2-2 呪詛

 真美が犠牲者となるまで、猶予はあまり残されていない。二人は早速、真美を救う手立てを探り始めた。


 幽香はまず、真美は恐らくくねくねによる呪い……「呪詛」にかけられている状態ではないかと推測した。そして、その呪詛を解くためには、原因となる「怪異」、すなわちくねくねを解決する必要がある。その解決、というのは……。


「除霊する、という表現でいいのかしらね。おそらくその黒いくねくねは、見た者に呪詛をかけている……そんな状態だと思うわ。そいつは地縛霊だから、ずっと同じ場所でくねくねしているはずよ。だから、本体を除霊することで達野さんにかかった呪詛を解くの」


 地縛霊。その地に因縁があり、動けない霊。


「おそらく今回現れた黒いくねくねは、元は人間であったものが妖怪となった姿なのではないかしら」


 彼女は自らの経験に基づいた見解を述べた。


「まず、怪異には二種類存在するわ。一つは、異世界エレベーターのように“無機物”が由来のもの。これは付喪神と同じ考え方で、長い時を経た物に精霊や霊、魂が乗り移って生まれるものよ。二つ目は“生物”が由来のもの。これは更に生霊と死霊に分けられ、そこからまた有害なもの無害なものと分けられて──くねくねはその中でも死霊であり有害な霊、ね」


「なるほど。付喪神とか生霊やら死霊やら……どの言葉も聞いたことあります」


 幽香は続けた。


「都市伝説の怪談で有名な口裂け女にしろテケテケにしろ、いずれも元は“哀れな末路を辿った人間”よね。妖怪の一種でもある宇治の橋姫なんていうのも、妬みから女を呪い殺すため、丑の刻参りを行った末に鬼となったと言われているわ。黒いくねくねもこれらに属するものなのではないかしらね。そして、それらの都市伝説には対処法というものが存在するわ。怜太くんも知っているわよね」


「はい。口裂け女の場合は“ポマード”と複数回唱えたり、べっこう飴を与えたりっていうのはあまりにも有名ですね」


 ポマードとは整髪料で、口裂け女の口が裂けてしまう原因となった手術を担当した医師が付けており、匂いが嫌いという理由でその言葉に怯むという。べっこう飴は、口裂け女の好物であり、与えると夢中になってしまうそうだ。


「テケテケの場合は、追いかけられた時に逃げる方法として、直角に曲がることや、しゃがむことなどがありますね。移動速度が速いから、すぐに曲がることができないとか、下半身が無いのでしゃがむことで隠れられる、とかですね」


「さすがね。テケテケは他にも、本人は自分が死んでいることに気付いていないから、“気付かせる”ことで正気にさせられるという話もあるわ。気付かせるための言葉というのも存在するのだけれど……なんとも衝撃的で“地獄に落ちろ”だそうね」


 これらの例に漏れず、黒いくねくねも“生前に由来する対処法”があるはず、と幽香は言う。


「……でもそれなら、その道のプロというか。霊媒師とかに除霊をしてもらったほうが……」


 言って、玲汰は自分でそれを否定した。


 自分の身内ならまだしも、ただの友人の家族に「あなたの娘の病気はくねくねという化け物の呪いによって引き起こされたものなので祓ってもらいましょう」などと言えるだろうか。症状も芳しくない状態でこんなことを言われれば、バカにしているのかと怒りそうなものだ。信じてもらえるわけがない。それに、お祓いといっても頼めそうな神主のいる神社は、この近所にはない。数年前に神主が失踪した廃神社ならあるが……。


 自分たちで解決するしかない。しかし、自分たちに除霊なんてできるのだろうか。


 幽香はそんな玲汰の心境を知ってか知らずか、「あの本は持っているか」と尋ねた。


 一瞬考えて、初めて幽香に会ったときのことを思い出した。


 幽香が落としたと思っていた、あの「日常に潜む! 都市伝説の謎②」のことだ。


 床に置いていたカバンを開け、その本を取り出す。そういえばこの本にくねくねに関する記事が掲載されていた。そのページを開くと、くねくねのルーツについての考察がいくつか載っていた。そこには以下の見出しが設けられている。食糧難のときに口減らしとして貼り付けにされた人説、ドッペルゲンガー説、蜃気楼(見間違い)説。


「くねくね目撃情報! その正体に迫る」というタイトルと共に、六ページほどに渡ってその考察が記されている。


「最初に、口減らしの説ですね」


 昔、とある村が食糧難に陥っていた。そして、口減らしのために村へ貢献できぬ者が殺されることとなってしまう。しかし、ただ殺すだけではもったいないということで、害獣を追い払うための案山子として片足を落とし、十字の板に張り付けたそうだ。痛みと苦しみと、そこから逃れようともがく姿が、踊り狂うくねくねのよう。やがてこの口減らしの話はひそかに囁かれ続け、犠牲となった人の魂は目撃した者を狂わせるようになったという。


「次に、ドッペルゲンガー説」


 そもそもドッペルゲンガーとは、自分にそっくりな影の存在だ。世界には自分にそっくりな人間が三人いて、そのうち二人が出会ってしまうと死んでしまうと言われている。その死に方も様々で、見た途端にショック死してしまうだとか、一方に殺されてしまう等がある。そしてここでの説は、くねくねは見た者の姿を模し、ドッペルゲンガーと同様の方法で殺そうとしているのではないか、ということだ。


「最後に、蜃気楼説」


 玲汰としては、今までくねくねとはこれが最もあり得る話ではないかと思っていた。


 田畑に害獣避けとして設置されることの多い案山子は、たいてい白いタオルやシャツを纏っている。そして、夏場になると遠くは蜃気楼で揺れる。これらが合わさって、遠くから見たときに案山子の姿は蜃気楼によってぼやけ揺れ、まるで「白いものが踊っている」ように見えるのだ。ここへ、噂に様々な尾ひれが付き変遷を経て、くねくねという都市伝説が生まれたのではないか。


「……現実的に考えるなら、この説が一番しっくり来るというか、納得できますよね」


「確かにそうね。……現実的に考えるなら、ね」


 メイン三説の内容は、おおまかにこんな感じだ。


 玲汰は特集最後のページに差し掛かって、黒いくねくねについての記載が無いか確認した。そこには締めくくりに「黒いくねくねの目撃情報もあるが、それがどういったものなのかは定かでない」と前置きを添えて、以下のような箇条書きが付け加えられていた。


・口減らしに張り付けられたまま、焼かれて黒く焦げた説

・ドッペルゲンガーのイメージから黒色が連想された説

・案山子の服が黒かった説


「先の三説からの派生で、無理にこじつけた感じが否めないですね」


 そしてメールアドレスと共に情報求ム! と。


 幽香は、焼かれて黒く焦げた説に少し引っかかっていたようだが、特に言及はしなかった。


 この本や、スマホを用いてネットからある程度のくねくねの情報をさらったところで、今起きているくねくねの事件から得られている情報を、怜太は黒板にまとめた。


・目撃された場所は真美や八重子の通学路、田畑の向こう側

・時刻は写真部の活動が終わった後の五時~六時の間

・対象は黒く、揺れている(くねくねしている)

・周囲を白いモヤのようなものがうっすら覆っていた


「あまりにも情報が少ないわね」


「真美に直接、とはいかないまでも親か誰かに話を聞いてみますか?」


 思い立って、玲汰はスマホを取り出し、真美に電話をかけた。


「学校が伏せたものを、正直に教えてくれるものかしら」


 数回のコールの後、やはり真美ではなく母親が出た。

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