第43話 イグマからの協力者
国境にある村で情報収集をした後の話し合いで決めたことが3つある。ひとつ、最初にスパイを王都に送らせて情報を得ること。ふたつ、介入するときは小さな医療施設を作る人、またはスタッフとして入国すること。みっつめ、他国と協力関係を築くこと。
ひとつめについてはすぐに実行した。旅をしていて、王都なら何か情報が得られるのではないかという思惑で来たという設定や、知人が住んでいるから顔を見に来たという本当の理由を付けたものなどで、何人かを王都に送る。その間にエイル達は薬剤調達などを行ったり、他国とのやり取りを行ったりしていく。
「流石に今の情勢下だと、イグマの亜人の保護は厳しいか」
イグマの周囲にある国家に手紙を通して、亜人の保護が出来るかどうかを確認したが、災害が多発している中では厳しかった。話し合いから3日後に来た返事の手紙を見たエイルもその辺りは理解している。
「彼らが戻ってくるのは4日後です。その間に準備をしていくしかない。そういうことですね」
エイルは手紙を丁寧に折る。仲間の言う通り、情報収集している人が働いている間、エイル達も動く必要がある。
「ああ。その通りだ。物資の確認は済ませたか」
「はい。流石にこの状況ですので、満足な量かというと……別の話になりますが」
エイルは仲間から物資のリストを受け取る。
「いや。ここまで出来ているだけマシだ」
「すみません! エイルさん! 王都にいるアンスリウムから連絡が来ました!」
長い黒髪を1つに結んでいる細目の女性がテントから慌てて出ていた。アンスリウムは王都で情報を集めている1人である。本来なら4日後にキャンプ地で報告を受ける予定のため、エイルは傾げながら聞く。
「報告はあとのはずだろ。何があった」
魔術で来た文を見る。
『新たな収容所を設立したとの情報が手に入った。今までのものに比べ収容人数は最大。手っ取り早く殺せるための魔術の痕跡あり。手段が過激になっている傾向あり』
エイルの目が大きく開き、紙をくしゃくしゃにしてしまう。
「最悪だな。酷使して殺すのだと時間がかかるから変えてきたのか。緊急作戦会議を行いたいところだな」
「それなら私、みなさんを呼んできます」
「頼む」
数分程度でキャンプ地にいる仲間がひとつの場所に集まる。エイルは目で全員がいることを確認し、文を持った右手を上げる。
「緊急で会議を開いたわけはこれだ。王都に潜入し調査している1人のアンスリウムから連絡が来た。今までで最大の亜人の収容人数を有する施設の建設、または殺人の効果のある魔術の痕跡があるという内容だった」
ざわつき始める。数か月はこのままだろうと予想していたからだ。エイルはこのまま続けて言う。
「俺達は早急にやるべきことを決めるべきだろう。誰か意見のある者はいるか。あるならどんどん言ってくれ」
細身の赤毛の男が手をそっと上げ、発言をする。
「救出をするべきだと思います。その時、周囲の国に頼むべきであると考えています。俺達だと救う前に返り討ちに遭うのがオチですから」
「今はどこもそういう余裕ないわよ」
不気味に言うブラックローズだが、ぐっさりと来たのか、意見を出した細身で赤毛の男が弱気になった。
「あ。はい。すみませんでした」
「でも正しいわ。それが1番よ。だって拳でかないっこないもの。うふふふふふ」
ブラックローズの笑い声で恐怖に陥る。雰囲気がホラーに似た何かになってしまった。何人かは泣きそうになっている。
「ええ。だからこそ。ええ。傭兵団を使うことを提案するわ。ツテでファタリテートを呼べば問題ないはずよ」
エイルは頭を抱えながら、ブラックローズに言う。傭兵団という性質を知っているが故ではなく、ファタリテートの噂を知っているが故にだ。実質苦言に近いものなのかもしれない。
「武力で制圧はマズイだろ。せめて護衛程度にしておかないといけない。というかファタリテートに手加減というものがないだろ」
「大丈夫よ。あれでもプロだもの。金になる仕事なら何だってやるわ。麻薬を取り扱う犯罪組織をぶっ潰す時にも頼ったもの。誰1人死なせないあの技量こそ、まさに私達が求めているものではなくて?」
