3-5 懸念

 二人は通学カバンを下げて、部室内に足を踏み入れた。


「なんで八重子も?」


 入口で、興味深そうに部室内を見渡す真美と八重子。


「先生に掛け持ちの事話してたら、それを聞いて八重子ちゃんも入りたいって」


 となると、幽香、玲汰、守人、真美、八重子の五人。この学校で同好会として認められるための最低人数は五人。部員集めが終了したということになる。


 幽香が聞いたら一体どんな反応をするだろう。言ったところで、あっさりしているのだろうけれど。


 しかし、懸念点があるとすれば、幽香と玲汰以外の三人が掛け持ちであるということ。そういえば、まだここに守人は来ていない。まだ彼は掛け持ちを顧問から許されたかどうかも定かではなかった。


 とりあえず、真美と八重子に席へ座るよう勧めると、真美は「埃すごいね」と笑いながら、玲汰の隣に座った。


 椅子と机の埃は、昨日幽香との会話が一区切りついたところで掃除しておいた。が、それ以外の棚や窓の淵などには手を着けていなかった。後で全体を掃除したほうがよさそうだ。


 一方の八重子はというと、部室内の備品に興味津々だった。世界滅亡カレンダー、オカルト本の数々、アンテナの生えた怪しい機材に、引き出しを開けると大量のカードなどなど。どれも二年間手入れのされていないせいで黄ばんだり埃をかぶっていたりで劣化している。それでも、手に取っては笑顔ではしゃいでいる様子を見ると、こういう類のものを本当に好んでいるのだなと思う。


 そこでふと、幽香が言っていたことを思い出してしまった。


 八重子がくねくねに関係している可能性のことだ。


 玲汰たちがくねくねを解決したあと、どうやらくねくねが放った炎はその夜のうちに鈴木家を全焼させてしまったようで、それは地元の新聞記事になった。原因不明の出火で、調査に訪れた警察は例の地下室を発見し、そこで黒焦げの死体、つまりこの事件の犯人である、鈴木彩の同級生が見つかった。まだ身元は判明していないが、きっと数年越しに、この事件が解決することになるだろう。


 ただ、玲汰があのとき見つけた、猿の焼死体のことは何も報道されていなかった。発見されないはずはないと思うが、記事からは外されたのだろうか。ともあれ、この黒いくねくね事件は一旦幕を閉じたのだ。



 しかし、八重子はくねくねの第一発見者であり、そして鈴木家の地下道を見つけた人物。いずれも偶然だと言ってしまえばそれで済んでしまうが、偶然ではない可能性も否定できない。


 兎にも角にも、どうやって地下道を発見したか本人に聞いてみよう。そう思ったところで、


「玲汰くん。例の先輩、今日は来てないのかな」


「二人が来る前に帰っちゃったんだ。今日は用事があったらしくて」


「あ、もしかして」


 棚を漁っていた八重子が振り返って言った。


「ここに来る途中、三年生っぽい女子生徒とすれ違いました。そのセンパイって、長い黒髪の人じゃないですかねぇ」


 そういえば、幽香が出て行ったタイミングは二人が来るほんの少し前だったか。


「なんて名前のセンパイですかぁ?」


「ハザマ先輩、だよ」


 聞いて、八重子はぶつぶつ呟くようにその名前を繰り返した。


「あの人がそうだったんだね。知ってたらお礼言えたのにな」


「まぁ、また会えるんだから次に言えばいいよ」


 そして、狭間幽香というクセの強い人物に翻弄されるといい……。


 自分以外に部員が居れば、今まで受け止めていたからかいの矛先も他に向くことだろう。彼女が卒業するまで続くと思うと気疲れするが、これで少しは持ちこたえられそうだ。


 そして間もなく、守人が部室を訪れた。


「スマン、遅なった!」


 そう言うなり、神妙な面持ちで「野球部との掛け持ちは難しそうだ」ということを口にした。


 時期的に大会も近いし、そうでなくても練習は夜遅くまで行われることもあれば、土日も学校へ出ることもある。掛け持ちしたところでいつオカ研へ出るのか、出られたとしても中途半端になったり、野球部のほうも他の部員と差が出ることになったりする──などと顧問の先生に怒鳴られたそうだ。


