第39話 ケースその1 ドラグ王国北部ゼルギア
ノーボーダーズに所属する者は状況に合わせ、独自の判断で行動を取り始める。ドラグ王国北方にあるセークンドにある1つのチームは避難キャンプを別の場所に移動することを決定した。理由は数日前にいなくなった亜人の少女が操られた状態で周辺の農家が使う北方最大の平野ギラニアに戻ってきたためだ。
「私とジョシュア・クロッカスが足止めをする」
それを聞いたマチルダはすぐさま指示を出す。2人で足止めということもあり、動揺する人が多い。
「マチルダ様、いくら何でも無理ですよ! かなり凶暴化になってるんです! 長期化したら!」
そして止めようとする人も出てくる。
「分かってる。速攻で解決してみせるさ。ノア・ポインセチアと言ったか。治癒魔術と浄化の魔術なども精通してるというのは本当なのだろうな」
セークンドで小さい診療所を営む成人の腰ぐらいの高さしかないご老人が静かに頷いた。彼こそノアと呼ばれる人だ。
「確かに儂は治癒魔術とか浄化とかは出来るぞ。だがな。この歳だしな。足を引っ張るのは明白だ。というわけで愛弟子のサミュエルが代わりに務めさせていただこう。それでよろしいかな」
「ああ」
ノアの隣にいる160cmもない小柄な茶髪の男性がぺこりとお辞儀した。素朴な印象を感じさせる恰好だ。
「ノア先生の代理を務めさせていただきますサミュエルです」
「マチルダだ。よろしく頼む。フィンリー、移動班のリーダーはお前に任せるが良いか」
「おう。任せておけ」
フィンリーと言う茶髪を短く切りそろえた男が承諾した。避難民を移動させる班に赴き、大きい声で士気を高めていく。
「警戒を怠るんじゃねえぞ!」
「おう!」
フィンリーを先頭に、避難している人たちはゆっくりと移動し始める。それを見送った後、マチルダ達3人はゼルギアに向かった。普段は広大な畑で様々な農作物を作っている場所だ。それが土によって、植物が見えなくなり、畑として機能しなくなった。
「こりゃ酷いですね」
サミュエルがそう言うのも無理はなかった。マチルダは静かに同意をするように頷き、全体を見渡す。ほとんどが柔らかい土ばかりだったが、1つだけ目立つところがあった。乾いた土に囲まれるように誰かがいた。土で汚れたシャツとズボンと素足。まだ幼い子供だ。見た目は人に近いが、背の低い頑丈な体の特徴で亜人だと分かった。
「例のいなくなった亜人の少女ですね」
「ああ。流石にこの距離では分からんな。私が話しかけてくる。その間に魔術の準備をしておけ」
黄土色の短髪の青年、ジョシュアが返事をする。それと同時に忠告をする。
「了解。マチルダ嬢、お気を付けて。操られている」
「やはりそうか。対応出来るようにしておこう」
マチルダはいつもよりゆっくりめの速度で歩く。いつ攻撃されても問題がないように態勢を取りながら、亜人の少女に接近する。
「あー……あー……」
少女は顔を上げる。顔色が悪く、目に光がない。声はどうにか出せる程度だ。少女は人差し指でマチルダを指す。魔力の歪みを感知し、マチルダはすかさず防御する。土と魔術による防御壁が衝突し、土煙で見えなくなる。
「マチルダ嬢! 無事か!」
ジョシュアが安否確認をする。マチルダは咽ながらも答える。
「無事だ。げっほ。私のことをげほ、気にするな」
土煙がなくなり、マチルダと少女の姿が見えるようになる。ジョシュアとサミュエルは無事な姿を確認出来て、ホッとする。
「名前を言えるか。住処を言えるか」
マチルダの質問に少女は答えない。
「そうか。やはり裏に誰かがいるのは確定のようだな」
不意にマチルダのバランスが崩れる。比較的固めの大地が急に泥沼になったのだ。どこかへと行く。辿っていくと、少女の頭上に巨大な土の塊があった。年齢を考えると、まず出来ない技量である。
「ジョシュア・クロッカス!」
「分かってます!」
その塊をどこかに飛ばす。何個も生成して、飛ばす気だろう。大から小までの塊を複数も完成しちゃっている。
「外に出させる気はないですから!」
透明の結界が発動する。ジョシュアはニヒルな笑みをする。
「操り人形をしたところで、僕を追い越せるとは思わないことですね!」
彼の見たことのない表情に驚くことなく、マチルダは大剣を地面に付き刺す。少女の足元周辺から光線が出てくる。それは少女の頭上にある土の塊を砕く。それと同時に、マチルダの足元が徐々に沈んでいく。抵抗は出来なかった。もがいても沈むことに変わりない。その結果、マチルダの首元と顔が地上に残った。脱出しようにも土は既に乾いており、人の力では不可能だ。
「かなり悪質だな」
マチルダはそう言った。上に鋭く尖った土で出来たものが浮いている。あのまま落下したら、確実に死ぬだろう。普通なら怯えたり、慌てたりするのだが、冷静なままだ。
「術者は私を殺すつもりなのだろうが……甘い」
