第38話 イグマに向かって
エイルが本部から出たら、予想外の人物がいた。フードを深く被った男だ。男はフードを取る。深緑色に染めた髪を1つに束ねている。鋭い黒目。エイルにとって見知った顔だった。
「木の人形師」
ディジミバで協力してくれた魔術師の1人、木の人形師と呼ばれる者だ。前から知っているが故、エイルは疑問に思う。何故ドラグ王国にいるのだろうと。
「何故ここにいる。拠点地は遠いとこだったはずだが」
「ちょっとした仕事でこっちに来てたんだよ。終わった後ぶらついてたら、お前の師匠のなんつったか……そうそうガレヌスとやらからお前を守るように頼まれてな。1人でどっかに行くんじゃねえかってよ。護衛とかやったことねえってのに困るぜ」
木の人形師は困っている部分も混じっている笑顔で言った。
「そうか」
エイルは師匠のガレヌスに心の中で感謝をした。通常時はエイル1人でも問題ないかもしれないが、現在は混乱状態に陥っている。治安が悪化したり、魔獣達が待ち構えたりしている可能性を踏まえると、護衛が必要だとエイルは考えていた。雇う過程が短縮されるのは大助かりだと感じる。
「とりあえずどこに行くつもりだ」
「イグマだ」
エイルの答えを聞き、木の人形師は目の皺を寄せる。
「あそこはディジミバと違うんだぜ」
イグマという国家はストリア大陸で最も亜人の扱いが悪い。世間的にディジミバの方が悪いと思われているが、それはただイグマの国王が表向きに良いアピールをしているだけにしかすぎない。中に入り込んでようやく最悪だと分かる。治療魔術師の一部の常識のようなものだ。
「ああ。だが状況が分からない今、俺が出向くしかないだろ」
「放置しても問題ねえと思うけどな」
木の人形師は頭をかきながら、エイルの顔を窺う。そしてため息を吐く。
「まあお前はそう簡単に曲げたりしねえか。行こうぜ。乗ってけ」
いつの間にか木の人形師は飛べる召喚獣を呼んでいた。頭と翼が鷲で、胴体と四肢がライオンのような生き物。ディジミバでも見た獣だ。馬に乗る要領で獣に跨る。エイルの後ろに木の人形師がいる。
「一気に行くぜ」
獣は4つの足を使い、駆け出す。徐々に速くなり、山や森をいくつも超える。エイルの体感として、30分程度でイグマと呼ぶ国家に到着した。とんでもない速度での移動だったため、エイルの髪の毛が凄いことになっている。手早く直す。
「ここがイグマの王様がいる街、ハブスプラだ。城はこっちだ」
木の人形師に付いて行きながら、街の光景を観察する。レンガで作られた建物が並ぶ街のようだ。平穏な日常そのもので、商売をやっている様子が見られる。被害は出ていない数少ない地域であることが分かる。
「ドラグディアと同じく、災害が起きていない街だったか」
イグマの一部地域に災害発生の兆しありという報告しか受けていない。地域名の詳細までは書かれていなかったのだ。だからこその発言だった。
「らしいな。ちょっと待て」
木の人形師の歩みが止まる。何かを嗅ぐ動作をしている。
「ちっ。これはちょっとまずいな。道を変える。こっちだ」
「おい!?」
エイルは首根っこを掴まれ、引きずられる。狭いのか、誰もいない道を通る。
「説明してくれないとこっちが困るんだが。それに何となくだが察しは付く。隠し通せると思うなよ。それで何があった」
エイルはやや脅しをかけるような言い方で木の人形師に聞く。
「はあ。なーんでそうなるのかね。せっかく配慮してやってるっつーのによ」
かなり低めのトーンだ。苛立ちを隠せていない。
「遠かれ早かれ知ることになるしな。で。何があった?」
「血の匂いがした。確認はしない方がいいぜ。ぜってえろくでもねえ展開だ。とりあえず時間はもうねえはずだ。てなわけでほれ」
木の人形師がしゃがみ込む。手で背中を叩いている。エイルも考えに差がないのか、特に抵抗もなく、背中に抱き着く。落ちないようにエイルは両腕で人形師の首を固定させる。また足を腕で引っ掛けるようにする。
「抱っこされて移動する羽目になるとはな。出来るだけ早く頼む」
「分かってる」
木の人形師が立ち上がる。人が多い道も使う。珍妙な物を見ている視線を感じているが、2人は特に気にしない。街の外れにある湖の上に建つ城、つまり王がいるところへ目指す。
「ちょっとそこ! 待ちなさい!」
街に出ようとした時、鎧を纏っている男に止められた。木の人形師は一旦足を止める。前に進む力が強かったため、倒れそうになるが、どうにか防ぐ。
「んだよ。特に悪い事なんざしてねえだろ?」
木の人形師は威圧的な目で見る。男は怯むものの、仕事をやろうと震えた声で問う。
「怪しい者を探し出すのも仕事のううう内だからだ。そそそそそれでお前たちは何しに来たのだね」
「王に会いに行くんだよ。心配すんな。許可貰ってるぜ」
エイルは承諾の印を見せる。
「確かにあるな。失礼した。キリャフ湖に行けば着く。くれぐれも王に失礼のないように」
