5-3 畢竟

「ハザマさんって知ってる?」


 その言葉を耳にしたとき、その場に居た真美も守人も含め、オカ研の皆が反応を見せた。


 夏休みも終わって通常授業が開始されてから数週間。いつも通りの午後、昼休み。自分の席で昼食の菓子パンをかじっていたところに、そんな会話が聞こえてきたのだ。


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【ハザマさん】


 会いたい、でも会えない。そんな人が居るなら、ハザマさんにお願いしてみるといいよ。


 本を一冊持って、誰も居ない部屋のドアの前で、四回ノックして。


「ハザマさん、ハザマさん。いらっしゃいましたら、一度ノックをお返しください」


 もし持って行った本をハザマさんが気に入ったなら、ノックが返ってくる。


 そして、ハザマさんに会いたい人の名前を告げるんだ。


 そうしたら、扉が開いて、ハザマさんがその人を連れてきてくれるんだって。


 でも、持って行った本がハザマさんの嫌いなものだったら“ハザマ”に引きずり込まれちゃうらしいから、気を付けてね。


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「今日さ、由梨が休んでるでしょ。こないだ、これ試してみるって言ってて。もしかしたらハザマに連れていかれたのかも」


 そんな噂話を聞いてから一か月後。この日は真美と八重子は写真部、守人は野球部の活動があるためオカ研同好会は休みとなっていた。


 玲汰は放課後に一人、誰も居ない教室に残り、噂話の内容を頭の中でめぐらせながら、机に置いた一冊の本を前に葛藤していた。


 どうやらハザマさんという都市伝説は他校でも徐々に広まっていっているらしく、行方不明者がぽつぽつ出ていると聞いた。ただ、その行方不明者というのが、半数以上が数日後、遠方で発見され帰ってくる人も居るのだという。それ以外は未だに見つかっていない。


 再び怪異による事件が発生してしまったのかもしれないと思うと頭が痛くなる。


 幽香が居なくなってから二か月以上が経っていた。


 大ごとになった場合、幽香抜きで解決することができるのか心配だったし、それに今流行り始めている怪異“ハザマさん”と狭間幽香には何か関連があるかもしれない、という部分にも不安を感じている。幽香が居なくなってからハザマという都市伝説が流れ始めたという事実が、それに拍車をかけてくる。


 今日に至るまでに数週間かけて、玲汰はオカ研メンバーと協力して“噂地図”を作成し、ハザマさんの噂の元を辿って行った。その先に待っていたのは「ネットの掲示板で見たんだ」という台詞だ。その掲示板も、見てみればなんてことない、有象無象の都市伝説が溢れるちゃちな掲示板だった。ハザマさんが書き込まれたスレッドを見ても、反応も薄く、偶然広まったに過ぎないと判断せざるを得なかった。


 そして、この書き込みをした人を特定することも、玲汰達にはできなかった。ただ、やはり様々な板を経由してくうちに、都市伝説の内容は少しずつ変化していっていた。より不気味にさせたもの、明るい内容にしたもの──。


 行方不明となった生徒についての情報も集めたところ、行方不明のまま見つからない生徒には共通点があった。それは、校内での素行があまり良くない生徒たちだということだ。大方、どうせただの都市伝説だろうと踏んで“ルールを破った”のだろう。彼らはきっと“ハザマ”に引きずりこまれてしまったのだと思われる。


 オカ研メンバーも、特に真美は、ずっと不安気だった。きっとこの怪異が大勢を危険に晒してしまうのではないかと心配しているのだ。


 行き詰まった果てに、カバンにしまったままずっと眠らせていたこの、幽香が持っていた本。幽香がいつも読んでいたこの本に、いよいよ目を通さなければならない日が来てしまった。そんな気がしていた。


 幽香がこれを残して居なくなってから、この本の中身はずっと気になっていた。幽香は何を読んでいたのか、何が書かれているのか、そして彼女は何を思っていたのか。すぐに見てしまえばそれでこの気がかりは解決するのだろうけれど、しかしそうしてしまえば、もう二度と幽香に会えないのではないか、と、そんな根拠もない漠然とした不安が巻き起こって、表紙を開くことができなかった。


 何も知らずに居られれば、また会えるのではないかという希望を持っていられる。それを、この本の内容を見れば打ち砕かれそうで怖い。


 幽香が居なくなってから長い期間、夏休みに入ってからは、忙しい部活動に身を置いているわけでもなく、課題も全てさっさと終わらせて時間を持て余していた。その間、玲汰の頭の片隅には常に幽香の事があった。そして、彼女の事を考える時間はたくさんあった。


 狭間幽香と、ハザマさん。


 玲汰の中で、仮説はほぼ組みあがっていた。そして恐らく、そこへはめる最後のピースとなるであろう、この本の内容。


 玲汰は汗ばんだ指先で、机の上にぽつんと置かれている本の表紙をつまんだ。


 狭間幽香とは何者なのか。そして、雨谷が口にした「玲汰(お前)は消したはずなのに、何でここに居るんだ?」という疑問。


 これらの答えが、今学生らを中心に騒がれている“ハザマさん”を止める手立てになるかは分からない。それでも。


 固唾を飲み、恐る恐る、めくった。


 最初のページを見て、これは本ではない事が分かった。メモ帳だ。そして、内容はとても丁寧な字で、一見まるで本当に本であるかのような構成で書かれている。


 手に取ってぱらぱらとめくると、たくさんの怪談話が書かれていて、これはアイデアをまとめたもののようだった。


 そして玲汰はこの字に見覚えがあった。優香の字だ。義母が書道家だから、優香とは一緒に字の練習をした。よくその出来栄えを比べ合ったから分かる。これは“優香”のメモ帳だ。

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