 一通り話すと、守人はずん、と首を垂れた。


 この後すぐにグラウンドへ戻らなければならないらしい。


 彼がメンバーとなれば、五人揃い同好会として認められる第一歩だった。申請用紙をもらって、あとは担任である雨谷恵子に顧問をお願いすれば、と思っていたところであったから、玲汰自身も非常に残念に思った。特に厳しい部の野球部であるから、予想はできたにしろ、そうなってみればやはり気持ちは沈んでしまう。


「すまんなぁ、玲汰……」


 謝る守人に、それは仕方ないよと言う他なかった。


 入会できないことを告げ終えた守人は「野球部の練習に戻る」と言って部室を去ろうとしたが、それを八重子が引き止めた。


「あっ。八木センパイ、待ってください。皆さんにこれ、渡したくって」


 言って八重子は、カバンから御守りを出した。


「これ、良かったらカバンとかに付けててください。ウチ、親がよく神宮とかにお参りに行ってて。お願いして、買ってきてもらったんですよぉ。怪異から守ってもらえるようにって」


 みんなに一つずつ配ってくれる。


「はい、玲汰センパイの分。会長さんの分もあるので、玲汰センパイから渡しておいてもらえますかぁ?」


「分かった、渡しておくよ。ありがとう」


 玲汰も受け取り、見ると、青い袋に厄除御守と書いてある。ふっくらしていて、少し厚めの守祓だ。安直な考えだがこれはご利益がありそうに感じる。さっそくカバンに括り付けておいて、幽香の分はカバンの中にしまった。後輩からのプレゼントを、彼女は喜ぶのだろうか。あまり想像がつかない。


「そうだ、先輩からも御守りを渡しておくようにって言われてたんだ」


 玲汰は予め、金庫から取り出しておいた木製の鈴の御守りを皆に渡した。玲汰の持っているものはくねくねからの呪いの身代わりとなって黒焦げている。これは身を守ってくれる事に関して信頼できる実績だ。


「あ、そうなんですねぇ。ありがとうございます」


 八重子と真美は「かわいい」と言いながら早速カバンに括り付けていて、気に入ったようだ。


 守人は二つの御守りを受け取って「大事にするよ」と、さっさと部室を出て行ってしまった。


 同好会メンバーがたった数日で五人揃う、というチャンスは残念ながら去ってしまった。とはいえ、あと一人のところまで来たのだ。落ち込むようなことではない。


 知り合いの少ない玲汰にとっては、あと一人、が中々難しいところではあるけれど。


 ここは知り合いの知り合いを頼みの綱とするしかあるまい。


「守人の事は残念だけど、二人とも、誰かオカルトに興味ある友達とかはいないか?」


 玲汰の問いかけに、しばらく考え込む真美と八重子。


「そうですねぇ……女の子がいいですかぁ?」


「いや、別に性別は何でもいいけど……っていうか、何で?」


「え、だって、八木センパイが入れないってことは、このオカ研、玲汰センパイのハーレムじゃないですかぁ」


 くひひ、と八重子がニヤつく。


 確かに、幽香、真美、八重子、玲汰が現在のメンバーだ。逆紅一点、といった状況だ。


「この際、別にヘンなヤツじゃなきゃ誰でもいいよ。で、居るのか? そんな子」


「いませんねぇ」


「いないのかよ! 女の子がいいですかとか聞いといてさ」


 どうやら真美にもそういった知り合いは思い当たらないそうで、メンバー問題は「探しておく」で一旦収束した。


 その次に、このオカルト研究同好会について上がった話として、真美が「この同好会の活動目標は何か」ということを口にした。同好会設立の申請用紙には活動目標を記載する項目もあり、勿論必ず埋めなければならない項目の一つである。


 一般的に高校などで存在するオカルト関係の活動グループとしては、どうやら同好会止まりのものが多いらしく、部活動として認められることはほとんど無いらしい。その点を鑑みてみれば、この学校でかつて部活動としてオカルト研究部が存在していたというのは凄いことだったのではないだろうかと思える。一体どうやってこの胡散臭い部を認めさせたのだろうか。


