3-3 過去
「分かりました。あのとき、おれたちは──」
オカルト研究部員たち、玲汰含めて六人が、かつて火災事件があり曰く付きの地となっていた、元家電量販店の廃墟に集まった。そこは異世界エレベーターが成功するということで当時噂になっていた有名な心霊スポットだった。
そこへ、開いていた窓から先に、玲汰を除く部員五人が侵入。後からやってきた優香が彼らを止めるために追って中へと入っていき、その後に玲汰が続いた。
「お姉さんはどうして遅れてきたの?」
「おれが家を出るとき、確か誰かと電話してて……先に行って止めるように言われたので、後から合流ってことになったんです」
暗いビル内を進むと奥にエレベーターがあり、そこに部員たちが集まっていた。それを認識した直後、エレベーター内へ何者かが優香を連れ込み、異世界エレベーターを開始したのだ。
エレベーター前まで走って、一体だれが彼女を連れて行ったのか問うと、部員の誰でもない、“誰か”が優香を連れて行ったことが判明する。その後、上の階でエレベーターを止めようとしたが既に遅く、空のエレベーターが玲汰の前に到着した。玲汰は救わなければという一心で自分も異世界エレベーターを試したが成功せず──優香は行方不明となった。
「それと、あの日からずっと同じ内容の夢を見てて。でも、ところどころちぐはぐなんです。本当にそうだったのか、そうじゃなかったのか……夢と記憶が混ざってしまって、それがあの日、本当にあった出来事なのか、夢の出来事なのかが曖昧になってるんです」
「なるほど。以前話してくれた夢の事がそうだったのね。じゃあ、今話してくれた当時の事も、曖昧になっていて不鮮明な部分がある?」
「いえ、そこは大丈夫です。当時警察に聞かれて話した内容で、他の部員たちの証言とも合致しています。あとは、夢の最後に、朽ちた体になった優香がエレベーターに乗ってきて……多分、これは現実ではないと思いますけど……」
「知っているかしら? 人が夢を見ている間、魂は体から抜け出してあの世に行っていると言われているの」
「聞いたことあります。霊夢と呼ばれるもので、深い睡眠であるレム睡眠に入っているとき、人の魂はあの世に行っているとされる説ですよね。そこで体験する時間と現実で体験する時間は異なっていて、あの世で一日経っていても現実では十分から二十分しか経っていないこともあるっていう。実際に、夢を見ている間はとても長い時間それを経験しているような感覚だったのに、起きて時計を見てみれば数分程度だった、なんてことはよくある話ですね」
「もしかすると、あの世でお姉さんがあなたに何かを伝えようとしているのかも……」
「ま、待ってください。あの世でって……、その、優香が死んでるって、言いたいんですか?」
夢はあの世。死後の世界。玲汰が頻繁に見る夢の中で、あの世に居る優香が自分に何かを伝えようとしているとは、自分を殺した犯人を伝えようだとか、そんな類の話だというのか。
「それは分からないわ」
「わからないって、狭間先輩、優香を助ける手助けをしてくれるって言ったのに、今更死んでるかもなんて……」
「早まらないで。今話した通り、人は生きている間も魂があの世に行く……つまり、生きていてもあの世に行くことはできるのよ。もちろん、お姉さんが必ず生きているとは断言できないわ。あれからもう二年も経っているのよ。もし連れていかれたときにまだ生きていたとしても、その間に何か起こっていればどうしようもないもの」
確かにその通りだ。あの時も優香は異世界へ行ってしまったとも考えたが、死んでしまったかもしれないとも考えた。それに、この数年の間に何が起こったって不思議ではない。
「今は私たちにできることをしましょう。あなたは、お姉さんが無事であることを信じて」
姉である優香を異世界から救うこと。一度は諦めたが、再びチャンスが巡って来たのだ。幽香の落ち着いた言葉に、玲汰は頷いた。
「当時の他の部員たちは今どうしているのか、知っている?」
