第45話 イグマからの刺客と

 善い事が必ずしも良いとも限らない。いや。国に逆らってやったことだったため、報復をくらうことがある。対象として、組織全体や主犯者、その他諸々である。エイルとしては自分だけ狙ってくれるだけマシだなと感じていた。


「まさか止められるとはな」


 仲間たちが亜人の救出を終わらせ、安全圏まで移動させていた時だった。イグマの王から刺客が来た。エイルは咄嗟に髪の毛を操作して、鋭い針のような武器を持つ男の腕の動きを止める。さらにブラックローズが魔術で男が動けないようにしている。他の刺客は合計3人いるが、既に拘束済みである。


「一応予想していたことだからな。多少は警戒するものだ。あれだけ殺意のあるものを見せられて対策しない馬鹿はどこにいる」


 エイルは冷静な顔で答えた。城で起きたことからいずれ襲ってくるだろうと考えていた。それを防ぐことは無理だが、守ることぐらいは可能だ。そのために強力な魔術を扱えるブラックローズを手元に置いていたのだ。


「そうか。だがここまで予想はしてないだろ?」


 エイルを殺しに来た男が不気味な笑みをする。ブラックローズのものとは違う。悪意を籠ったものだ。男の胸元を見てみると、不自然なぐらいに大きい球がついているネックレスがあった。ところどころ光が漏れている。爆弾の類のものを吊り下げてきていたのだ。


「ああ。なるほど。自爆に似た攻撃か」


 それでもエイルは冷静さを失うことはない。素早く動くディジミバの処刑人より遥かに遅いためだ。そして魔術師であるブラックローズがいるので、瞬時に対応が出来るのも大きい。


「爆発する前に対処するだけの話だ。ブラックローズ!」


「はーい」


 ブラックローズの返事と同時に、爆弾の類の光が失う。男は舌打ちする。


「警備が手薄だという情報はデマか! ダフ、イラファ、カオペ! くそ!」


 喚きながらも現状を把握していく。把握したが故の苛立ちが出始める。その苛立ちにより、普段なら対処できたであろうことも出来なくなる。エイルは人差し指を男の額に当てる。


「眠れ」


 男はガクリと姿勢を崩し、地面に倒れる。仲間らしき男たちは戸惑いを見せ、どうしようかと見合わせている状態だ。


「ブラックローズ。捕縛を頼む」


「はーい」


指示を出したエイルは彼らのことを気にせず、目の前でしゃがむ。


「さて。ちょうどいい。イグマのことについて聞きたい」


 本来なら身を守るため、殺す選択をする人が多いかもしれない。しかしエイルはそのようなことをしない。


「答える気はないぞ」


「ああ。俺達はプロの殺し屋だ。そう簡単に教えるわけないだろ」


 戸惑いがあっても、口は固いままのようだ。エイルはテントから何かを持ち出す。小さい瓶に黒い液体が入っている。しかも3本である。


「知っている。だからこれを使うんだが?」


 エイルはコルクを外し、殺しに来た奴らに飲ませる。3人全員、顔が真っ青になり、怯え始めた。ただし抵抗ができないため、彼らは咽ながらも液体を飲んでしまう。目が虚ろになる。この黒い液体はただの薬ではない。自白剤なのだ。様子を見て、聞いても問題ないと判断したエイルは聞き始める。


「亜人迫害について新たな情報があるか」


「いいえ。その代わり、何故脱走したのかなどを検証しているとのことです」


「災害連鎖のあと、他国との付き合いはあるか」


「いいえ。亜人の対策で何もしておりません」


 次の質問を行おうかと思った矢先、3人の目に光が戻った。精神操作出来るような状態ではない。簡単に言うと、健康状態に戻ってしまったのだ。


「流石は国のエリートと言ったところか。もう戻って来たか」


「そう言いながらあんた冷静じゃねえか!」


 金髪の男がエイルに突っ込んだ。確かにエイルは驚く様子を見せていない。誰だって指摘することだろう。


「耐性ぐらい付いてるのは知ってるからな。何も聞き出せなくても問題はなかった。別の方法を取るだけだしな」


「えー……」


 何故自白剤飲ませたしと言いたげな顔になる3人である。


「何か言いたげだな。まあいい。かなり国中を駆け回ったのだろ。災害の印象はどうだ」


 3人は顔を合わせる。


「ちょっと待ってくれ」


 金髪の男がそう言った後、3人の会議が始まった。


「取引しとくべきだろうな。こっちも災害の対応キツイし、ある程度の情報は欲しい」


「だなー。かわいこちゃんかなり知ってそうだし。それでいこーぜ」


「お前よくもまあ……あれをかわいこちゃんって言えるよな。つーかどうするよ。マジな話」


「そもそもリーダーに相談してねえけどな」


 この小声の会話はエイルとブラックローズに漏れちゃっている。3人はそれに気付いてはいるので、意図的にやったものだ。


「もしもの時は勝手にやれって方針だったし、問題はないはず。多分」


「自信ねえのかよ。ああ。ちょっと待ってくれ」


 殺しに来たとは思えないやり取りである。エイルは何とも言えない微妙な目で彼らを見る。


「リーダー爆睡ナウか。まああんだけ働いて睡眠の魔術でドンてやられたらああなるわ。しばらく起きそうにないし。俺らでやっちまおうぜ」


 天然パーマの茶髪の男はちらりと寝ているリーダーを見ながら言った。


「さんせーい。欲しいものとしては災害の対応と周辺の情報、この辺りだな。亜人に関しちゃスルーで」


「おう」


 このようなやり取りが5回続き、意見がまとまったのか、3人はエイルを見る。


「てなわけで聞いてたと思うけど、取引をしたいんだけど、いっかなー?」


「ああ。構わない」


 エイルはシェイフの言った通りだと思った。細かい原理は不明だが、約束は守るという契りを交わし、強力な魔術を使用できるというものがある。破った場合、魔術が使えなくなるという相当厳しい罰がある。影のエリートはそういうものを持つ。作戦を実行する前にシェイフからそう聞かされていた。


「ありゃ。予想通りって感じしてるんだけど」


 茶髪の男が何度も瞬きをする。


「シェイフと名乗る外交を担っていた男から聞いていたからな」


「あ。シェイフのおっさん知ってたのか。腹痛枠の」


 金髪の男の発言で、本当にシェイフは苦労人なのだとエイルは知った。


「良かったー。あの人、結構いい人だし、ずっといて欲しいと思ってたんだよね。なのに知らない間に追放だし、何かしたら殺せ命令だし。おっと余談は控えておくべきだった。いっけね」


 金髪の男は舌をぺろっと出して、適当に誤魔化す。


「本題に入ろうか。俺達が求めるものは災害に関する情報、および他国の情報だ。そしてこちらから差し出すものは2つ。エインゲルベルト・リンナエウスを守る、つまり君の抹殺をしないこととかそんな感じ。あとは犯人がいることとか災害に関するものの発信をやることもね」


「了解した。それでいこう」


「はーい。契約成立っと」


 この契約はイグマにとって不利かというとそうでもなかった。いや国王の立場からすると面倒なことだが、国民の立場だと利益になるものばかりである。誰もが傾げながら生活をしていたかもしれない。誰だって何故と知りたがるものだが、残念ながら彼らには知る機会がない。それでも構わないとエイルは考えている。


「これを表に出す必要はない」


 というのが理由である。ほとんどの人が知らないこのやり取りは公表されることもなく、歴史に取り上げられることもなく、どこかに消えていくだろう。

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