4-2 誤解
八重子も明晰夢を見ることができるらしく、そのときは何とか目を覚まして逃げることができたそうだ。だが、今回は臨時放送に名前を乗せられたからには、次逃げ切ることは叶わないかもしれない。
昏睡状態が続いている、彼女の兄である慶人は今も猿夢を見ているのではないだろうか。目を覚ます事ができない以上、逃げ切る事はできない。
玲汰は臨時放送を見たとき、次に襲い掛かってくるのはタッちゃんなのではないかと予想していたのだが、幽香も霊感から眠りが関係しているのではないかと言っていた。そして現に、八重子も実際に体験したと言っている。
臨時放送は死因を提示したりはしない。最悪の場合、両方いっぺんに襲ってくる可能性だってあるのでは。幽香もそれは否定しなかった。
「そういえば私も見た気がする」
真美が考え込むようにして言った。
「私、夢はよく見るんだ。すぐ忘れちゃうんだけど……八重子ちゃんの話を聞いて、それっぽい夢を見たのを思い出したの」
「すまん。俺は全く見ん。見とるんかもしれんけど、全く覚えとらんのや。……でも、今日クラスの何人かが、猿夢の話しとった気がする」
「してたしてた。玲汰くん、ずっと深刻そうだったから気付かなかったかもしれないけど」
「あ、私のクラスでも言ってる子たち居ましたよぉ」
言われて記憶を遡ったが、NNN臨時放送にクラスメイトらの知った名前が載っていた覚えはなかった。念のため猿夢を見たと話していた生徒の名前を聞いたが、やはり放送で見た覚えはない。一年生に知り合いはいないので、八重子のクラスメイトの名前があったかどうかは確かめようがない。
臨時放送で流れたオカ研メンバー以外にも猿夢を見た人が大勢居たということは今後、オカ研メンバー以外にも大勢犠牲になる可能性があるということか。
「夢で見た猿夢は、どんなだった?」
「私が見たのは、ネットとかの噂話とだいたい同じだったよ。でもちょっと違う部分があって、一つは最初に居る駅の名称が“現世(うつしよ)”って所だったこと。二つ目に、やってきた電車が猿列車じゃなくて普通の電車だったこと。それに、小人は一匹だだったよ」
やってきた電車は薄汚れていて中は一面赤黒く、その中に小人が一匹、ぽつんと立っていたそうだ。暗くて詳細はよく見えなかったという。
「といっても、私が見たのがこういう内容だったってだけで、他の皆が見た内容もそれぞれ少し違うみたいだし」
「くひっ。私が見たのと違いますねぇ。私のは地下鉄のホームで、他にもたくさん人が電車を待ってました。その中には猿もいっぱい混ざってました。車両は普通の電車でしたけど」
真美が見た夢との共通点は、普通の電車だったという点のみか。
「私、そういえば夢って、今までの記憶の整理をしてて、その中から断片的に組み合わさった映像を見てる……みたいな話を聞いたことがあるよ」
真美が言った。
睡眠中の脳は今まで得た記憶を整理しており、その映像は整理中に再生されていて、それが夢である、と言われている。つまり猿夢を見てしまっているのも、彼らの記憶にそれを構築しうるだけの記憶があったのではないか、ということだ。
「玲汰くんは最近、ニュースは見た?」
「そういえば、くねくねがひと段落してからは見てないかな」
「道之駅を通る電車でね、猿の焼死体が見つかったんだって。指の無い、猿の死体が」
焼死体と聞いて、鈴木家の納屋付近で見かけたものを思い出した。それと同一のものなのかは分からないがもしかすると、誰かが電車の中に隠したのかもしれない。玲汰が鈴木家を去った後に、それも指を切り取って。
「じゃあ、電車と猿の焼死体の印象を結び付けて猿夢を連想したから、猿夢を見たってことか」
「猿夢を見たって話してる人は、道之駅のサッちゃんの噂も知ってたよ。隣町から電車に乗って登校してる子だし」
彼らが「猿夢を見た」と言っているなら、猿夢の都市伝説を最初から知っていたということだ。夢は記憶から作られるのだから、知らないものを見ることはできない。
「八重子のクラスメイトはどうだ?」
「そうですね、隣町から通っている子たちでした。きっと、自分たちが毎日乗ってる電車から猿の死体が見つかったとかで、気味悪かったんでしょうねぇ……」
「せやけど、もしそうなら何でただの記憶の印象で見た夢が、死ぬ事に繋がるのかってことや」
守人の言う通り、ただの夢なら死ぬことなどない。玲汰自身も、アクション映画を見た日の夜に刺殺される夢を見たことがあるが、死んでなどいない。
それに、気になる点で言えば、慶人が昏睡状態である事と今回の猿夢が本当に直接関係しているのかどうかが気になる。彼がそうなったのは半月ほど前で、タイミングがかなりずれている。全く別の要因からそうなって、偶然今回の件が重なったという可能性だってあるのだ。或いは、死ぬ一歩前の段階で昏睡状態にさせられるのか──。
「ひとまず、今話したこれらは犠牲者予備軍の共通点として上げられる。もしかすると、道之駅にまだ何か手がかりが残っているかもしれない」
