5-5 永訣

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〇月×日△曜日

 両親には私と玲太が大喧嘩をして、玲太は家出をしてしまったと伝えてある。

 その間に道之駅で玲汰を探していると、御守りが落ちていた。木製の鈴の御守り。ストラップ部分が引きちぎれていて、薄汚れていて、これは……私が玲汰にあげたものだ。

 もしかすると、玲汰は、もう……怪異によって……。

 会いたい。玲太に、会いたい。


〇月×日△曜日

 今晩の丑三つ時に、オカ研の皆があの廃墟ビルの“異世界エレベーターの噂”を試すと言っていた。彼らはまだ怪異がこの世に存在することを知らない。非常に危険だ。

 玲汰のように誰かが居なくなってからでは遅い。止めなければ。

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【ハザマさん】


 ハザマさんは本が好き。


 彼女にお願い事をするときは、本を一冊持って、誰も居ない部屋のドアに四回ノックして。


「ハザマさん、ハザマさん、いらっしゃいますか。いらっしゃいましたら、一度ノックをお返しください」


(ただし、実行する前に部屋の中を確認してはいけない。ハザマさんが逃げてしまうから)


 もし持って行った本がハザマさんの好みのものなら、ノックが返ってくる。


 そして、ハザマさんに会いたい人の名前を告げる。すると、ハザマさんがその人をここへ連れて来てくれるの。


 ただし、もし持って行った本がハザマさんの嫌いなものだったら……そのまま“ハザマ”に引きずり込まれてしまうから、気を付けて。


 どうしても会いたい人が居るなら、試してみるといいかもね。


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 日付は、異世界エレベーターが行われた当日になっている。


 ページ端の血痕に目が留まった。


 玲汰は本を持ったまま椅子から立ち上がり、教室を出ようとして入口へ向くと、カメラを構えた女子生徒が立っていた。


 パシャリと、シャッター音が教室に響き渡る。


「真美……」


 真美はファインダーから目を離して、曇った表情を見せた。


「そんな真剣なカオして……どこ行くの?」


「……部室だよ。ここでずっと本を読んでるより、部室のほうが集中できるかなって」


 今思いついた事をとっさに並べた。自分でも顔が強張っているのが分かる。嘘を吐いている事は、彼女にはきっとバレバレだろう。


 真美は玲汰が持っている本に視線を移した。


「その本って、病室に置いてあったの、だよね」


「そう……だけど」


 玲汰が肯定した瞬間、真美が何かを堪えるように唇を噛んだ。


 そんな仕草を見て、彼女がこの本の中身を見ている──事実を知っているという事が分かった。それも、玲汰が入院した日から──二ヶ月も前から。


 真美とは読書仲間だった。友人が何を読んでいるのか気になって見た、そんな軽い気持ちでページをめくったのだろう。ハザマさんという怪異を追っていた間の彼女の、何かに怯えていたような不安気な様子は、ハザマさんという怪異に向けたものではなかったのだ。


「……良かったら、これから一緒に写真を撮りにいかない? 八重子ちゃんも一緒に。近所の公園できれいな紅葉が見られるし、きっと良い写真が撮れるよ。綺麗な景色だから玲汰くんと一緒に見たいな……そうだ、落ち葉で焼き芋もしよう、絶対おいしいよ──」


 彼女の言葉にはいつものような、溢れてくる言葉を次々に吐き出すような勢いはなかった。きっとその言葉に偽りはないのだろう。けれど、どんどんペースが落ちて行って、無理やりに考えて紡いでいる風になっていった。


「野球部が終わったら守人くんも呼んでさ、だから──」


「ごめん、真美。もう行かなきゃ」


「……っ」


 びくりと肩を震わせて、真美は目に涙を溜めた。


 これから玲汰が何をして、どうなってしまうのか。それを察しているのかもしれない。


 真美の隣を通って教室を出ていく。


 そのとき、


「玲汰くんっ、私ね!」


 玲汰は彼女に背を向けたまま、一瞬立ち止まる。


「私ね、玲汰くんのことずっと……ずっと、好きだよ」


 答は玲汰の中では既に出ていた。真美も分かっているのだろう。ただ、今まではそれを聞く勇気も答える度胸もなかっただけ。それが今、こういう状況になって──もう二度と、その受け答えができなくなってしまう。それが分かったから。


「……ありがとう。ごめん」


 玲汰は断腸の思いで返事をした。


「八重子の事、頼んだよ」


 言って、廊下を走って行った。


 真美の溢れる涙を拭うことは、できない。

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