第6話 姿なき挑戦者
「ニュース等で見た人も居るかとは思いますが、最近市内各所で野生動物が人に危害を加える事件が頻発しております。」月曜日の朝一番のけだるい空気に加え、世間では梅雨入りがいつになるかが話題になる時期に600人の高校生が決して広くはない体育館に集められ不快指数は90を超えていた。うんざりとした表情を隠そうともしない生徒を前にそれに気付かない愚鈍さか、気付いても無視できる傲慢さの所以か校長のスピーチだけがハイに響く。「警察等関係各所から特に夜間の不要不急の外出は控えるようにとの要請が来ております。もとより皆さんの本分は勉学にあります。夜間に出歩いたりする閑などないはずです。本学の一員としての自覚を持ってひたすらに勉学に勤しみ、自己の研鑽に励んで下さい。そもそも、・・・。」
「しっかし、校長の話本当長くねぇ。」「月曜の朝一に全校集会とかありえんわぁー。」「ねぇ、野生動物なんかじゃなくて化け物だって話だよ。」「なにそれ、化け物って何よ。何処情報?」「先週金曜日に襲われたって人がSNSに上げてたの。それで、高校生ぐらいのカップルに助けられたんだって。そのカップルっていうのが、なんか魔法的な?超能力的な?力を使って化け物を退治したんだって。」「それアニメの話。」「違うって。だいたい・・・。」
「皆さんにぎやかですね。私もあれが動物ではないとの噂は聞きましたが。」「智さんまで何言ってるの。智さん実は痛い人だったの。」「千さん、オタク差別はいけませんよ。一人だけではなく、複数の人が襲われていて、何人かは動物ではなかったと言っています。そのすべての人が若い男女に助けられたとも。ヘルメットとゴーグルで顔ははっきりとは分からなかったそうですが、男性は身長190cm近い偉丈夫で、女性は巫女のような神秘的な美少女だったそうですよ。」「そんないかにも一昔前のヒロイックファンタジーじゃないんだから。それに今どき偉丈夫なんて死語だよ。だいたい、そんなカップルが実際に居たら目立つでしょう。・・・ってまさか、・・・」千田三津弥と伊藤智花は顔を見合わせ、同じ名前を思い浮かべていた。その時、教室の後ろの扉が開き神宮沙耶子と武庫光時がそろって遅刻をしてきた。「ねぇ、サヤちゃんと武庫くんって付きあ・」「付き合ってなんかないから。智さん変なこと言わないでよ。」「おや、おや、速攻の否定。かえって怪しいですな。この恋愛探偵三津弥が真相を解明してみせましょう。神宮沙耶子さん。先ず、あなた武庫氏と同じマンションの隣の部屋に住んでいるそうですね。その上二人とも一人暮らしだとか。本当は一緒に住んでいるんじゃないんですか。」少しゴシップ記者風の下種な笑いを浮かべ三津弥が沙耶子に迫る。「偶然隣の部屋なだけだから。」「ふーん、偶然ですか。あなた先週の金曜日、武庫光時さんと揃って早退しましたね。」「あの日は偶然だから。」「ふぅむ。また偶然ですか。では先々週の火曜日の夜11時頃、トアロードにあるバルケッタっておしゃれな、いかにも恋人たちが「でなー」につかいそうな地中海料理屋さんから出てきたところをバレー部の先輩が見てるんですよ。おっと、見間違いなんて言い訳は通用しませんよ。なんせ二人とも目立ちますからねぇ。その上、今日は朝から二人揃っての同伴遅刻登校ですか。さぁ、言い逃れは出来ないぜ、ネタは上がってんだ、神妙に自白しやがれ。この裏切り者リア充が。」「千さん、あんまりサヤちゃんをいじめないでください。ほら、彼氏さんに見つめられていますよ。」「千さんだけじゃなく、智さんまで。そんな人じゃないと思っていたのに。えぇいっ。いじめっ子には反撃あるのみ。」田舎芝居のウソ泣きから悪そうな笑みを浮かべた沙耶子にいきなり脇腹をつつかれて三津弥と智花が悶絶する。三人の少女の嬌声がどんよりとした教室の空気を吹き払った。三人で一頻り笑い合った後で三津弥と智花が急に表情を正した。「サヤちゃん、危ないことはしていませんか。」「私たち、高校になってからの付き合いだけど、友達だよね。本当に大丈夫なの。」「・・・心配してくれてありがとう。」真摯な眼差しで見つめる二人の友人に、沙耶子は感謝の言葉は述べられても、否定の言葉は返せなかった。
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