「今から行って、調べようや」
守人が勢いよく立ち上がった。
「でも、あそこにはタッちゃんが居る。電車も乗ったらきさらぎ駅に行ってしまうかもしれないし、今はもう黄昏時に入り込んでて危ない。行くなら、明日がいい」
くねくねのときは、それに因縁のある場所である鈴木家でそれと対峙し、写真を使って直接ケリを付けた。その例に倣って、今回もその猿夢を見せている元凶を探し出して解決するしかない。しかし、危険は冒せない。
「明日って、今夜死ぬかもしれんのやぞ?」
守人の言う通りだ。実際に猿夢をどうにかしなければならない。そのためにまずできること。
「……今夜は寝ないでおく、とか。臨時放送があった翌日に、皆は犠牲になってしまう。猿夢で犠牲になる可能性が今最も高いと思われる以上は、夢を見ることを避けるべきだ」
「その通りなんやろうけど、きついなぁ」
守人は野球部だから、運動なんてすれば疲れてすぐ眠ってしまうだろう。しかし。
「命がかかってるんだ。体調不良でもなんでも、今日と明日は理由をつけて休んだほうがいい」
「私も結構早寝早起きなんで、ちょっとつらいかもですねぇ……」
「寝落ちしちゃわないように、目覚ましをかけておいたほうがいいよね」
言って、真美はスマホでアラームをセットしはじめた。八重子もそれに続いている。
「眠ってしまいそうなときは、一時間半ごとにアラームをセットしておくと良いかも。睡眠時はレム睡眠とノンレム睡眠を繰り返してるって言われていて、レム睡眠は浅く、ノンレム睡眠は深いらしい。
浅い眠りのレム睡眠時に夢を見るらしくて、だいたい一時間半ごとに繰り返されてると。夢を見るタイミングでアラームが鳴って目を覚ませれば、猿夢を回避できると思う……って狭間先輩がメッセージで言ってた」
「あとは、明晰夢じゃないとできないのかもしれないけど、もし猿夢を見ちゃったら、電車に乗らないようにするとか……乗るしかなくなったら、できるだけ前の方に座るとか、かな」
都市伝説の話では、「乗るとひどい目に遭いますよ」とアナウンスが流れる。そして、惨殺は電車の後方から前方へと一人ずつ行われていく。どうしても避けられなくなったときは、それがベストな行動だ。
「なぁ、このこと他のやつらにも言うたほうが良いんとちゃうか」
猿夢を見たと話していた生徒たちにも危険が迫っている可能性がある。守人はそれを危惧しているのだ。しかし真美はあまり乗り気ではないようで、
「でも、猿夢で死ぬかもしれないから寝ないでとは言えないよ。臨時放送に皆の名前がなかったから大丈夫とは思うし……」
それに、玲汰は口には出さなかったが明日、もし名前の無かった誰かが猿夢の犠牲となり、死ぬ(ことはないにしろ)か昏睡状態になるかならないかで、オカ研メンバーが狙われているかそうでないのかが今よりはっきりする──そう考えた。
その後も皆、思い思いの解決策を提案し続けたが、少し頭を休めようと言うことになった。
この時期は蒸し暑くて喉が渇く。食堂の前にある自販機へ飲み物を買いに行き、その道中。
「そういえば例の先輩は、何か言ってないんですかぁ?」
自販機で好みの飲み物を探しながら、八重子が玲汰に聞いた。
「……いや、なんか返事なくてさ」
「そうなんですかぁ。今こそ、アサマセンパイの力を借りたいところですよねぇ」
ボトルのキャップを開けながら言った八重子の言葉に、玲汰は違和感を覚えた。
「まぁそうなんだが……今、何センパイって?」
きょとんとした八重子は唇から飲み口を離すと、
「えっと、アサマセンパイって」
「あれ、違うの?」
どうやら真美も、オカ研の先輩の名前をアサマだと勘違いしていたようだ。
「ハザマ、先輩だよ」
今度は聞き間違えないようにはっきりと先輩の名前を告げた。
「あ、やっぱりそうだったんだ。私、最初ハザマって言ってた気がしたんだけど、八重子ちゃんはアサマって聞こえてたらしくて。あの日、オカ研の部室に行く途中にすれ違った人がアサマって名前らしかったから、てっきり」
「ってことはじゃあ、あの人はオカ研の先輩じゃなかったんですねぇ……」
どうやらあの日以来、八重子は再びそのアサマさんを見かけていたようで、その時はクラリネットを持って音楽室のある階へ向かっていたため、オカ研と掛け持ちをしている先輩なのだと思っていたそうだ。
「最近オカ研に顔を出さないのも、吹奏楽が忙しいからかなと思ってたんですよねぇ」
各々が飲み物を買って、また部室へと来た道を戻っていく。
その中で玲汰は今朝、幽香から送られてきていたメッセージを見返した。
『三年生の浅間智花という生徒が、瀬和さんのお兄さんと同じ病院に、同じ症状で入院中らしいわ。彼女は吹奏楽部に所属していて、見た目も長い黒髪みたい。誰かが私と見間違いそうね』
彼女はこう言っている。「もしかすると、誰かがオカ研メンバーを殺そうとしているかもしれない。それも怪異を使って」、と。それは飽くまで推測でしかないが、幽香は真美と八重子を怪しんでいるらしい。
