第44話 亜人救出作戦

 シェイフと名乗る、国の外交に携わっていた男と協力関係になったことで、救出作戦ができる可能性が上がって来た。


「この辺りから脱出すれば、騎士でもそう簡単には辿り着かないさ。地域ごとに騎士が配置されてるってのもあって、ここで全滅させておけば追手は来ない」


 外交で培ったツテを使い、亜人を保護してくれるところを手配するだけではなく、作戦でもこうして地理や制度を利用したものを提案してくれている。エイルは熱心に提案をしてくれているシェイフを観察する。個人としては信じたいところだが、長としてはまだ疑ったままの方がいいという理由からだ。今のところ不審な動きはない。そもそも潜入した4人が誘った段階で疑いは最初からない。警戒をし過ぎるのも良くないなと思い、エイルは救出作戦の話を聞く。


「シェイフ殿」


 濃い緑色の服を来た浅黒い中年の男が前に出る。ファタリテート1人である。


「動けない程度にやっておけばいいのか」


「そうなるね。ねえ。誰が彼たちに依頼出したわけ? なんでファタリテートにやっちゃったわけ?」


 シェイフは周囲に聞く。噂を色々と耳にしているのか、顔が青ざめている。


「私よ。うふふ」


 ブラックローズが右手をあげる。


「やっぱり君か! あの様子だとガチで金払った後だろうしな。今更言っても無駄かぁ。本当に加減をしてくれるんだろうね?」


 シェイフの問いにファタリテートの傭兵が静かに言う。


「当たり前だ。それが成功報酬の条件だからな。それで我らが騎士たちと戦う間、お前たちは亜人を救う。エイル、これで合っているか」


「ああ。大体はそれでやるつもりだ。本来ならああいう手を打ちたくはなかったがな」


 エイルは苦虫を嚙み潰したように答えた。国家関係なく救う団体なので、下手に亀裂を生じさせるわけにはいかない。また、エイルはノーボーダーズの長のため、仲間を守る義務がある。立場として、仲間を危険に晒すわけにはいかない。かと言って放置するわけにもいかない。実は彼は板挟み状態だった。今回は国なんて構うものかと思ったため、仲間たちの意見に賛成しているが。


「とか言いながら、結局承諾してるのよね」


 その辺りを把握しているブラックローズが面白そうに言った。優雅に茶を飲み、観察するようにエイルを見つめる。


「否定はしない。穏便にやろうとしたら大失敗したしな。それでも人を救うのが役目だ。国家に逆らってでもやるさ」


 エイルはノーボーダーズ、または現地協力者35人に向けて言う。


「かなり危険性の高いものになるが、付いて行く覚悟はあるか」


 誰も答えない。しかし力強い意志を宿した目でエイルを見つめ返している。こうして覚悟を決め、救出作戦が開始された。流石にエイルはイグマの王に顔バレしている(変装という手もあったがやめた)ため、みんなを見送る程度しか出来ない。定期的な報告を待つのみ。それはそれで辛いものだ。


「無事にこなしてくれるといいのだが」


 キャンプ地で待機しているエイルは心配そうにイグマがある東方面を見つめる。居残ったブラックローズは不気味な笑みをして、エイルを見守る。


「大丈夫よ。ファタリテートがいるんですもの。平気よ。みんなを信じましょう」


「そうだな」


 実際ブラックローズが言った通り、ファタリテートがいるだけで身の安全を守ることが出来ていた。イグマ最大の収容所施設と言われているジェイシプが最も危険だとされていたが、治癒魔術師など戦闘能力を持たない仲間たちが無傷で侵入できていた


「うっわ。すっげえ。フルボッコだ」


 そのひとりである焦げ茶色の青年が呟く。ずっと眺めているわけにはいかないので、レンガで出来た建物に囲まれた場所を駆け回る。処刑場と言われている建物に急ぐ。右に曲がって、左に曲がって、ようやくたどり着く。


「こっちよこっち。解除をしたわ。とつげ」


 長身で金髪のサイドテールの女性ユーフェが危険性のある魔術を無効化させた。危ない魔術の解除を専門としているため、数秒であっさりと終わらせていた。相当キャリアを重ねているため、現場での司令塔は彼女だったりする。なので、次の指示を出そうとしていたが、ファタリテートのひとりであるピアスを大量に付けているスキンヘッドの男が拳で金属製のドアを破壊した。司令塔の彼女は頭を抱えながら、やるべきことをはきはきとした声で言う。