「昔のオカ研部の活動目標って、何だったんだろうね」


 真美が率直な疑問を呟いた。


 今回同好会として設立するにあたって、当時のオカルト研究部の活動目標を参考にするのも良いかもしれない。


「私の友達、別の高校なんですけど、そこだと超常現象研究会ってのがあるらしいですよぉ。ポルターガイストでも調べてんですかねぇ」


「そういえば、先輩とは活動目標の話はしてないの?」


 真美に聞かれ、そういえば幽香とはそういった話をしていなかったことに気付く。そもそも、くねくねという怪異の解決や、優香を助け出すための──。


「表向きは超常現象の解明として、実は怪異解決のために動く、なんてカッコよくないかな」


 呪われて死にかけた私が言うのもなんだけど、と真美が照れ笑いしながら言った。


 そう、死にかけたというのに懲りもせずそんなことを言い出したものであるから、玲汰もつい言い返せず黙り込んでしまった。


「真美センパイ、あんな目にあったのにですかぁ?」


「ううん、ホントはもう関わりたくないよ。すっごく辛かったから……でも、他の人にあんな思いはさせたくないし、そういう事が現実に起こるって知ってる私たちだからこそ、出来る事もあるんじゃないかなって」


 真美のそんな言葉を聞いて、八重子は尊敬の眼差しを彼女に向けている。立派な考えだと玲汰も思う。


 くねくねのような怪異事件は、また起こらないとも限らないと幽香は言っていたし、玲汰もそんな気がしている。


 怪異による事件であるから、大人たちは信じないし、警察も取り合わない。高校生の子供が訴えるのであれば尚更、かといってお祓いのできる者──神社も神主もこの町にはいない。外から専門の人間を呼ぶにしても、NNN臨時放送のように、翌日、翌々日に事が起こるのではとても間に合わないだろう。


 ならばどうやって解決するというのか、やはり怪異の実在を知る自分たちがやるしか、方法はないのだろうか。


「いいじゃないですかぁ。くひっ、私も確かにめっちゃ怖かったですけど、もっと他の怪異もこの目で見てみたいし……それで誰かを助けることになるなら、一石二鳥ですよぉ」


 八重子までもが乗り気になっている。


 殺人犯の黒焦げになった霊が、殺気立って襲ってきたのを目の当たりにしたというのに、よくもそんなことが言えるものだと半ば感心してしまう。


 玲汰は心の底から二度とあんな事に首を突っ込みたくない、と、あの時の事を思い出せば今でも身震いしてしまう。ホラーが苦手な人ならば一生もののトラウマになることだろう。その点で言えば、真美もある程度の耐性はあるのかもしれない。だからといってホンモノの怪異に立ち向かおうということにはならない。エンタメとは違って、自らの命がかかっているのだ。


 ともあれ元の目標は、幽香が望むオカルト研究部の復活。そして今の目的は第一歩として同好会の設立。活動目標は特に、あからさまにおかしなものでなければなんでも良いのだ。


「まぁ、とりあえずは超常現象の解明、にしとこう」


 活動目標はまずこれにしておいて、当分は目先の人数集めをがんばろうということにまとめた。会長である幽香にも相談しなければならないことでもあるし。


「色々話したことですし、何かココにある物で遊びましょーよぉ」


 再び、意気揚々と部室内のものをあさりだす八重子。


 何を持ってくるのだろうかと彼女の動向を見守っていると、どこからか振動音が聞こえてきた。八重子がブレザーのポケットからスマホを取り出している。電話がかかって来たようだ。ラフな話し方をしているところを見るに、相手は友人か親族か。しかし、最初の明るい相槌から打って変わって、彼女の表情はどんどん神妙な面持ちになっていった。


 真美と顔を向き合って、どうしたんだろう、と目配せしたが、やがて八重子は通話を終えて、机脇に置いていたカバンを肩にかけると、


「すみません、急用ができたので今日は失礼します」


 それだけ言って、部室を出て行った。


 何があったのかは分からないが、きっと良いことではないのだろう。八重子のさっきの様子を見たところ、それだけは確かだ。真美も心配そうにしている。


 とはいえ、今それを気にしても仕方がない。


 守人は来てすぐグラウンドに戻っていったし、八重子も突然帰ってしまった。部室に二人きりにされ、少し気まずい空気になる。しばらくの沈黙が続いた後、


「あ、そうだ。近所に道之駅ってあるじゃない」


 真美が話し始めた。道之駅といえば、この町にある唯一の駅だ。田舎町であるから、電車が来るのも一時間に一本だけ、玲汰自身もほとんど乗ったことなどない。


「あそこ、サッちゃんが出るって噂があるよね」

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