「五人のうち四人は既に卒業していて、他一人は転校でどこに居るのやら、ですね」
その転校した一人というのは、雨谷から廃墟ビルの話を聞いて、異世界エレベーターを試しに行こうと皆を誘った人物である。廃墟ビルの中へ真っ先に入っていった生徒だ。
つまり、今はもう当時のオカルト研究部員はこの学校に一人も残っていない。
当時中学生で、正式な部員でなかった玲汰は、彼らの連絡先も知る由もなかった。
「なるほど。じゃあ事件の話を彼らに聞くことはできないのね」
幽香があごに指をあてて考え始めた。
「玲汰クンの話を聞くに、お姉さんが異世界エレベーターによって異世界へ行ってしまったとして、そうなると怪異に巻き込まれたのは確かね。では、一体誰がお姉さんをエレベーターに連れ込んだのか、よね」
「異世界エレベーターは、一般に噂されている話では一人で行わなければ成功しないと言われていますよね。四階、二階、六階、二階、と進んで次に五階へ行くと女性が一人乗って来るらしいですが、それまではエレベーター内には実行者一人でなければならない……となると、それは人としてカウントされない何か……霊、とかでしょうか」
「かもしれないわね。それか、その廃墟ビルの異世界エレベーターは、何者かが引き込む怪異、なのかもね」
この町の生徒たちが見た黒いくねくねが、一般に噂されていたくねくねのそれではなかったように、この異世界エレベーターも同様に、一般に噂されるような内容と差異があった、という可能性は十分にある。
「あの廃墟ビルの異世界エレベーターは、一人で行うものではなく、誰かに引きずり込まれて異世界へ行ってしまう怪異だった、と」
「推測だけれどね。ともかく、異世界からお姉さんを連れ帰る方法は二つ。一つは、怪異を祓って連れ帰る。もう一つは、何らかの方法で異世界へ行って探し出し、連れ帰る。どちらかね。
いずれも当然ながら、優香さんが生きていれば、が前提ではあるけれど……。まぁ、現実的なのは一つ目よね。何らかの方法で、なんて言ったって、異世界がどんなもので、どれだけ広くて……一体どういったものなのかが分からないもの」
「ですけど、くねくねのときのように異世界エレベーターを調べようにも、例の廃墟ビルはもう取り壊されてさら地になってますよ」
優香が失踪した事件の後、警察の調査が一通り済むと、ビルはすぐに取り壊しが行われた。封鎖しようが見回りが強化されようが、そこを訪れる見もの客やマスコミが後を絶たなかったためだ。事件現場を調べることは叶わない。
「確かにそうね。……ちなみに玲汰クンは、お姉さんが失踪した事件と同じ時期に起こった、高校生連続死亡事故は覚えている?」
「はい、一通りは……この学校の生徒だったらしいので」
優香が失踪した女子高生失踪事件よりも半月ほど前に、この学校の三年生の生徒三人、今邑竜彦、貴志祐太、大松京介らが電車に飛び込んで死亡した事故が起こっていた。この町にある唯一の駅、道之駅で起こった事件だ。
当初は飛び込み自殺と言われていたが、校内でも素行の悪さで有名な生徒だった彼らが自殺するような動機が一切見られなかったことから、他殺の線でも捜査が進められたそうだが結局は自殺だったという結論付けがなされている。
「不可解な事件が立て続けに起こっているわ。何か関連がある風には考えられない?」
幽香は真剣な顔つきを見せて言った。
「二年前、この学校の生徒三人が不可解な死を遂げ、その数週間後に、同じ学校の生徒であるあなたのお姉さん、風間優香がエレベーターで失踪。そして現在。私たちが真相を暴いたけれど、再びこの学校の生徒、達野真美さんが謎の発熱などの症状で、あやうく不可解な死を遂げようとしていたわ。
この学校の生徒に……或いは何か因縁があって、それによって怪異がここに集まっているのかも──もし私の想像していることが事実なのであれば、あなたのお姉さんが失踪した事件は、あなたが思っている以上に根が深いかもね」
