2-4 怪異
オカルト研究部室があるB棟の一階、階段がある側とは反対の一番奥が、写真部室だ。
ノックして入ると、玲汰は瀬和八重子という生徒はいるか、と尋ねた。すると、カメラをケースに入れて片づけている最中の、栗色の髪をツーサイドアップにした少女がこちらを見た。
くりっと丸い目をこちらに向けて返事をした。彼女が瀬和八重子だ。
真美よりも小柄で、小動物のような印象を受ける。手に持つカメラがかなり大きく見えるが、それだけ彼女の手が小さいのだろう。
周りにいたほかの部員たちがざわめき出したのも気にせず、玲汰は八重子の元へと向かった。
「あっ、もしかして風間玲汰さんですかぁ?」
最初の訝し気な表情から一転、ぱぁっと明るい笑顔になった彼女は玲汰の名前を言い当てた。
「真美センパイが、よく玲汰くんが、玲汰くんが~って話をするんですよ。くひっ」
初対面なのに、数年来の友人のように喋り出す八重子。
「それだけで分かるもんかな」
「いや、これ言っていいのかな……真美センパイがね、『玲汰くんって雰囲気が暗いというかクールというか、あまり笑わいんだけど、でもそこがいいっていうか』って言ってて、見て分かりました。確かにそうだなって」
悪戯な笑みを零す八重子。
「恥ずかしいからやめてくれ」
「くひっ、言ったこと真美センパイにはナイショにしといてくださいよぉ」
自分から、そんな事聞いたんだけどどうなの? なんて言うわけがない。
しかし、何ともクセのある笑い方をする子だなと思った。それが彼女に伝わったのか、不安げな表情になった。
「あの……やっぱり、気持ち悪いですか。この笑い方」
玲汰は返事に困った。特別、気持ち悪いと思ったわけではなかったが、確かにそう思う人も居るだろうと思えた。
「私、笑うとくひって言っちゃうんです。だから、小学生の時はくひ子ってあだ名でした」
どうやらそれがコンプレックスになっていたらしく、当時はいじめにも合っていたという。
「そうなのか。……大変だったね」
下手にフォローしても傷つけるだけかと思い、そういう風にしか返事できなかった。
「ところで、私に何か用ですか?」
カメラをしまい込んで、八重子が聞いてくる。けろっとしている辺り、切り替えが早い。
「真美から、君がくねくねを見たってことを聞いたんだけど、その場所に案内してほしい」
八重子には、真美がくねくねに呪われているかもしれない事は伏せた。自分たちが調査していると話して巻き込んでしまいたくないからだ。それに、真美にこの話をしたことに責任を感じてしまうかもしれない。
「そういえば、玲汰センパイもオカルト好きでしたもんね。いいですよぉ。実は私も結構そういうの、好きなんです!」
あっさり承諾してくれた八重子。ちょうど帰路につこうとしていたところだったようで、二人で校門を出た。
彼女もオカルトの類を好むらしく、特にUFOやUMAなど、未確認物体や生物について興味を持つという。
「真美センパイから、玲汰センパイも都市伝説とかが好きって聞いてたから、一度会ってみたいなって思ってたんですよぉ」
案外、周りにもオカルト好きが多いものだな、と思った。
幽香に、優香と真美を救う手助けをしてもらう代わりにオカルト研究同好会設立の手伝いをすると約束している。八重子をなんとかうまく誘うことができれば、会員になってくれるかもしれないなと思った。ただ、今はそのタイミングではない。
黒いくねくねを解決できたならば、そのときは声をかけてみても良いかもしれない。
「そっか。おれは怪談系の都市伝説がメインだけど、そういうのも結構好きだよ」
いつの間にか玲汰センパイ、と下の名前で呼ばれていることには触れないでおいた。
玲汰自身彼女との距離感が中々掴めないでいたが、不思議とあまり警戒心は芽生えない。むしろ、この八重子の人懐っこさは年ごろの男子生徒を勘違いさせてしまうような危険性がある。
「良かったぁ。私の周り、あまりこういうの好きな子っていないんですよね」
「確かに、オカルト好きな女子って少ないメージあるな」
「玲汰センパイは、キャプテン・カイって知ってますぅ?」
「アメリカの退役海兵隊員だろ。通称キャプテン・カイ。十七年間に渡って、火星の軍事基地で極秘任務を遂行してきたって語った人だ」
話の中には爬虫類種族(レプトイド)や昆虫類種族(インセクトイド)などといった地球外生命体も登場し、人類と共生関係にあったという。
「そうですそうです! くひひっ、よくご存じだぁ!」
