1-7 放送
あと一分だ。
二十八インチのテレビの正面にあぐらをかき、リモコンの電源を恐る恐る、押す。
目を覚ましたテレビの画面に明かりが灯る。薄暗い部屋を、不気味に照らし出した。
テレビの中では、白い羽毛布団のプレゼンを終えた男性が、ドンと赤い字で表示された値段を繰り返し大声で叫んでいた。オマケに、枕も付くと言う。電話番号の語呂合わせが耳にこびりつきそうになる。
どうして今自分はテレビの前に座っているのか。それはただ、確かめてみるだけ。狭間幽香に関わるのは、これで最後にする。そう自身に言い訳して、じっと時計の針を見つめた。
秒針が一定のリズムを刻みながら角度を変えてゆく。下まで来ると、折り返して上ってゆき、三十秒、三十一秒、三十二秒……。
時間が過ぎるのがやけに遅く感じる。
やっぱりテレビの電源を落とそうか。そうも思ったが、時間はどんなに遅く感じようとも確実に進むもの。
時刻は丑三つ時を迎えた。
その瞬間、いつの間にか終了したらしいテレビ通販は試験放送に代わり、カラーバーが映されると共に耳鳴りのような音が流れ出した。そして間もなく、画面が暗転したかと思うと、古びて寂れた工場が映し出された。周辺には大量の廃棄物。これはきっとゴミ処理場だ。同時に、クラシック音楽が流れ始める。
そこで玲汰はこの放送が何なのかを察した。
そして、ゴミ処理場の映像の上に、じんわりと文字が浮かび上がってくる。
「NNN臨時放送」
テレビ通販の赤い値段の文字よりもずっと赤く黒い、まるで血のような色で、そのテロップは表示された。
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【NNN臨時放送】
深夜の放送終了後、カラーバーが映る画面が突然切り替わり、ゴミ処理場が映さし出され、「NNN臨時放送」というテロップが表示される。そして、クラシック音楽と共に、人の名前がスタッフロールのごとく次々に流れてゆくのだ。
それが五分ほど続いた後、「明日の犠牲者はこの方々です。おやすみなさい」という文字がナレーションと共に表示され、放送は終わる。
名前を流された人物が実際にどうなってしまったのかは、誰も知らない──。
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そういえば、幽香はチャンネルを指定しなかった。
試しに玲汰は他の局へとチャンネルを切り替えてみた。他の局は、普通に番組を流しているか、カラーバーが表示される。
他のテレビはどうなのだろうか。
玲汰は自室のテレビをNNN臨時放送が見られたチャンネルに戻すと、部屋から飛び出してリビングへと向かった。そこにある五十インチのテレビの電源を急いで点ける。ピーという音と共にカラーバーが映し出された。放送は終了している。どの放送局にチャンネルを変更しても、NNN臨時放送は映らなかった。
玲汰の部屋からはクラシック音楽が漏れて聞こえている。玲汰の部屋のテレビだけが、その放送を受信していた。
どうして自分の部屋のテレビだけ、受信しているのだろう。誰かのいたずらだろうか、しかしこんな手の込んだことをするものだろうか。幽香にしたって、わざわざそんなことをするような人物に見えなかったし、第一ピンポイントで部屋一室のテレビをジャックしてこんな映像を流せるとは思えない。しかも、ただの一学生が。
考えながら自室に戻る。
──「私、霊感があるから」
臨時放送の日時を、「霊感」を使って言い当てた? それとも、彼女が何か「霊感」で細工をしている? リングに登場する山村貞子のように、思念を送り付けて。それはもはや霊感ではなく霊能力、超能力ではないか。しかしまさか、本当に……。
息をのむ玲汰の目の前で、放送は名前を流し始めた。横に二列に並んだ名前が、ゆっくりと上へ上へと流れてゆく。知らない名前の中に、自分の名前が、はたまた知人の名前が紛れていないだろうかと目を凝らしてしまう。
小野冬美、大池真理子、沢村伊智、小松佐京……どういった順番になっているかは分からない。五十音順ではなさそうだが、もしかすると……。
画面にかじりつくように次々と名前に目を通していく。そしてついに、玲汰は自分の目を疑うような名前を見つけてしまった。
“達野真美”
瞬間、玲汰の全身から血の気が引いて行った。
そのまま力が抜けて、後ろへ倒れ込んでしまう。両手をついて、なんとか体を支えた。
そこへ追い打ちをかけるように、無機質な声でテレビはこう言った。
「明日の犠牲者はこの方々です。おやすみなさい」
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