エイルはファタリテートという傭兵団を雇った経験がない。その一方でブラックローズは過去に雇ったことがある。実情を知っているのは間違いなく彼女である。エイルはため息を吐く。
「分かった。最終決定は4日後だ。それまでに送る内容を決めておけ」
「ええ。私に任せて。えへへ」
こうしてひとまずは救出をすることと、ファタリテートという傭兵団を雇うことを決めた。そして4日後、王都に潜入していた5人が戻って来た。いや。イグマに行った人数は合計4人である。白いローブで顔を隠している。エイルは不審人物に睨みつける。睨まれた人は慌てる様子はなく、冷静に言う。
「うっわ。こっわ。そりゃ君から見たら、私はただの不審人物だけどさ」
不審人物は勢いよくローブを脱ぐ。チュニックを基調としたえんじ色のジャケットにタイツのストレス過多くさい中年の男。
「だからって普通は睨みつけないよね。ああ。どうも。知らない間に協力者としてこっちに来たイグマの外交を担う男、違うか。腹痛で薬を常時必要としているシェイフ・ジ・アナナスと言う」
「ご丁寧にそちら側から名乗っていただけるとは思わなかった。ノーボーダーズのリーダーであるエインゲルベルト・リンナエウスだ。何故国を担うあなたがここに来ているかはあとで聞くとして」
エイルはちらりと潜入調査組を見る。月と太陽を模した水晶のネックレスをしているスキンヘッドの男がウインクしている。此奴が犯人かとエイルは確信した。
「こちらへどうぞ。詳しい話を聞かせてもらおう」
「ああ。よろしく頼む」
シェイフと潜入調査組を音がもれないテントに案内する。
「あはは。やっぱりそうなのね」
ブラックローズはシェイフの顔を知っているのか、いつもより上機嫌に話している。
「げええ!」
シェイフは露骨に嫌そうな顔になる。
「黒魔女、ブラックローズ」
「お久しぶり。シェイフ・ジ・アナナス様」
バチバチと目線がぶつかり合っている気がしなくもない。このままだと本題に入りそうにないので、エイルはわざと咳をする。
「ごほん。すまないが、早く本題に入りたい」
「ああ。そうだな。知らない者もいるだろうから、ここで改めて名乗らせていただく。私はシェイフ・ジ・アナナス。イグマの外交を担う男だった」
エイルは過去形であることに気付き、シェイフに尋ねる。
「だったというのはどういうことだ」
「ああ。追い出されてしまったからね。亜人の法律を反対し続けていた身だ。王もそれを許すわけがない」
エイルはイグマの国王と対峙したあの時を思い出す。だからこそ、反対していた彼がこうして生きて来られていることに驚く。
「よくも殺されずに済んだな」
シェイフは力のない、弱い笑い声を出す。
「今思うと運が良かったからとしか言えないよ。ここに来るまでだってひやひやしっぱなしだったし」
「それでも何故こちらに」
シェイフは考える仕草をする。視線が下になり、指を顎にあてている。考えがまとまったのか前を向いた。
「良心に背いてはいけないと感じたからだよ。国家の間とか、情勢とか、そういうのを抜きにしてね」
あまりにも真剣な表情だった。エイルは息をのむ。
「だから出来る限り、協力させてもらいたい。頼む。彼らを救う手伝いをしたいんだ」
エイルは周囲を見渡す。元々国王陛下の手下だった者なので、怪しいと感じていた。しかし、懇願しているため、本気で救いたいという気持ちがあるのだとエイルは思い始めていた。反応を見て、キャンプ地で活動していた仲間も同じのようだと判断する。
「分かった。こちらとしても、イグマの情勢をよく知る人が欲しかった。これからよろしく頼む」
エイルは握手を求めながら言った。シェイフは嬉しそうに両手で応じる。国の情勢に詳しい人を味方に入ったことはだいぶ心強い。小さくても着実に歩んでいるなとエイルが感じた瞬間だった。
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