四、猿電車
4-1 猿夢
学校へ行くと、教室で守人と真美に声を掛けられた事にも気づかずに席へ腰を下ろしていた。
昨日、幽香から送られてきた『臨時放送がある』というメッセージ。午前二時には、彼女の予告通りにNNN臨時放送がテレビに流れた。
一か月ぶりに見たその不気味な番組は、以前と同じようにクラシックを流しながら大勢の名前を映し出した。スクロールする名前をじっと見つめ、玲汰は知ったものがないかを血眼になって探した。そして、そこには確かにあった。
八木守人、達野真美、瀬和八重子──彼らの名前があったのだ。オカ研のメンバーではない守人の名前があったことに違和感を覚えはしたが、一度は加わろうとしたという点においては関りがあると言える。そして、瀬和八重子の名前の前には瀬和慶人と記されていた。おそらく、今は昏睡状態に陥っていると聞く彼女の兄ではないだろうか。
どうして狭間幽香と自分の名前がないのかは気になったが、これは本人たちにも知らせねばなるまいと思った。ひとまず真美と守人には「大事な話があるから放課後、部室に来てくれ」と伝えた。唐突に「明日お前たちは死ぬんだ」と言うわけにもいかない。
ふと見た、二人がカバンにつけた木製の鈴の御守りが、渡したときよりも黒ずんで見えた。それが本当に黒ずんだのか、それとも先入観からかは分からない。だが、何か穢れを受け止めて変色しているように思えた。死は二人に確実に近づいている。そう暗示されているような気がしてならなかった。
放課後、集まった三人の前でまず、NNN臨時放送について話した。
真美と八重子は、さすがはオカルト好きで、この都市伝説のことは知っていた。守人にはこれを簡単に説明し、昨晩この放送があったということを伝えた。そして、以前真美がくねくねに呪われたときにも放送されていたということも。
前回は、臨時放送に真美の名前が出たものの救うことができた。つまり、この臨時放送の死者の予言は変えられるということだ。
玲汰のこの説明多めのもったいぶった言い方に、守人は業を煮やして口を挟んだ。
「俺らの名前があったんか」
玲汰に視線が集まる。しばらくの沈黙の後、静かに頷いた。
くねくねに真美は呪われ、守人と八重子はそれに遭遇し、皆が危険な目に遭った。玲汰と真美は、道之駅でタッちゃんと遭遇し、更にはきさらぎ駅の通過まで体験している。もはや誰も、臨時放送が本当に実在するのかなどと疑う者はいなかった。私も臨時放送見てみたいです、とはしゃいでいた八重子でさえ、自分が明日死ぬかもしれないと知って口を閉ざしている。
「その放送、録画してへんのか」
言われて、玲汰はスマホを取り出した。
レコーダーを所持していない玲汰は、昨晩の臨時放送をスマホで直撮りしていた。が、
「ノイズだらけでほとんど見えないね……」
真美の言う通り、録画している画面全体に激しいノイズがかかっていて、肝心のテレビ画面の文字がほとんど見えない。コマ送りしてじっと観察すればそれらしいシルエットの文字を見ることはできるものの、三人の名前をしっかり確認することはできない。
「八重子の名前の前に瀬和慶人ってのがあったんだけど、それってお兄さんか?」
今昏睡状態のままでいるらしい八重子の兄。彼の名前も、臨時放送で流れていた。
「兄の名前があったんですか!」
いつもは柔らかい彼女の口調も、興奮気味になっていた。
玲汰の知人では少なくとも守人、真美、八重子、八重子の兄慶人の四人が──明日には犠牲になってしまう。この異常事態を、今すぐにでも行動し解決しなければならない。そのためには、怪異を祓う必要がある。そしてその怪異は一体何なのか。そこからだ。
今回この怪異には、既に何名かが襲われているらしい。それは幽香から得た情報で、昨晩の臨時放送を見た直後に連絡を取り合ったのだ。
以前、八重子が初めてこの部室へ来た後、電話をした直後にすぐに帰ってしまった事があった。その後、彼女の兄が昏睡状態に陥ったと聞いた。体に異常はなく、原因不明の昏睡だという。幽香が言うには、彼がこの怪異の最初の被害者ではないかという。そういえばその話をしたときも、幽香は何か引っかかっているようだった。