これら三つの事件の共通点と、そして意味深な彼女の言葉に、玲汰は息を飲んだ。
「ところで玲汰クン……あなたにとってお姉さん……優香さんって、どんな存在だった?」
「急ですね。なんでそんなこと聞くんですか?」
「連れ戻すにあたって、分かっているとは思うけれど、また怪異と対峙することになる可能性は非常に高いわ。それがくねくねほどのものなのか、もっと脅威度の低いモノなのかは分からない。けれど、危険な事に変わりないわ。
あなたは達野さんを命がけで救ったのだから当然、自分のお姉さんにだってそれと同じか、或いはそれ以上の覚悟を持って挑むだろうことは理解できるけれど……改めて、聞いておこうと思ってね」
言われて玲汰は、自分にとって優香とはどんな存在であったか考えてみた。
玲汰と優香には血の繋がりがない。玲汰が三歳のときに実母が他界し、翌年、父が再婚。相手の女性が連れていたのが優香だ。その玲汰の継母となった女性は優香の実の母ではなく叔母だったそうで、優香の両親が他界した後に引き取ったのだという。
父と継母は職場の同僚で、お互いにSEとして働いており、繁忙期には会社に泊まり込んで家には帰って来ない事が多かった。特に、継母は書道教室の師範もしていて、休みの日には生徒に書道を教えていた。そのために、玲汰と優香は家に二人で居る事が多かった。
お互いに四歳、五歳で突然姉弟になったものだから、最初は他人として接していた。友達だった。当時の優香は変わり者で、何も無い空を見つめては頷いたり、笑ったり、顔をしかめたりしていた。玲汰はそれを見て気味悪いと思うでもなく、むしろ何をしているのかとても興味が湧いたものだ。しかし、何を見ているのかと聞いても、特に何も無いと言うのだから余計に彼女の事が知りたくなった。
その頃から、優香は既にオカルトを好んでいた。宇宙人やUMAの存在を信じて疑わず、人懐っこい彼女は玲汰にも頻繁にそういった話を聞かせた。その影響もあって、玲汰もオカルトにのめり込んでいくこととなったのだ。それは小学校、中学校を経ても変わらなかった。お互いが他人同士から始まった関係であるから、近すぎず、遠すぎない関係性を保てていたのかもしれない。喧嘩などは一度もしたことがなかった。
そして物心ついた頃には、玲汰は優香を異性として見ていた。思春期特有の、親族を遠ざける反抗期のような尖った態度を彼女にとったことだってあったが、優香は変わらずに接してくれた。それが余計に、玲汰に意識させた。今思えば、優香も玲汰の事を意識していた時期はあったように思える。そこに確証などなく、ただの勘違いだと言われても否定はできないけれど。ただ、もしそうだったとしても、今の玲汰がそうであるように、優香だって、代わり映えしない関係性にそんな気持ちは薄れていったに違いない。
十年の月日が、結果、二人の関係をただの“姉弟”にしたのだ。
しかし優香が、いつも傍に居たはずの存在が消えた事で、心境に大きな変化が訪れることとなった。それは何年も前に消えたと思っていた感情で、二度と戻る事はないと思っていた気持ち。一年間の引きこもりの内にもう一度閉じ込めたそれに、本当は気づいているはずだった。
やっぱり、好きだったのだろうか。
長年同じ屋根の下で過ごした姉弟にこういった気持ちを抱くのは気色の悪いことじゃないだろうか。そんな考えもあって、無理やり消してしまっていたようにも思う。
しかし、彼女が居なくなった事で、その気持ちは暴れて言う事をきかなくなった。抑え込むのに、一年かかったのだ。
そして、改めて幽香に優香の存在を訊かれて、檻が揺れ始めている。
長い時間沈黙した玲汰を、幽香はただじっと見つめて、口を開くのを待っていた。
自分にとって優香ってどんな存在だったのだろう。
結局、玲汰はその日その答えを出す事はできなかった。
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