第40話 ケースその2 フィー公国トァライア山脈
フィー公国の真ん中辺りにあるトァライア山脈の麓。起こり得る災害は雪崩や土砂崩れぐらいだろう。それでも人の住む場所には届かないはずだったし、今回は雪崩などが発生しているわけではない。大量の水が流れ込んできたのだ。住人達はどこかへ避難する羽目になった。力があるためか、ノーボーダーズが駆けつけた時点で既に避難所を完成させていた。
現状を把握しようと聞き込みを行った。分かって来たことは突然水が襲い掛かって来たことと、住人が半分以上も死んでいる可能性が高いことと、今までなかったタイプの災害であることだ。
「水が鍵になってるわね。あの人達の話を合わせると、多分近くの湖からってことでしょうけど」
ヴィクトリアは地図を見ながら、考察をしていく。現地の人がすぐに否定する。
「穏やかなとこですよ? いくら何でもそこが原因じゃないでしょうよ」
トァライア山脈のふもとにある湖はとても穏やかだ。暴れるような魔獣がおらず、若者のデートスポットになっていたほどである。だからこそ、現地の人が「違うのでは」と言う。
「ええ。よほどのことがなければそうでしょうね。様子を見て判断するわ」
ヴィクトリアはトァライア班のリーダーの所に向かう。獣の耳がピクピクと動いてしまっている爽やかな青年がお辞儀をする。
「ヴィクトリア様。いかがなさいますか。こちらとしては、低体温の者を看たり、精神ケアなどを行ったりするつもりでいますが」
「魔術師として調査をするわ」
「……と言いますと」
「召喚獣を使って、湖の様子を見るわ」
リーダーは参加者リストを見る。少し思考する様子を見せてから、口を開く。
「ええ。了解しました。ただこの状態ですので、割けるのは多くて3人になりますが」
災害発生場所が多いため、かなり人員がカツカツな状態である。トァライア班の人数は15人で、治癒魔術師が大半である。対応するので精一杯な部分がある。それを考慮すると、3人いるだけでありがたいのだ。
「助かるわ。でもそれは万が一、例の件だった場合よ。それまでは待機しておいて。調べるだけなら私1人で十分だから」
「分かりました。報告お待ちしております」
ヴィクトリアは人がいない場所に行く。さっさと召喚獣を呼びだす。青色の小鳥が湖に飛び立った。
「何もなければ……いいのだけど、流石にそれはないでしょうね」
視覚を共有化する。木々を潜り抜け、太陽の光に当てられた湖を捉える。何もない。いつも通り、穏やかな湖と思いきや、水が溢れていた。周辺が水浸しになっている。注意深く見ると、真ん中に誰かが浮いていた。耳先が尖った透明の女性。白い布を纏い、どうにか隠している感じだ。
「かなり厄介ね」
操られている状態の亜人だとすぐに分かった。魔術師として、水との相性が極めて良好なことを目で分かる。普通の対処法では救えないばかりか、自分達があの世に行ってしまうことを理解する。別の方法を取りながら出来なくはないが、魔術師の世界ではよろしくない手法だ。ヴィクトリアはため息を吐く。
「邪道になるけど、あれを使うしかないわね」
召喚獣に撤退命令を出す。10分後に戻って来た。ひと撫でし、元の世界に帰し、仲間たちのところに戻る。既に3人の魔術師が待っていた。
「おかえりなさい。ヴィクトリア様」
野外とは思えない執事の格好をしている中年の男が盛大にお辞儀をした。
「どうでしたか」
「亜人がいたわ。ちょっとよくない戦法を使うけど……それでもいいっていうのなら付いてきて」
ヴィクトリアの言葉を聞き、3人の魔術師は同時に言う。
「ええ。付いて行きます」
これが出発の合図だった。ヴィクトリア達は湖に向かう。早めに対処しないと、彼女の身体が無事では済まされない。魔術を使って、移動時間を短縮していく。運良く邪魔になるような魔獣と遭遇せず、湖のところに辿り着くことが出来た。
「例のあれを使うのですね」
「ええ。カルロスとローガンは援護を。オーウェンは接近戦を。私はある術を組み込むわ」
「了解しました」
双子の魔術師であるカルロスとローガンは執事の格好をしている中年の男オーウェンに水の上でも戦闘が出来るように付与する。
「それでは行って参ります。カルロス、ローガン。支援を頼みました」
「了解」
オーウェンが全速力で湖の上を駆ける。でかい水飛沫を起こしたことで、女性は侵入者の存在に気付く。女性は水を操り、殺意を込めて、オーウェンに向けて放つ。女性はオーウェンにしか向けていない。それを確認したヴィクトリアはすぐに例の魔術を構築する。
「やーこれは厄介ですな。支援があるとは言え。ふむ」
オーウェンはそう言っているものの、冷静に拳で対処している。まだ余裕があることが分かる。