「私、見たんです」
今回襲い来る怪異について心当たりを探っていると、八重子がそう切り出した。
昏睡という“眠り”が関係するこの怪異。これは、
「猿夢を、見たんです」
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【猿夢】
とある女性が見た夢の話だ。
彼女は明晰夢を見ることができた。明晰夢とは、「自分が夢を見ていることに気付いている」夢のことだ。
女性がその日見た夢は陰気臭いもので、薄暗い無人駅に居た。そこで「間もなく電車が参ります。乗車されますと、恐ろしい目に遭うことになります」と男性の暗いアナウンスが流れた。
間もなくホームに現れた電車は、かつて遊園地で見られたお猿さん電車のようなもので、昏く青ざめた顔色の悪い男女が一列になって座っていた。
女性は気味の悪さを感じながらも、好奇心から電車へ乗り込むことにした。というのも、耐えられなくなったときには、明晰夢ならば自由に目を覚ますことができたからだ。
後ろから四番目の席に腰を下ろすと、電車は走り出した。
やがて電車はトンネルに入った。紫の明かりが照らしてくる。
女性は、過去に遊園地で乗ったスリラーカーの景色を思い出した。この夢も、そのときの記憶から作られた映像だろう、そう思った時、アナウンスが流れた。
『次は、活け造り~活け造りです』
活け造り、とは魚のだろうか。駅の名称にしては……思ったその瞬間。
後方から耳をつんざくほどの大きな悲鳴が飛んできた。振り向いたその先、電車の最後尾には男性が座っていたはずだが──黒ずんだぼろ布をまとった小人が男性に群がっていて、彼らの持つ大きな包丁には赤黒い液体が滴っていた。小人は今まさに、その男性を切り裂き解体して、“活け造り”にしているのだ。すぐ傍で猟奇的な行為が繰り広げられ、物々しい叫びも響いているというのに、周囲の乗客は俯いたまま表情一つ変えずにじっとしている。
思わず顔をそむけた女性は、この異常な夢の元になった記憶は一体何かと考えたが、しばらくして後ろが静かになったことが気になり、再び振り向いた。すると、さっきまで居たはずの男性や小人の姿はなく、座席に血だまりだけが残されていた。
『次は、えぐり出し~えぐり出しです』
間髪入れず、次のアナウンスが流された。
後ろに座る女性の元へ、さっきの小人が血まみれのまま、スプーンを持って群がって来た。まさか……思うや否や、さっきの男性とは比にならない悲鳴が轟いた。思わず女性は目を強く瞑り、耳を両手でふさいだ。
『次は、挽き肉~挽き肉です』
立て続けに、すぐ傍で機械のモーター音が耳に入る。
これは、自分の番が来たらどうなってしまうのか。考えただけでぞっとし、とっさに覚めろ、覚めろと念じた。なんとか目を覚ますことができたが──しかしまたある晩に見た夢の中で、女性は猿列車に乗っていた。前の夢の続きだ。
背後で女性が挽き肉にされた後、すぐ後ろの席の女性もまた、丸焼きにされてしまった。
『次は、ぶつ切り~ぶつ切りです』
巨大な鉈を持った小人がどこからともなく現れる。近くで見ると、彼らの纏うぼろ布の下は毛むくじゃらで、小人ではなくそれは猿だった。
とっさに覚めろ覚めろと念じるが、何故か前回のようにすんなりとは目が覚めない。
猿たちが女性の手足を掴み、固定する。そこへ、巨大な鉈を持った猿が、肘関節に刃を添わせて、狙いを定め始めた。目は覚めてくれない。
そして、鉈を持つ両手を大きく頭上へ上げ、遂に鉈が勢いよく振り下ろされようとした、そのとき。ふっと周囲が真っ暗になり、電車も猿もどこにもなく、物音も一切しなくなった。
なんとか逃げ切れたかと思った瞬間、耳元に息がかかった。
『次は、逃げられませんよぉ……』
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