土で出来た鋭い落下物が脳天に当たる。致命傷どころか、あの世行きなのだが、強度の関係で土がボロボロと崩れている。頭を振って、土を取り払う。
「ちっ」
少女が舌打ちをする。足でマチルダの顔を蹴るが、特に効果はない。マチルダは涼しい顔でどこかにいるはずの術師を探す。
「マチルダ嬢! ちょっと待ってください!」
ジョシュアが魔術を使い、マチルダは埋まった状態から脱する。すぐに魔術で文字を浮かばせ、ジョシュアに感謝の言葉を伝えた。
「こちらからも反撃と行こうか」
マチルダは簡単な光の魔術を使う。眩しさに少女は目を一瞬だけ瞑る。その隙にジョシュアは魔術の鎖で少女を縛る。それだけではない。
「これでおしまいです!」
サミュエルがそう宣言したと同時に、少女は意識を失った。マチルダは回収し、サミュエルとジョシュアに預ける。
「あとは頼んだ。術者を倒す」
魔力の感じ方で術者の居場所は分かっているため、迷いなく歩み続ける。特に術者から攻撃などをする気配がないと分かったのか、マチルダは両手で大剣を振りかざす。そして大地を叩き、衝撃波を作る。木々がある森の方に当たる。
「そう簡単には終わらんか」
特に期待していなかったように言う。術者らしき骨しかない不気味な者が無傷だからだ。被っていたローブを外し、右手に水晶を持つ。
「当たり前だ。小娘如きにやられる儂ではない。とは言え……破られるのは誤算だった。だがまあたいしたことではない。これはあくまでも序章にすぎんよ。恐怖心と差別を作り、平穏な日々を壊す役割のためだけにやっているだけだからな」
水晶が禍々しく光る。術者の背後に骨が組み立てられる。ドラゴンを模したものが出来上がった。
「本気で攻め入れば、沈黙するのも時の問題。あの方もお喜びになるだろう。大陸に復讐出来るのだからな! まずは小娘! 貴様を殺す!」
骨しかないドラゴンが左の前足でマチルダを潰そうとする。大剣を使って、受け止める。力がかなりあるのか、押され気味である。
「流石にペシャンコにはならんか。だがこれで終いだ!」
禍々しい黒い炎がマチルダを襲う。
「舐めるな!」
勇ましく吠え、魔術で体を一時的に強化し、力を込める。押し上げ、自由に動ける状態になる。大剣を地面に刺し、分厚い土の壁を作る。
「ちぃ!」
術師は骨のドラゴンが倒れそうになっている様子を見て、舌打ちをする。隙ありとマチルダは壁を大剣でぶっ壊し、その大剣を術師に向かって投げる。当たったらシャレにならないと思ったのか、術師は魔法陣で防ぐ。だがそれはあくまでもおとりにしか過ぎない。マチルダは短剣に切り替え、隙を見計らい、一気に近づく。
「安らかに眠れ」
術師は防御も回避も間に合わず、マチルダの攻撃を受けるしかなかった。短剣で砕くと同時に、骨が少しずつ消えている。
「その短剣は」
術師はマチルダの持つ短剣がただのものではないことを察した。悪あがきする力すらないのか、弱々しい声だ。
「ああ。仲間が手掛けたものだ」
「そうか。そうか」
骨が全て消えていき、ローブのみ残った。静かな終わり方だった。マチルダはしゃがみ込み、ローブを拾う。大剣も拾い、仲間のところに行く。
「彼……いや彼らは結局、何者だったのだろうな」
マチルダから勝った直後だとは思えない穏やかな声質と質問だった。ジョシュアは戦っていた場所を眺めながら答える。
「さあ。それは分かりません。ですが……とりあえずはお疲れ様です。マチルダ嬢、あなたがいなければ、どうなっていたことかと考えると」
「いや。そういうものはお互い様と言う奴だろう。魔術で防御の支援がなければ、対応は出来ていなかった。サミュエルにも感謝しなければな」
簡単な治療を施し、すこしリラックス気味のサミュエルがぽかんとしている。ひざ元には顔色が戻った少女が寝ている。
「え。はい?」
「あなたがいなければ、彼女を救う事が出来なかった。協力、まことに感謝する」
サミュエルはマチルダからのお礼を聞き、笑い始める。
「それはこちらの台詞ですよ。なんか……全員でお礼を言い合ってますね」
「そうかもしれんな。さあ。行こう。みんなに合流せねば」
マチルダを先頭に移動し始める……その前に、
「その前にお礼は!? マチルダ嬢、疲れてるでしょう? 俺を椅子にして座ってもいいから! お願いします!」
ジョシュアが空気をぶち壊しやがった。マチルダは容赦なく拳骨した。
「空気を壊すな馬鹿者!」
「いた! ありがとうございます!」
ジョシュアの喜びようを見る限り、効果はあまりなかったようだ。マチルダは呆れながらも、発言をする。
「大体そういったご褒美の類は後でだ。私達にはやるべきことがたくさんあるからな。行くぞ。少女は私が背負う」
1つの亜人を救い、術者を倒した。とても前進した成果はこれ以外にもまだある。これからいくつか紹介をしていこう。
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