「おっと。増えましたか」
普通の攻撃では目の前の敵を倒せないと判断したのか、操られている女性は水で模した生き物を3つ作った。水で出来た生き物はかなり厄介だ。目で追いにくいスピードでオーウェンに近づいてくる。今までの防ぎ方では間に合わない。
「させません!」
双子が咄嗟に防御の魔術を放つ。それでも威力が元から高いため、オーウェンは端まで吹き飛んでしまった。木々何本かなぎ倒している状態になっている。
「オーウェンのおっさん、大丈夫か!?」
オーウェンは何とか立ち上がる。ヴィクトリアは彼らの様子を片目で見ながら、魔術の構築を進めていく。
「ああ。どうにか大丈夫ですよ。援護、助かります」
「いいですけど、無茶しないでください!」
双子が息揃えて言った。オーウェンは笑いながら、姿勢を整え、湖にいる女性のところに戻る。土煙が発生し、双子は咽る。
「めちゃくちゃだ」
「だなー……」
水飛沫のせいで全く様子が分からない。オーウェンが無事であること以外、さっぱりである。
「とりあえず傷の回復を頼む。俺は防御に専念するから」
「はいよ」
途中から双子の支援が来ていることを感じたのか、オーウェンの口元がほんの少しだけ緩む。そして力で攻撃をねじ伏せていく。通常の戦闘ならそれで十分だが、裏の人物なども考えると、どうなるかなんて予想が付かないものだ。だからヴィクトリアは魔術を組み立てながら、通信魔術を使って、通達する。
「聞きなさい。これから攻撃もやっていくわよ」
オーウェンは積極的に殴りに行く。守りから攻めに切り替えたオーウェンを見た女性は戸惑いの仕草を見せる。
「よーし。今の内に邪魔なの消しちゃおうか」
双子の魔術師は水で出来た生き物を全て撃破する。流石に自分で作ったものなので、彼女は破壊されたことに気付く。しかし新しいものを作る余裕がなかった。オーウェンの攻撃が止む気配が一切ないからだ。
「これでよし」
戦闘が15分以上経過し、ようやくヴィクトリアは魔術を組み立て終わった。再び通信に関する魔術を使い、仲間に伝える。
「オーウェン。魔術の構築が終わったわ。一瞬だけでいい。隙を作ってちょうだい。あなたたちもフォローして」
オーウェンは右足で水面を強く蹴る。3mほどの水飛沫で女性の視野を奪う。だが水との相性がいい彼女は腕を振り下ろすだけで簡単に対処出来てしまう。それでもオーウェン達にとって問題はなかった。白いふわふわとした光が拡大。一瞬だけ目を潰す。オーウェンは反射的に後退する。ヴィクトリアは隙を見て、彼女に接近する。
「捕まえた!」
ヴィクトリアは亜人の女性の手を掴む。魔力を込め、組み立てた魔術を発動させる。反撃しようとした女性の身体がガクリと揺れる。違和感による戸惑いが顔に出始める。
「これも!」
もう1つの魔術も発動。この魔術の発動で、女性は脱力し、ぐったりとヴィクトリアに寄りかかる。魔力の感じ方などで解放されたことが分かり、ヴィクトリアはひとまずホッとした。だが油断は出来ない。
「近くに彼女を操った魔術師がいるわ。やってると思うけど、探して」
次の段階があるからだ。念のため、仲間に指示を出す。
「ヴィクトリア様、既にやってますよ。いた。オーウェンさん。あっちです」
「了解いたしました」
オーウェンが森の中に入る。激しい戦闘の音が鳴り響く。派手にやっているなとヴィクトリアは思いながら、意識のない女性を引きずって運ぶ。地面に下ろし、双子の魔術師に診察を任せ、戦っているであろう場所を見つめる。
「お疲れ様です。流石は天才魔術師です。難しいことを容易く行えるとは。あなたがいなければどうなっていたことか」
双子がヴィクトリアに賞賛を送る。
「……難しい術を扱えるのは否定しないわ。でも時間がかかるのよ。あなたたちがいなかったら、私なんてとっくにあの世行きよ。これはみんなが掴んだ物なの。あなたたちも誇りに思いなさい。それとね」
オーウェンが穏やかな笑みで木々の中から出てきた。服がボロボロになり、修復は必要になるだろう。ただ元気そうなので、それだけで十分良いだろう。ヴィクトリアはオーウェンに手を振りながら言う。
「まだ私達にとっての戦いは終わってないわ。寧ろ始まったばかりよ」
「ですね。気を抜かないようにしておきましょう」
穏やかな湖が戻って来る。本当はのんびりと過ごしたいところだが、各地で災害が起きているような状態だ。嬉しいとかそういったものを顔に出さない方が良いかもしれない。それでもヴィクトリアは思う。
「これでようやく私達は前へ進めた」
と。
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