「……私の指示に従って欲しいのだけど。いいわ。治癒魔術師のみなさんは彼らを見てちょうだい。あなたは見張って」


 固いドアを破壊した男は入り口付近に待機している間、無事な者を治したり、運んだりしていく。動ける体力が残っている者は彼女達に付いて行く形だ。


「まだ今日の分はやり始めたばかりだったのが幸運だったね。治療していけば、問題なく動ける奴が多い」


「だね。それに呪いの類がないだけマシよ。あれめっちゃ時間かかるし。割合はどういった感じ」


「黄色と緑が大多数。魔法の源に近い人が赤。人数は3人。お婆さんがかなり重症だからそっちからやるよ」


「了解」


 このようなやりとりをしながら、3人の治癒魔術師は亜人達を診たり、治したりしていく。


「動ける者は私の傍に来て!」


 ユーフェは感知の類の結界を貼りながら、亜人達に声をかけていく。亜人達は恐る恐る近づいている。


「これで命の危険はなくなったかな。残り2人、やっていくよ!」


「はい!」


 危険な状態だったお婆さんはどうにか自力で呼吸が出来る段階まであげることが出来た。治癒魔術師は急いで残りの亜人達を治す。


「寝床、その他の場所にいる亜人の救出完了ね。了解。こちらも終わり次第。例の場所に行くわ」


 その間、ユーフェは同じ収容所にいる仲間から魔術を通しての連絡を受け取る。


「あとどれぐらいで終わりそう?」


 いつぐらいに合流できるかを報告しなくてはいけない。そのためユーフェは彼らに確認を取る。


「あなたたち、どれぐらいで終わりそう?」


「10分ほどで終わるわ。本当ならもうちょっとかけたいところだけど、時間ないもんね?」


 治癒魔術師の1人である黒髪を1つに結んでいる女性が返事をした。万全の状態にさせたいのが本音らしいが、時間が限られていることも分かっている。ならばある程度まではやっておきたいのだろうと金髪の女性は感じ取った。


「分かったわ。15分程度で合流可能よ。問題ないかしら。ええ。了解」


 通話に似た効果がある魔術をブチッと切る。それから10分経過し、危ない状態になっていた2人の治療が終わった。


「人数は最初と同じよ。脱出するわよ」


 のんびりとしている暇はない。亜人達を引き連れて、収容所から離れなければいけない。女性魔術師ユーフェが指揮を執り、例の場所に移動する。


「流石に起きるか」


 気絶していた騎士は動けるようになっていた。建物の間で遭遇した瞬間、ファタリテートの者が一瞬で近づき、拳で騎士の腹を殴る。


「ありがとう。このまま進んでいくわよ。全員いるわね」


 小さい子でも付いていけるよう、ゆっくり移動している。それでもはぐれる可能性はあり得たため、定期的に確認をする必要がある。


「全員いるよ」


 茶髪の青年が答える。ユーフェは周りの反応を見て、はぐれた者がいない可能性が高いことを察する。


「それじゃ休まずに行くわよ!」


 例の場所、収容所の北部にある山の麓に行く。途中何度か騎士と遭遇したが、ファタリテートの者が適切に対処。


「あ。来た来た」


 既に集まっている集団を見つける。人懐っこい明るめの短い茶髪の女性が手を振る。


「モンステラ、どう?」


「索敵魔術で確認したけど、これで生きている亜人は揃ったよ。そろそろ」


 モンステラと呼ばれた明るめの短い茶髪の女性が出発しようと言った矢先、袖を引っ張る子がいた。5歳ぐらいの男の子だ。


「お母さん。死んだ。どうするの?」


 泣きそうな顔で聞いてきた。モンステラはしゃがんで男の子と同じ視線の高さにする。


「ごめん。それはあとにしてね。今は生きることだけを考えて」


 本当は埋葬などをやっておきたいが、やれるような時間がない。それを理解している大人が小さい子をそっと抱っこする。


「ユーフェ、手筈通りに」


「ええ」


 ユーフェだけ残り、他のみんなは亜人たちを引き連れて、安全な場所に行く。騎士たちはまだ生きているため、危険な行為だが、ユーフェはある程度戦える魔術師なので問題はない。


「さてと」


 ユーフェは腰に付けているポーチから黄色の石10個を取り出す。それぞれに絵に似た文字が刻まれている。妖精文字と呼ばれるものだ。


「収容所の大地に」


 黄色の石が勝手にユーフェの手から離れ、収容所の土に埋まる。


「愚かな騎士に楔を」


 ユーフェはしゃがんで土に触れる。腕にあった縄のような入れ墨が手の甲に移り、さらに指、最終的に地中に入る。


「これで完了と。おっと。流石に1人は捕らえられなかったか」


 ユーフェの魔術に引っ掛からなかった騎士がやって来た。不意打ちでやるつもりだったようだが、ユーフェは簡単に避ける。


「貴様!」


 騎士は殺気を放つ。ユーフェは怯えることなく、笑って対応する。


「あいにく私も撤退しないといけないのよね。てなわけで」


 ボフンと派手な音が鳴り、紫色の濃い煙が蔓延する。ユーフェは煙を吸わないようにし、そーっと抜け出す。倒れる音が耳に入り、成功したことを確信する。


「あとは悟らせないように追いつかないとね。よいしょ」


 隠ぺいをしながら、ユーフェは仲間達を追いかける。規模の差はあれど、基本的な作戦は似たようなものだ。綿密な計画と想定するケースがあったからこそ、すんなりと亜人の救出作戦が大成功した。


 これで終わりだと言いたい所だが、問題を全て解決したわけではない。救出後の生活の支援もやっておく必要がある。また全ての亜人を助けたわけではないので、定期的にイグマを観察する必要がある。山積みと言っても過言ではない。それでもこの作戦がひとつの国どころかストリア大陸全土の歴史に刻まれたのは確かである。そう断言できるほど大きい一歩となった。

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