連鎖する災害の波
第37話 混乱の中で
緊急報告会以降、ストリア大陸はものすごく静かだった。災害すら起きず、平穏な日々を過ごしていた。まるで嵐の前の静けさと言わんばかりだ。誰もが不気味なように思える毎日、それでも良しと受け入れられてからひと月が経った。
溜まってきた分を一気に吐き出すように、災害が大量に発生した。1つの国だけではない。ストリア大陸内の国全てが亜人の暴走か強大な魔術による災害に見舞われた。何かが起こるとは感じてはいたため、準備は予めしていた。だがここまで広範囲でなおかつ同時となると、いくら万全を期しても限界がある。すぐに動くことが出来なかった。
それでもやるしかない。分かっていることをかき集め、共有することが最初である。そう考えたエイルは本部がある王都ドラグディアで情報を整理していた。処理する情報量が多く、エイル1人ではパンクしてしまう。そのため、簡単な補助や演算などはラオリーに任せながらやっている。
「巨人の島にまた大津波か。流石に対策しているし、マチルダが定期的に鍛え上げていたからまだマシか」
巨人の島は元々力が強い奴が多く、更に鍛えてきたり、災害の対策をしてきたりしていたため、被害は他国より遥かに抑えていた。その辺りはラオリーも同意のようだ。
「そのようだね。流石は巨人だ。強い」
ラオリーは手早く情報が書かれている紙を分類させていく。手が見えない程度の速さで捌く。その途中、ふと何か思ったのかこう呟く。
「今までのこと振り返った方が良いのかもしれないね」
「それは散々やって来たことじゃないのか?」
支援活動の合間に治癒魔術師達はかき集めてきた情報を元に何度も考察をしていた。怪しい魔術師の出現と亜人の暴走に関連性があるだろうという結論に至り、魔術の研究を共同で行ったりしていた。頻繁に参加はしていなかったが、報告に目を通していたエイルは何故今更と思うのも無理はない。
「魔術師達が把握しているのは現象の解明だけだからね」
ラオリーの発言を聞き、エイルはハッと気づく。あることを思い出したからだ。
「それもそうだったな。そう言えば、ルーカス達が敵対しているのと、不審な術師と共通しているところがあった」
お人好しの冒険者ルーカス達はストリア大陸全土を旅していた。いつ頃かは不明だが、ノーボーダーズが支部を各国に置き始めてからは様々な場所で活躍していると聞いている。共通点は怪しい術師と会っていること、何かしらが暴走していることだ。
極めつけにルーカス達は首謀者を倒しに本拠地に行っている。敵対している何かの指示でストリア大陸全土に災害をもたらしたのだろう。もしものこともあると思い、エイルはラオリーに尋ねる。
「そうなるとかなり厄介だな。今はストリア大陸だけだが、他の大陸にも被害が出て来るかもしれない。事務の方に他大陸から連絡があったりはしたか」
「今のところは何もないね。だけどいつ、何が起こるのかは読めない状況だ。怠るなという指示は出しておくよ」
ラオリーは事務室に行った。エイルは地域別に分けた紙の山の中から1枚取り出す。しかめ面になる。未だに足を踏み入れたことがなく、亜人の扱いが最も悪い国家だからだ。巨人も所属しているノーボーダーズと相性が悪い。それ故に手紙だけでは受け入れを拒否する可能性が高い。ただそのまま放置するわけにもいかないのが現状だ。直接説得するしかないのだ。
「この件は俺がやるしかないか。行く前に手紙を送らないといけないな。その前に」
エイルは組織の長として、様々な仕事をやり始める。必要な魔術師の派遣を決定することから始まった。被害規模に応じて、各支部に人材派遣の指示を任せることを決める。本当は細かい指示を送りたいところだが、常に状況が変わっているため、現地チームのリーダーに任せるしかない。
「やあ。こちらで何かやるべきことはあるかな」
事務室に向かおうとしたら、脳内にラオリーの声が届くようになっていた。魔術で遠くにいても会話が出来るようになっている。驚きながらも、いいタイミングだと思い、エイルは彼に頼む。
「ああ。既にやっていると思うが、各支部にチームを作って送るように伝えて欲しい。戦う可能性も考え、魔術師の投入も積極的にやれと。もし不在なら臨時で雇えと伝えてくれ。他の細かい調整はそちらで任せるというのも忘れないでくれ」
「了解した。少し待ってくれ。新しい情報が出てきたようだ。またあとで連絡するよ」
「ああ」
エイルはラオリーの連絡が来るまでに、亜人の扱いが最も悪い国家への手紙を書き始める。神経を逆なでするような表現は控えているが、地雷ありまくりの国家のため、どれがベストかというものは不明だ。悩ませながらも、どうにか書き終えた。ちょうどいいタイミングでラオリーから連絡が入って来た。
「作業しているかもしれないが失礼するよ」
「いや。さきほど終えたばかりだ。大丈夫だ。それで。新しい情報について何かあったのか」
「最悪な情報が来た。ドラグ王国各所が攻められている。騎士団と冒険者が対応しているが、処理しきれていない」
エイルは窓を見る。今の所ドラグディアには来ている様子はない。安全圏かというとそうではないだろうと思い、エイルは自分の考えを言う。
「王都に来るのも時間の問題だろう。危険になるリスクを考え、事務の方に移動する準備をするよう伝えておけ」
「分かったよ。……君はこの後、あの国に向かうんだね」
「そうだ」
ラオリーの言う“あの国”はエイルがこれから行く亜人の扱いが最も悪いところだ。旅をするだけで何が起こるのか分からない状態であることをエイルは理解している。それでもやる必要があるため、出る決意を伝える。
「危険性があるのは分かっている。だが俺がやらないといけないことだからな。これから一時的に、本部の指揮権をルーシー・カトレーに移動させる」
「ええ。分かったわ」
ルーシーが割り込んできた。同じ建物内にいるため、いつでも入り込むことぐらいは出来ていたが、静かに聞いていたのだろう。
「気を付けていってちょうだい」
「ああ。行ってくる。早く終われるように努力をしよう」
まだ始まったばかりだ。何が起こるかは誰にも分からない。それでもやらなくてはいけない。エイルは真剣な表情で出発したのだった。
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