4-9 果断


「じゃあ、部室の鍵を堂々と取ることができて、金庫の存在も、その中に猿の指が入っていることも知っている……かつ金庫の鍵も所持している人物が居る、ということね」


 そんな人、本当に居るのか。しかしじっくりと脳内の記憶を探っていくと、思い当たる名前が浮かんできた。すぐにそれを否定したが、でも、その人以外には思い当たらなかった。


「……雨谷先生?」


 雨谷恵子。現在玲汰のクラスの担任で、かつてのオカルト研究部の顧問、そして現在のオカルト研究同好会の顧問である女性教師だ。


「雨谷先生なら、職員室の鍵は自由に持ち出せるし、部室の金庫の事も知っているし鍵を持っていたとしてもおかしくない。

 それに、今朝おれが猿の指を部室へ持って行く際に会っています。八重子を使って猿の指をばら撒いた張本人ならば、彼女から猿の指を回収された旨の報告を受けて、おれが部室にそれを隠しに行ったのではと疑うでしょう。

 加えて、おれたちが体育の授業を受けている間に教室へ入って、空の御守りに再び猿の指を仕込み、各々の水筒やペットボトルに睡眠薬を入れることだってできる。教師なら、他のクラスが授業中であったとしても、外を歩いていようが廊下を歩いていようが怪しまれることはないですし」


 今朝の雨谷との会話を思い出す。玲汰が同好会の活動に勤しんでいる姿を見て微笑んだ顔。嬉しいと言ってくれた事。そのすべてが嘘だったというのか。今まで部活動に入るよう勧めてくれたのも、優香の事で気にかけてくれていた事も、全て──。


「でも結局、推測の域を出ません。八重子と同じで、証拠がない……」


 確信は持てない。心のどこかでは、事実であらんことを願っている。だが。


「雨谷先生が、ね。……でも、可能性が非常に高いわ」


 黙って玲汰の話を聞いていた幽香が、人差し指をあごにあてて語りだした。


「十七年前、鈴木家で火災が起こり、三人が死亡。その内の一人、娘の彩は雨谷先生の同級生であり、親友だった。これは、以前玲汰クンが申請用紙を貰いに行った時に得た情報よね。

 二年前、道之駅で三人の生徒が死んだ。彼らは雨谷先生が受け持つオカ研部員だった。

 その一か月後、風間優香が失踪。同じくオカ研部員。

 そして一か月半前、くねくねが出現した場所は、鈴木家。第一目撃者は瀬和さん。くねくねの正体は鈴木家に放火した犯人であり、彼は鈴木彩と雨谷先生の同級生だった。

 半月前にタッちゃんが出現した場所は、三人の生徒が死んだ道之駅。噂を最初に話したのは瀬和さん。タッちゃんの正体は、二年前そこで死んだ三人の生徒のうちの一人。

 そして今回、猿夢の発端となった猿が最初に発見されたのは、玲汰クンが目撃した鈴木家の納屋付近。そして猿夢を最初に“見た”と話したのは瀬和さん。猿夢に出る猿の正体は、鈴木家の地縛霊だったくねくねによって焼死した、野生の猿。

 ちなみに、瀬和さんが所属している写真部の顧問は雨谷先生よね」


 それを聞いて、玲汰は言葉が出なかった。


 雨谷は全ての事件の被害者に関係性があるのだ。偶然にしてはできすぎている。


「でも、鈴木家に火を放った犯人は別の同級生で、雨谷先生じゃないですよね」


「犯人は抜け道を知っていた。家族意外は知らないようなものを、どうしてかしら。仲が良かったら知っているかもしれないけれど、あの写真を見るには一方的な片想いだったように思えるわ。そんな彼がどうして? 雨谷先生は彩さんととても仲が良かったようだけれど」


「雨谷先生は鈴木彩から教えてもらっていて、それを彼に教えた、と。……ならどうして」


 そこで、あの写真が雨谷のデスクに飾られていた事を思い出した。そこには、守人の兄である修人も写っていた。彼も同級生だった。


「事情を知ってそうな知り合いがいるので、ちょっと訊いてみます」


 玲汰はすぐに修人に電話を掛けた。想定よりも早く、彼は電話に出てくれた。


 スピーカーから聞こえた「もしもし」という言葉に、食い気味に質問を投げつける。


『え、あぁ……雨谷とは確かに同級生やけど、それがどないしたんや』


「雨谷先生の友人に鈴木彩という生徒がいましたよね。二人はとても仲が良かったとか」


『……確かにそうや。でも何でお前がそれを』


「二人は何かトラブル……喧嘩とか何か、してませんでしたか」


『かなりデリケートな話や。鈴木彩は……もう死んでおらん。何でお前がそんな事を訊くんや』


 やはりそこでつまった。仕方がないことだが、急を要する事態なだけに、さっさと教えろとイラついてしまう。それをぐっとこらえて、


「最近、雨谷先生の元気があまりなさそうで。訊いても、昔の友人の事で少し悩んでいるとしか言ってくれなくて……おれ、先生によくお世話になっているので、何か力になりたいんです。それで、少し調べたら仲が良かった友達が居たとかってことで……」


