要な物ならば。

 要らない僕も悪い人?


 悪が嫌われものなのか、

 嫌われものが悪なのか。


 ぐるぐるぐるぐる頭は回る。

 だけど、何にも考えたくない。


 答えも神も出ることはなく、ただただ首で血が止まる。黒く腫れてく僕の顔。

 縄がギュウッと首を絞める。僕の重みが苦しめる。

 まだまだ死なない僕の心。終わりの時間はまだまだ続く。


 …あぁ。


「ご飯をもっと食べれば、よかったかなぁ」


 パンパンパンな頭の中で、僕はぼんやり考えた。


 美味しいご飯は幸せだったし、きっともっと太っていたなら、もっときっとすぐに首が絞まった。…かもしれない。


 …うん…かもしれないかな……もう知らない…。


 もがく僕の身体に合わせて、枝がギシギシ軋んでる。


 天使も死神も…迎えになんて来やしないし…。


 真…っ黒の闇すら…もう…見えやしない…し。


 あぁ…何にもしてない僕はひとり…。


 苦しい。


 頭の中に深い水が満ちていくようで、沈んでいくようで…。


 …ここは暗い水の中。きっと冷たい水の中…。



 ―――。



******************************


 星の輝く夜空には、ひとつの雲も出ていません。…誰かにはきっとそう見えました。


 私はまーるい月を見ました。

 月の影までよく見えました。

 兎や蛙が跳ねていました。ぴょんぴょこぴょんぴょこ愉しげに。

 飽きたら、こっちに降りてきて。きっと甘い果実が熟れてるよ。

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