これまでの事件の中で標的とされてきたのは皆、オカ研に関連する人物、という共通点がある。それなのに今回はオカ研と直接関りのない人たちが標的となった。
慶人に関して言えば、八重子の兄だからとこじつける事もできるが(或いはくねくね事件のときに八重子とその話をして関りを持った可能性もある)、浅間智花は違う。部員や雨谷に確認してみても、大きな接点はなかった。では何故標的にされたか。それを考えると、真美と八重子の勘違いが引っかかってくる。オ
カ研メンバーの中で、幽香と会った事のある人物は玲汰だけで、守人や真美、八重子は彼女の事は名前だけしか知らないという事を踏まえた上で。
二人の、狭間と浅間という聞き間違い。幽香と智花の風貌はどちらも長い黒髪。智花はどうやらクラリネット奏者らしく、であるならいつもオカ研部室の隣の部屋で練習していた事だろう。真美と八重子が勘違いしてしまうタイミングがあったなら、二人が以前、初めてオカ研部室に来た時だ。すれ違ったときに、彼女を間違えて“オカ研の狭間”だと思い込んだのだ。オカ研に関連の無いはずの智花がもし本当に怪異によって昏睡状態になってしまったならば、こうした「人の勘違いによってオカ研の人間だと思われ、怪異に襲われた」と推測ができる。
そんな、幽香によるとんでもない考察に玲汰は動揺したが、そこは冷静になって幽香の意見について考えてみた。
八重子について。まず彼女は、くねくねの第一発見者だった。そして鈴木家の地下室を知っていた。そして真美にサッちゃん(現タッちゃん)の話を聞かせた(思い出させた)。浅間を狭間だと思ったこと、などがある。
真美についても、くねくねに呪われた最初の一人であること、自らを犠牲にして玲汰たちを鈴木家に行くよう仕向けたとも考えられる。危険だが、自身で呪いを解けた可能性もある。また、玲汰を道之駅へ連れ出したことや、八重子と同じく狭間を浅間と間違えたことなど。
とはいっても、玲汰にとって真美は中学時代から親しい友人で、彼女の性格もよく知っている。こんな事をする人物とは思えない。第一、動機が見当もつかない。八重子の事だって、知り合って間もないが良き後輩で、オカ研を盛り上げてくれている人物の一人だ。彼女もこんな事をする人だとは思えない。
それは、まだ彼女の事を知らないだけかもしれないが──どちらが怪しいかと言えば真美よりも八重子、とは思う。もし八重子が犯人だったとして、ならば何故自らの兄に手を掛けるのか。以前、彼を優しい兄だと言っていた八重子が、とても嘘を言っているようには見えなかった。
「八重子、この後お兄さんのお見舞いに行ってもいいか? 心配だし、それに何か手がかりが見つかるかもしれない」
「いいですよぉ。きっと兄も……喜ぶと思います」
真美や守人も、慶人のお見舞いには賛成の様子だ。
慶人の名前が臨時放送に載っていた事と、幽香が第六感で察知した事から、彼が今昏睡状態にあるのは怪異による仕業である可能性は高い。また、このタイミングで彼と同じ症状で入院した智花もそうである可能性はあるが、まだ確証がない。
ともあれ、二人が本当に怪異によってそうなってしまったのかは調べなければならない。
『今日中に、お見舞いと言って二人を調べてきて頂戴』と幽香から指示も来ている。
守人に話したほうがいいだろうかと思ったが、幽香は誰がどう繋がっているのかが分からない以上、彼にも黙っているほうがいいと言われた。それに、くねくねをその日の晩にどうにかしようと玲汰を駆り立てたのも彼である、と。確かにその通りだが──彼を騙しているような感じがして気分が悪かった。
『二人がもし犯人だったとして、おれたちを殺そうとする理由はなんですか?』
それに、もし今起こっているこの事態が二年前の三名の自殺と優香失踪に関連しているならば、真美、八重子、守人たちとどう結び付けられるというのだろうか。
幽香に送ったこのメッセージには、まだ返事が来ていない。
「どうかしたの、玲汰くん」
深刻な面持ちで俯き気味になっていた玲汰の顔を覗き込んで、真美が心配そうに尋ねた。
「いや、なんでもないよ」
「お前は放送に名前が無かったんやから、そんな心配することないやろ」
守人のその言葉に、玲汰は少しむっとした。
「お前らが死ぬかもしれないのに、そんな風には思えないって」
玲汰に言われて、守人は表情をほころばせて肩を叩いてきた。
「くねくねも倒しましたし、玲汰センパイ、マジで怪異に強いのかもしれませんねぇ」
言われてみれば、確かにそうだった。くねくねと対峙したときは真美と守人が発症した、全身を焼かれるような状態に玲汰はならなかった。変わりに頭痛と吐き気に襲われたが。そして今回、玲汰だけが猿夢を見ていない──。
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