『そういうことか。……分かった。でも、この話は内密にな』


 よくもまあそんなでまかせが喉からするすると出るものだと、自分で思った。修人は昔話を始め、それを聞いて幽香も「すごい」と声に出さず言った。


『二人はかなり仲が良くてな、お互いに親友やと言うてた。周りもそれを認知しとった。でもある日、二人がでかい声出して大喧嘩したんや。雨谷は当時好きな奴がおったらしくてな、どうやらそいつが鈴木の事を好きらしいという事を人づてに聞いてしもたんや。鈴木は結局、誰とも交際せんかったんやが、それ以来二人は全然つるまんくなってな』


 まさか色恋沙汰が原因とは。どうやらそれ以降二人は仲直りすることなく、鈴木彩はこの世を去ったようだ。


『まさかあんな事になるとは思ってなかった言うて、雨谷のやつはしばらく学校を休んどった。その日からクラスの生徒が一人行方不明になるしで、皆てんやわんややったわ』


「あの、鈴木彩さんってモテたんですか。例えば、他の男子生徒からも言い寄られるような」


『美人やったからな。それに、誰にでも平等に接する子やった。クラスの端っこで一人ポツンとおるようなヤツにもな。せやから、勘違いされる事も結構あったみたいやわ。行方不明になった生徒も、多分鈴木の事が好きやったやろな。ぶっちゃけ俺も鈴木の事好きやったし』


 玲汰の頭の中で、仮説が組みあがっていく。くねくねが誕生するまでのプロセスが。


「あと、もう一つ。話は変わりますが、修人さんと雨谷先生は先生同士ですけど、何か……お互いに相談とかし合ったりするんでしょうか」


『相談か……この町でお互い教師に配属されたって知ったときは、割とマメに連絡は取りあっとったかな。最近はあんまりやけど』


「なるほど。例えば、問題行動の目立つ生徒に困ってる、とか……」


『あー、そういやあったな……確か二年くらい前……部活動の生徒が不真面目で困っとるっちゅう相談、受けた気がするわ』


「それって、もしかして三名の男子生徒だったりしませんか」


『おぉ、よう分かったな。その通りや。なんでも、校内でタバコを吸うわ、キレたら暴力振るってくるわとかでな。一回、学校で問題になったはずや。そんときは保護者も呼んで話し合いで済んだみたいやけど。にしても、雨谷はアレでかなり苦労しとるヤツやからな。玲汰も、あんまり迷惑かけんようにな』


 訊きたい事は聞けたので、まだ何か喋っていたが構わず通話を終了した。


 修人から一連の話を聴いても、まだ信じられないという気持ちだった。


 鈴木彩にしても、生徒三名にしても、どちらにも雨谷が殺す動機があったのだ。


「雨谷先生は鈴木家の抜け道を知っていたのでしょうね。自分が想いを寄せる人の気持ちを盗んだ鈴木彩を許せず、彼女に好意を持っていたクラスの目立たない生徒に抜け道を教えた。

 ちょっとした仕返しのつもりだったのか、本当にああなる事を目論んでいたのかは分からないけれど、結果的に鈴木彩を殺すことになったのね。男子生徒三名については、問題行動から殺人に至ったと言えばそれで納得はできるわよね」


 そういえば以前、雨谷が部活動に入るよう勧めてきたとき、偶然ひっかかってめくれ上がった袖から露になった前腕に、根性焼きのような跡が見えた事があった。もしかするとあれは、彼らから受けた暴行の跡だったのではないかと今更ながら想像できた。


「でも、なんでおれたちを殺そうとするんでしょうか。優香も、雨谷先生に……殺されたかもしれないなんて」


 鈴木家の件や三名の男子生徒が自殺した事件については修人の話を聞いて信憑性が増した。動機の想像も難しくない。しかし、以降の事件については関連性は考えられるものの、動機が何なのか思い浮かばない。


「そうね。もうこれ以降は何を話しても完全な想像の範疇に留まってしまうわ。私たちが今、この限られた時間の中で調査できるのはここまでよ。いずれにしろ、部室の金庫から猿の指を回収できるのは雨谷先生しか考えられないわ。後の事は、本人から直接聞いてみましょう」

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