第35話 報告会
活動報告を読んでから2日後。ノーボーダーズ本部で緊急報告会が始まった。お題はもちろん、違和感についてだ。全員が参加しているわけではないが、人数が多いため、広い部屋を使っている。既に参加予定の人が座って待機している状態だ。
「久しぶりだね。エイル。ネイチヤ大陸の活動で疲れているのに申し訳ないね」
ダンデは前にいるエイルに近づく。2人が会うのは約2カ月ぶりだ。優しい笑みは相変わらずだなと思いながら答える。
「いや。不審な点をこのまま放置するわけにはいかないからな。調査してくれて助かった。それでどういった方法でやった」
「聞き込みが主だね。それと書類のかき集めも。俺だけじゃなく、他の皆も協力してくれたよ」
「そうか。助かる」
ダンデに感謝を述べたエイルは着席している参加者に向けて言う。
「これから緊急報告会を行う。最近の違和感についてだ。ダンデ。発表を頼む」
「分かった。まずはこれを見て欲しい。最近の活動の分類をグラフ化してみた」
空中に円グラフなどが浮かぶ。今までにあったケースか、初めてのケースか。半数近くが初めてのケースだ。活動報告でも聞いたことのないケースが多い。
「大昔の文献は大体見つからないから、長生きしているだろうフィー公国の女王にも聞いてみたよ。ああいうケースは初めてだと言っていたね」
フィー公国の女王ティターニアに直接聞いたようだ。千年以上も生きているため会って来たみたいだ。
「そうか。女王陛下がそう言うということは相当だな」
「陛下がおっしゃったことはこんな感じだね」
文章が宙に浮かぶ。
『ずっと昔からこの国で女王として君臨し続けているわけなのだけど、ええ……こういうのは初めてよ。だからこそなのでしょうね。まだ数が少ないから問題ないのだけれど、いつか亜人を追放する動きが活発化しそうで怖いわ』
彼女らしい文面だった。自国だけではなく、他国も気に掛けている。
「俺達の国王陛下も似たような感じでね。何故亜人が原因になっているのかが分からないと」
活動報告の3件は原因が共通していた。亜人が操られ、強大な力を解き放ち、自然に干渉すること。元から特殊な力を有している彼らでもやれることに限界がある。人魚のように歌で1人の男を海まで誘ったりしているが、基本的に範囲は相当狭く、死亡者数は少ない。そのはずが幅広い災害に繋がった。これはあまりよろしくない自体だ。
もし亜人が原因だとバレたら、再び時代が逆戻りになるだろう。亜人を認める国家が少数派だが、少しずつ歩み寄ろうとしている現在にヒビが入ってしまう。誰でも分かることだった。
「亜人が!? 確かにこの紙にもそう書いてあるけど、いくら何でもそれはおかしくないか!?」
それと同時に何故亜人がという疑問を持つ。しばらく支援活動に参加していない強気な女性が声を荒げるのも無理はない。一番前に座っていたヴィクトリアが立ち上がる。
「それに関しては私から説明するわ」
正々堂々と登壇する。
「でもこれはあくまで仮定よ。そして魔術師としての考えでしかないの。もし分からないことがあったら、積極的に質問をして欲しいわ。とは言え、該当する活動に参加していない人もいるから、そこから説明を。まず1件目」
ストリア大陸の南部にある小さな島が集まるところを拡大している地図と概要が空中に浮かぶ。
「津波が発生した災害よ。この辺りには海の底に火山があるとかそういうのはないの。地学研究を行っている者も困惑したぐらいにね。しかも一時的なものじゃないの。定期的に津波が押し寄せて来るの。それだけじゃないの。竜巻みたいなものも時々島に来ていたのよ」
ヴィクトリアは天才だ。そして強い。それでも彼女はまだ幼い。普通に話しているように見えるが、時々拳に力を入れている。
「どんなに蓄えがあっても、対策をしても、限界が来るわ。島の住人の何人かは耐えられなくなって亡くなった。小さいとこなら全滅ってとこもあったわ。強大な魔力を感じて、いくら何でもおかしいと思ったの。それで何かがあると思って、召喚獣を飛ばしてみたの。海の活動に適した子がいたからその子に。視界を共有しながら海の中を見たら、人魚がいたの」
みんなは静かにヴィクトリアの話を聞く。中には止めようとしている人もいるが、ヴィクトリアの精神状態を心配してのことだろう。
「どす黒い何かで包まれていたの。召喚獣越しでも分かるって相当よ。それと彼女はとても苦しそうに歌っていた。泣いていた。どうにかしようと考えていた時、彼女に限界が来たの。体が膨張して、肉片が飛び散って。何も出来なかった。ただ見てただけ」
目が潤いながらも、ヴィクトリアは語り続けようとする。
「でも……見てきたから、対策を立てられるきっかけになったと思いたいわ。次に2件目」
「他の者に変えなさい」
金髪を背中まで伸ばしている女性が震えた声で言った。質素な恰好に見えて、素材は一級品ばかり。金持ちの貴族出身の次女である。
「あなたがずっと辛いことを語る必要なんてないのよ! 本来なら休むべきよ! 4大貴族のハートカズラ家の者がこんなことをやってるという話が広まったら、組織としてどうなるのか分かってるでしょうね!? リンナエウス!」
聞き捨てならないと思ったのか、黒髪の40歳代男性が両手で音を出し、立ち上がる。
「温室育ちの貴族様が言う資格はねえんじゃねえか? ここを何だと思ってる。出身や立場どうこうで改善出来ると思ったら大間違いだ。それにヴィクトリア嬢は覚悟を持って、この場にいる。俺達は見守るしかねえのさ」