「へーい。そんじゃあな」
木の人形師は再び駆ける。人がいようとお構いなし。クレームは無視。ノンストップで城に着く。綺麗な青色の湖にある人口の島の上に建つ。白いレンガで積み上げた塔がいくつもある。真ん中は太い。
「あなたがエインゲルベルト・リンナエウスですね。お待ちしておりました」
前に金縁が施されている白い服を纏う男がいた。不気味な笑みをしている。
「こちらへどうぞ」
玉座の間に入る。天井も壁も床も白い大理石。金色の装飾があり、厳かな印象をもたらすデザインとなっている。玉座に宝石が散りばめられている金の冠を被る王がいる。
「ようこそ。イグマへ。私がファティオーラ13世だ」
よそから来たエイルは正座のような姿勢になり、お辞儀をする。
「初めまして。私はエインゲルベルト・リンナエウスと申します。承諾して下さったこと、感謝しております」
付いてきた護衛の木の人形師は信じられないと言う顔でエイルを見ていた。エイルは顔を上げ、ファティオーラを見る。
「手紙を見た。人材派遣はいらん。こちらで十分対応できている故にな。だが物資が足りぬ。物資の提供を頼みたいのだ」
「つまり今のところは対応出来ているという解釈でよろしいのでしょうか」
「ああ。迅速に解決出来ている」
災害はそう簡単に解決出来るものではない。ひと段落という意味でも数か月はかかってしまう。経験で知っているエイルは不審に思った。
「迅速にですか。どのような方法で解決をしたのでしょうか。とても気になります」
かまをかけてみる。警戒をしていないという態度を出し、王を油断させる。
「そうか。そうか。気になるか。ならば教えてやろう。亜人を殺したのだよ。そうすれば被害は最低限に済む」
エイルの嫌な感じは当たっていた。王のあまりにも冷酷な答えに歯ぎしりをする。
「とは言え、これでは完璧ではない。更に私は亜人を徹底的に懲らしめることにしたのだ。あぶり出し、収容所で酷使し、殺す制度。亜人迫害法とも言うな」
最悪なことをし始めていた。それを知ったエイルは拳に力を入れる。
「何故そのようなことを」
エイルは怒りの感情を抑えているのか、声が震えていた。
「野蛮、そして脆弱で邪魔者、それが亜人だ。奴らがいるからこそ、戦争が起きるのだ。それを知っているはずだろう。エインゲルベルト・リンナエウス。そこの護衛の者もな」
「……あなたがそういう人間であることを理解しました。申し訳ないのですが、この交渉はなかったことにしてください。それでは。ファティオーラ13世、ご達者で」
普段のエイルなら粘って接したかもしれない。だが相手が悪いと思ったのか、早めに話を切った。失礼のないようお辞儀をし、玉座の間から去ろうとする。
「そう簡単に帰させると思うのか」
控えていた騎士たちに取り囲まれる。エイルは慌てることなく、真珠のブレスレットを取り外す。
「木の人形師、転移は可能か」
小声で木の人形師に確認する。木の人形師は不敵な笑みをする。
「出来るっちゃ出来るが、もうちょっとド派手に行かねえか?」
エイルは何となく察した。城をぶっ壊す気であると。気持ちは分からなくもないが、相手が相手なので忠告する。
「やめておけ。相手は一応国王だ」
「へいへい。大人しく空間転移やっとくよ。到着地点はドラグディアにもあるからそっちにしとくぜ。安全かどうかは別だが」
「お前の簡易転移陣の方がよほどマシだ。行くぞ。準備しておけ」
エイルはブチブチとブレスレットの紐を魔術で切っていく。16個の真珠が宙に浮かぶ。
「真珠の輝きよ。我らを守れ」
簡単な詠唱だが、真珠が光の球となり、徐々に大きくなっていく。その結果、騎士たちの目をくらませることが出来た。木の人形師はガッシリとエイルの左腕を掴む。
「そんじゃ。行くぜ」
空間転移特有の浮遊感。見えていた景色がぐにゃりと曲がり、エイルは気持ち悪くなるが、必死に堪える。
「着いた着いた。はーあっぶねあっぶねー」
足が床に付いている感覚と周囲の変化に気付く。ドラグディアの建物の中にいることが分かる。どうやら木の人形師の空間転移は成功したようだ。わざとらしく大声で言っているが、落ち着かせるためのものだろう。
「ありがとう。木の人形師。お陰で助かった」
エイルは素直に木の人形師にお礼を言った。
「なあに。これも仕事の内だ。報酬、良いの頼むぜ?」
木の人形師は快活な笑いをしながらも、指でお金の仕草をする。
「分かってる。それなりのものを用意するつもりだ。それじゃ。俺は行く。やることがたくさんあるからな」
イグマの件は撤退する羽目になってしまったが、たくさんの被災者を救いながら、別の手立てを考えていく形になるだろう。長として歩みを止めるわけにはいかない。何故ならこの連鎖する災害はまだまだ続いているからだ。
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