同じ趣味の人と会話ができてよっぽど嬉しいのか、満面の笑みではしゃぐ八重子。
「カイの話がホントなら、めっちゃ夢広がりません!? スターウォーズの世界が今まさに、目の前まで来てるんですっ!」
かなりピュアな子だ。「そうだね」と無難に返事をしておく。
「じゃあじゃあ、オラン・イカンは?」
「マレー語で人魚って意味の名前だよな。身長体重は一般的な人間と変わらなくて、髪は長くて顔は平べったい。手には水かきがあって、肌はヌメヌメしているってやつ。絵本とかの華やかな感じじゃなくて、リアルな生々しいやつ」
「さっすが玲汰センパイ! フィクションで見る美化されたものとの、あの不気味さのギャップが堪らないんですよねぇ。人魚といえば、アニマルプラネットで公開された映像がフェイクだと知ったときはがっかりでした」
目を輝かせながら話す八重子。それを見て、玲汰は自分も昔はこうだったのだろうかと感傷に浸った。優香と楽しく話していた自分も。
「でも、私は信じてます! UFOもUMAも存在するって」
八重子は歩く足を止めて玲汰の前に立つと、目を見据えながら両腕を広げた。
「だって、私見ましたもん。くねくねを、ここで」
くねくねがいるなら、UFOもUMAもきっといますよね。と、そう言った。
玲汰の家がある場所とは反対方向に歩き続けた末にたどり着いたそこは、辺り一面緑色の田んぼに覆われた広大な場所。夕日で朱く照らされることで、美しい風景が演出されている。
八重子が指す方向、田んぼ三枚分の距離の向こう。そこに、黒いくねくねが現れたという。
「あそこ、あの黒い建物のすぐそばです」
八重子が言った建物がどれなのかはすぐ分かった。山の麓あたりに何件か家があり、そのうちの一軒が手前にあって、それがまるで影のように黒い。火災でもあったのだろうか。
「くねくねって、ある意味UMAですよね」
「どういうこと?」
「UMAって未確認生物ですよね。くねくねも正体が分からない、分かった人は狂ってしまう……つまり、その正体を誰も伝えることはできない。永遠にUMAなんです、くねくねは。愛好家、少なくとも私にとっては、理想のUMAですね」
UMAがその正体を明かされたならば、それはもうUMAではない。UMAは未確認の存在だからこそ、UMAたりうる。永遠に謎である存在の、UMAとも言えるくねくね。八重子の口調は、まるでそれを崇拝しているような言い草だ。恍惚な目と弛緩させた表情でくひひっと笑う八重子を見て、玲汰は不気味さを感じた。
「ありがとう、瀬和さん。おれは反対方向だから、ここで引き返すよ」
「八重子って呼んでくださいよぉ。私苗字で呼ばれるの、あまり好きではないので」
名前で呼び合うことに何かこだわりでもあるのだろうか。
「えーと……じゃあ、分かった。気を付けて、八重子」
「はいっ、玲汰センパイも!」
八重子は無邪気な笑顔を残して帰っていった。小さな背はすぐに見えなくなった。
スマホを確認すると、時刻は午後五時三十分。通知欄には一件、メッセージが届いていた。見ると、狭間幽香、とある。
『黒いくねくねの姿は拝めた?』
随分あっさりした一文だけが送られていた。部室で話すときのそのままのイメージだ。
『影も形も見られなかったです』
と入力して返そうとした、そのときだった。
ふと、八重子が指した、黒いくねくねを目撃した場所に目をやった。視線の先で、何かがうごめいている。黒い影が、ゆらゆら、ゆらゆら、と。周囲には白い“もや”のようなものが薄っすらとかかっている。
あれは……くねくねだ。
しかし、想像していた動きではない。踊っているのではなく、もっと不規則な動きに見える。
脳がその存在を理解しかけた途端、左胸あたりがふっと熱くなるのを感じた。とっさに左胸に手を当てると、幽香に持たされた御守りを入れていたことを思い出し、すぐにポケットへ手を突っ込む。触れた瞬間に焼ける感触があったが、かまわずつまんで地面に落とした。土の上で、木製の鈴がめらめらと燃えている。足で踏みつけかけて、罰当たりすぎると思い、とりあえず周りの砂を拾ってかぶせ、消火した。
そしてすぐに、先ほどくねくねの居た場所を確認したが、既にその姿はなかった。
鈴も火は収まったが、木目も見えないほど黒く焼け焦げてしまっている。
『見ました。気になることがあるので、図書館に寄ります』
さっきの文章を消して、この文を幽香に送信した。
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