金髪の女性は苛立った声で40歳代男性を煽っていく。
「あらまあ。仲間がいなかったら、現地民と大問題を起こしかねないあなたに言われたくないわ。それに見守るしかない? はっ。馬鹿じゃない? どんなに強くてもね。折れる時は折れるのよ。まあ。古臭い理論でしか語れないし、分からないでしょうね」
黒髪の40歳代男性の名はオースティンと言う。彼は気が強く、正義感も強い。他人に一方的に説教をする時もある。悪い方向に行ってしまう傾向があり、過去に何度か支援活動でトラブルを起こしかねない事態に至った。
金髪の女性はそれを知っているが故、苛立っているのだろう。彼女は彼の失敗を尻ぬぐいした経験があり、亜人が原因となるような災害の現場を見てきている。堪忍袋の緒が切れている可能性は十分にあった。
一触即発。議題を続ける雰囲気ではない。こうなってしまったのも、己の管理不足であると考えるエイルは解決のために動く。最初に2人を諌める。
「オーティン・ヘリコニア。サラ・シャスタ。頭を冷やせ。ここがどういった場か分かっているのか? 価値観の違いがあるから、無理に賛同する必要はないと思うが、喧嘩になるようなことをするな。このまま喧嘩を続けると言うのなら、この場から追い出すが?」
オーティンは舌打ちをし、金髪の女性サラはぼそぼそと文句ありげに呟いている。簡単に改善しそうにないが、悪化するよりマシである。エイルは続きを言っていく。
「だがまあ……今回の件に関しては俺にも責任がある。ヴィクトリア・ハートカズラの状態を把握しきれていなかったからな。ノーボーダーズの長として指示を下す。例の3件の支援活動に参加した者はこの会議が終わり次第、休息に励め。精神ケアの体制を今すぐに整えておこう」
この時、エイルは裾を引っ張られていることに気付く。首をほんの少し動かし、後ろを見ると、ヴィクトリアがいた。
「大丈夫だから。少なくともこの発表だけはやらせて」
ヴィクトリアは泣きそうになりながらも、力強い目でエイルを見ていた。曲げる気ゼロだ。そう確信したエイルは諦めたような表情になる。
「分かった。その後はしばらく休んで欲しい。いいな」
この後、ヴィクトリアは2件目と3件目の発表を行った。3件全ての共通点として挙げられたことは操られている可能性が高いこと、どす黒い何かで覆われていること、それが結果として大災害を招くことである。
「以上から魔術師として、第三者の介入があり得ると考えているわ。これで発表は終わり。何か質問があるのなら言ってちょうだい」
誰も手を挙げようとしない。遠慮がちになっていることが分かる。予定通りにエイルは会議を進めていく。
「支援を行いながら、調べていく方針にしていくべきだと俺は考えているが、皆の意見は」
1人だけ何か言いたい事があるのか、挙手していた。小さくなっている巨人のボリジだ。
「ボリジか。発言してくれ」
「少し付け加えておきたい。発信することもやるべきだと思う」
ボリジの故郷である巨人の島は他国との交流がなかった故、偏見があったところだ。それが原因で、震災に遭った時に支援をしてくれる国家があまりいなかった。その経験があるからこその発言なのだろう。それを察したエイルはボリジに言う。
「考えは分からなくもない。だが……あやふやな情報を出すわけにはいかないからな。時を考えないと、悪化する可能性もあり得る。かなり慎重になる。それで構わないか」
ボリジは静かに頷いた。
「他に何か言いたいことがある者はいるか」
エイルは座席をざっくり見る。ルーシーが手を挙げていた。
「ルーシーか。言ってくれ」
「あとで事務に他の支部に連絡するのよね?」
「ああ」
「それじゃ。私がやっておくわ。他にも色々とやることがあるでしょ?」
「助かる。他に言いたい者はいるか」
辺りを見渡す。誰も手を挙げようとしない。エイルは会議を終わらせる。
「これから何が起こるかは分からない。だが救助団体として、支援を行いながら、調べ、時には発信をしていこう。疲れている中、参加してくれてありがとう。以上だ。解散!」
少しずつ参加者が退室していく。エイルはホッと一息付けたいところだが、やるべきことが山積みだ。粗方片付け終わったら、自分も休もうと仕事場に向かおうとする。
「エイル。ちょっと待って」
その前にエイルはヴィクトリアに話しかけられた。逃がさないようにしているのか、エイルの右手を両手で握っている状態だ。
「明後日にサルビアがこっちに来るの。それで音楽祭を開くって。良かったらどうかしら」
休む指示を出した本人が休まないというのも長としてマズイだろう。エイルはそう思い、微笑んで答える。
「そうだな。行こうか」
ヴィクトリアの顔が明るくなる。両手を離し、仲の良い人達に話しかけに行った。会議中の緊迫した雰囲気から解放され、室内が明るくなっている。
「何事もなければ……いいんだけどね」
近くにいるダンデが静かに言った。例外的なことが起きたが、今後どうなるのかは誰にも分からない。エイル達が出来る事はいつもの支援活動を行いながら、対策を立てていく程度だ。どこまで出来るのか不明なため、長であるエイルもただ何事もないことを祈るしかなかった。
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